お礼裏話 1
三連休ど真ん中、いかがお過ごしでしょうか?
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本日はお礼の小話です。いつもの半分ですが、よかったらどうぞ!!
カインからアリスを預ったイパスは、急いで役所に戻った。
くたりと動かない少女をからは、火薬と焦げた匂いがした。
馬車の中でも仮眠室へ連れて行くときも、どうして弾丸と炎と白煙があがるあの場所へ行かせてしまったのだろう、と何度も後悔した。
アリスを寝台に横たわらせると、1度部屋の外に出た。
固く絞った布を用意して戻ると、ススがついた顔と手を丁寧にぬぐった。
だが、男の自分ができるのはここまでだ。
アリスを泊めると主人が言ったので、早い段階でいくつかの身の回りのものを手配していた。その中には夜着もあるが、さすがに着替えさせるわけにはいかないだろう。
もう数時間もすれば職員が出仕してくる。当然女性の職員もいるから、彼女達に声をかけてみよう。
そう思ってイパスは昨夜から片付いていない執務室を思い出し、とりあえずぐっすり眠るアリスをそのままにそちらへ向かった。
やがて職員がちらほら出仕し始めた頃、いまだに弾丸と焦げた匂いを纏わせたカインがようやくやってきた。と、いってもほとんど強引に現場から抜け出してきたのだ。
秀麗な顔はそのままにところどころに血をつけていたり、黒いススをつけているカインの姿を見て、すでに出仕していた職員はぎょっとして目を丸くしていた。
そんな視線を無視し、カインが向かったのは仮眠室だった。
ノックもなしにドアを開くと、寝台の上にはぐっすりと眠るアリスがいた。
「アリス……」
ホッとしたようにつぶやくと、そのままゆっくりと近づいた。
顔色はまだ悪いように見えるが、その他には見える範囲に怪我もないようだ。
そっと髪をなでたカインだったが、実はいつも気になることがあった。
アリスは普段から化粧というものも香水もつけない。それは一般人としては普通だということはわかっていた。でも、十代後半となると結婚適齢期の娘として、それこそ祭りや特別な日には少なからず化粧を施すものだった。
ところがアリスは全くその気がない。
化粧をしない娘も髪だけはきちんと結ったり、髪飾りの1つでもしているのにそれもない。いつも首の後ろでぎゅっと結んだだけ。丁寧に梳いた様子もない。
朝が早いからなのか夜が遅いからか、たまに昼寝もよくすると聞くので、だんだんと寝癖にたいして気をはらわなくなっただけなのかもしれないが、いつもカインはもったいないな、と少なからず思っていた。
面と向かって言うことはできないが、今ならやれそうだ。
ふむっと一人うなずいたカインは、さっそくブラシを手にとってアリスの髪をそっと梳き始めた。
赤みの濃い茶色の髪は思った以上に柔らかく、梳けば梳くほどサラサラと気持ちよく指先から逃げていく。
幼く見える寝顔も、髪を下ろしてみれば年相応の女性に見えなくもない。
いつも表情をくるくると変え、時々突拍子もない行動をとるアリスを思い出し、カインはふっと顔をほころばせた。
そういえば、ともうひとつのことに気がついた。
昨日身の回りの物をいくらか手配させたが、夜着もあったはずだ。さすがにこのままでは服がしわだらけになってしまうし、何よりわずかだが自分と同じ匂いがする。さすがにそれはダメだろう。
着替えさせようと、カインはイパスを探しに立ち上がった。
と、そこへガチャリとドアが開く音がした。
カインが振り向くと、30代前後の女性2人を連れたイパスが目を見開いて立っていた。
「か、カイン様、お戻りでしたか」
やや落ち着かない口調で、必死に平静になろうとするイパスの後ろで、女性2人は噂の美貌の領主の姿を見て頬を赤く染めながら、サッと両手を動かしできるかぎりで髪や服の乱れを整えた。
「イパス、ちょうどいいところに……と、彼女達は?」
「あ、はい。アリス様のお着替えをお願いしてきたのです」
「あぁ、それならちょうど今させようと思ったところだ」
ごく自然に誤解されかねない言葉を言ったカインに、イパスは軽く頬をひきつらせた。ついで後ろの女性達もなにやら意味ありげにとらえたのだろう。ちいさく「まぁっ」と声をそろえてにんまりと笑っている。
「お邪魔でしたかしら」
ほほっと1人の女性が笑った。
するとバッと燕尾服の翻る音がする速さでイパスが振り返り、目を血走らせながら女性達の背中を押した。
「いえいえいえ!わたしどもはさっさと出ますので、お着替えをお願いします。カイン様!何を突っ立っておられるのですっ!さっさと出ませんと失礼ですよっ」
「あ、そうか?」
「そうです!」
ささっとカインに足早に歩み寄ると、ぐいぐいと背中を押して部屋を出た。
……その背中になぜか女性達の生暖かい視線を感じながら……。
どうにか無事(?)カインを連れ出したイパスは、まだあまり意味のわかっておらず「どうしたんだ?」と真顔できいてくる主人にため息をつきたくなった。
「カイン様、寝ている女性の髪を梳いたり、着替えをさせようという発言は良くありません。あらぬ誤解をたてられます」
「誤解?そんな噂は放っておけばいいだけだろう」
「女性に対してはいつもそうなのか、という誤解ですよ」
「それは困る!」
ここにきてようやくカインは焦りの表情を見せた。
「いくら『家族』と言いましても公言できないのですから、見られたままが噂になります。もう少しお控え下さい」
「そ、そうだな」
「このことはアリス様には申し上げませんので……」
間を置いた執事に、カインはややドキドキしながら言った。
「なんだ」
「今回のことでアリス様を怒らないで欲しいのです」
カインはムッと顔をしかめた。
「それとこれとは話が別だ。アリスには自分がいかに危険なところに来たのかわからせないといけない」
「ですが、それはカイン様のためだったのです。どうかその気持ちもお察し下さい」
深々と頭を下げられては、カインも何も言えなくなった。
「……わかった。だが、危なかったのだということだけは言うぞ」
「ありがとうございます」
そしてイパスは顔を上げつつちらりとある1点に何かを見つけた。
「ではカイン様お時間のようです」
「なに?」
「あちらに」
スッと手を上げた先には、うらめしそうにカインを見ている副隊長の姿があった。
「伯爵ひどいですよ!俺隊長からかなり怒鳴られたんですからねっ!さっさと戻らないと、俺減俸されるんですけどっ!」
まだカインより少し上くらいの年だが、実はかなりまとめ役として優秀なのだと聞いた副隊長が涙目で訴えていた。
「かわいい女の子ほっとけないのもわかりますが、隊長や年上の名前だけの部下の先輩方に愚痴られる俺もかまってください!」
「嫌だ。頑張って愚痴られてこい」
「ひどっ!」
戦闘時は別人のような声と態度で、堂々と年上の部下達を指示していた人間とはとても同じに思えない。
本気で泣きそうなので、このまま騒がしくてはアリスが起きてしまうかもしれない。
カインは仕方なくひとつ息を吐くと、わかったと腕を組んだ。
「すぐ戻る」
「良かった!下で待ってますからね」
ぱっと顔を輝かせてひょいひょいと階下に下りていく副隊長を見て、カインは苦笑した。
「戻ったら隊長から俺も怒られるだろか」
「おそらく」
疲れているのと、魔砲台なんて出所不明の厄介なものまであったので、相当カリカリしているようだったのを思い出し、カインは少し天を仰いで目を閉じて肩の力を抜いた。
「……夜にはもう1度戻れるようにする。それまで頼む」
「かしこまりました」
階下に下りていく疲れた背中を、イパスは深々と頭を下げ見送った。
読んでいただきありがとうございます。
はい、髪を綺麗にしたのはカインです。着替えはセーフでした(笑)。
夜着がそこにあったら、間違いなくカインはしてます(笑)。多分。
そのくせザッシュに文句言いましたね。
……えぇ、自分のこと棚にあげてますね。
アリスは後日着替えさせてくれた女性達にお礼のパンを届けますが、なにやら生暖かい目でニヤニヤ笑われたとかないとか……。
ではまた!次回から第3章です。