22 話
第2章これでおわりです。
今週もありがとうございました!
ぐっすり眠ったわたしが目が覚めたのは、日付を越してあくる日の早朝だった。
魔力の枯渇に加え徹夜がいけなかったのか、どうやら丸1日寝ていたようだ。ちなみに最後の記憶は「ナンマンダブ」を数回唱えたところまで。
ぶつんと糸が切れるように眠りに入ったのだと思う。
学校で耐久試験受けた時がそうだった。
迎えにきたというばぁーちゃんが「自分の限界もしらないのかい!?」と笑っていた。わたし以外にもほとんどが、師匠に引き取られて学校を出たのだと聞いた。
実に数年ぶりの魔力切れ。
長いこと寝ていたわたしはひどく喉が渇いており、まだまだ重い瞼をぼーっとしながら何とか開き、サイドテーブルに水差しとコップを発見してようやく体を動かした。
寝台の上で反転しただけで手が届き、膝をついたままコップに半分水を注いで飲み干した。でもまだ足りないと2杯目はたくさん注いで飲み干した。
ようやく落ち着いたので周りを見てみることにした。
記憶にないがここは昨夜わたしが寝るはずだった仮眠室のようだ。着ているのも白い夜着。いつ着替えたかも記憶にない。
いつも1つに結んでいる髪はほどかれ、寝ていたわりには絡まっておらず、サラサラと肩から胸に落ちてきた。
「変ねぇ」
ぽつりと呟いた声が妙に大きく聞こえた。
そして段々とはっきりしてきた頭で、ようやく昨日のことを思い出した。
「そうだっ!」
一瞬で目が冷めた。
すっかり眠ってしまっていたけど、あの後どうなったのかな。なんか最後に見たカイン様が怖かった気がする……。
うーん、と考えていたらかちゃっとドアが小さな音を立てて開いた。
ぱっと顔を上げると、そこにはドアを開いたままこちらを見ているカイン様がいた。
「起きたんだね」
ほっとしたような顔だが、疲労のせいか疲れたように見える。
「心配したよ。全然目を覚まさないから」
静かにドアを閉めて、片手には水差しを持って近づいてきた。
「冷たい水だよ、飲むかい?」
ちらっと使われたコップを見ながらカイン様が尋ねたので、わたしはせっかくだからと頂くことにした。
自分でしようとしたが、結局カイン様が注いでくれた。
ひんやりした水を1口飲んで顔を上げると、カイン様はサイドテーブル近くにあったイスに座ってこっちを見ていた。
ばっちり目が合うと、カイン様は少し微笑んだ。
「気分はどう?どこか痛いところとかはない?」
「あ、ありません。すみません、ただの魔力切れです。ぐっすり寝たら回復しますので」
お騒がせしました、とベットの上から深々と頭を下げた。
「ならいいけど」
と、カイン様は大きなため息をついた。
どうしたのかと見ていると、やや口をへの字にしたカイン様がゆっくり顔を上げた。
「イパスには聞いたけど、無茶をするなといったのに無茶をして、怪我がなかったからいいものの、一歩間違えばいろんな危険があったんだぞ」
「は、はぃ」
おもわず視線を下にそらし、ちょっと頭を下げた姿勢で恐縮する。
「確かにアリスの魔法で助かった。大した被害もなく海賊達を一網打尽にできた」
「あ!掴まったんですね!良かった……あ」
喜んだのもつかの間、じろりと睨まれてわたしはまた俯いた。
「イパスにも怒るなと言われたが、君に妙な入れ知恵をした大家とは1度しっかり話したほうがよさそうだ」
「え?あの、入れ知恵なんてされてませんよ!?」
「だが海賊の探りを入れさせたのは彼だろう」
「それは、わたしが知りたがったからです!」
「庇うのは勝手だが、今回の件は俺からしっかり大家に話すから。いいね」
その確認は力強く、とても拒否できるようなものではなかった。
しゅんっとしているわたしの肩を、いつの間にか立ち上がったカイン様が掴んでいた。
はて?とおそるおそる顔を上げると、割と近いところにカイン様の顔があった。
「無事でよかった」
ふっと今までの厳しさを和らげた顔に、わたしはどきっとしながら見つめた。
「あ、そうだ」
何かを思い出したカイン様は、ごく自然に寝台に腰掛けた。
「今回の討伐の報告書は、当たり前だが真実を書くことになっている。だから、あの大きくした船で攻撃を凌いだことなども当然書かれる。そしてアリスは未登録の魔法使い候補だから、もしかしたら魔法省からいくらか通達、もしくは召喚命令が来るかもしれない」
えぇ!?ほっといてくれてていいのに。
無害ですよ、わたしの魔法。ちょっと膨らむだけだし。ちゃんと元に戻るし。
「でも、魔法と言っても副魔法なんで関係ないと思うんですが……」
「関係ないかどうかは魔法省が決めるさ。そうなったら俺も一緒に行くから、逃げたりするんじゃないぞ?」
先手打って逃亡阻止、ということらしい。
「…………」
う~っと唸るように黙ってしまったわたしの頭を、カイン様が優しく撫でた。
「大丈夫だ。あの人外魔女がいる。どうにかしてくれるさ」
「……はい」
こうなったらばぁーちゃんのネームバリューと、その実績にお願いするしかない。
すっかり気落ちしたわたしを、カイン様はそれ以上説教することなく側にいて慰めてくれた。
そんな慰め話の中で気になったのは、ブランが今回の件で加点がかなり低いかもしれないとの話だった。魔砲台というイレギュラーなことがあったものの、やはりブレイン隊長の希望に追いつけなかったと言うのが原因らしい。また次の任務で頑張るしかないだろう。
ドイルさんの話も聞いた。彼は事情を知った討伐隊のメンバーから感謝され、最初は照れていたものの段々と居心地が悪くなり砦に足を庇いながら逃げ帰ったらしい。彼にはカイン様から特別報酬を出すとのことだ。
でもカイン様、特別報酬ってどこから出すんだろう。
そう思っていたのが顔に出ていたのか、海賊の賞金だよと教えてくれた。
賞金首だったんだ、すごいな。
で、1番気になっていた魔砲台については、ここ数年時々現れる商人から貰ったと言う。
海賊が商人から奪ったのではなく貰ったというには理由があり、なんと海賊は時々その商人の護衛としてあちこち旅をしていたらしい。それから様々な資金を用意してくれたので、いいカモだと思っていたらしい。
海賊達がその商人と最後に会ったのは、魔砲台を貰ったという10日以上前のこと。その時に打ち方については反発かに分けて打つようにとは言われたが、やはり威力がどのくらいのものか試したくて無茶な発射をさせたらしい。おかげで本体にいくつかヒビが入ったという。
海賊の頭もお互いを深く探らず、連絡も取り合っていなかったが、なぜか商人はふらりと海賊のいるところへ現れていたという。とらえられた海賊を検分させると、仲間が3人いないという。それが商人の仲間だったのか、ただあの混乱時に上手く逃げただけなのかはわからないそうだ。
「思ったより厄介なことになっている。商人という人物の行方と仲間の捜索、これらは引き続き軍部に持って帰って再捜査される。だからアリスがこの先関わることはないからね」
「……はい。もうしません」
「本当に?」
「はい」
「もしまた危ないことをしたら、その時はどんなことしても邸に閉じ込めてしまうからね」
サラッと物騒なことを言われたのは気のせいかな、と顔を上げて見たのだが、やけににっこり微笑むカイン様に寒気を覚えてしまった。
「監禁するからね?」
「!?」
思わずびくっと姿勢を正してしまったのはいうまでもない。
「いいね?」
「……わ、わかりました」
うなずかないと終わりそうにないので、わたしは早々に反論を諦めた。
しっかりと約束させられ、その後わたしはようやく朝食にありつけたのだった。
で、午後。
まだ忙しい。戦闘報告書の作成に被害状況の報告書、今後の課題と要望書等など。とにかくまだやることはたくさんあるんですからね、とブレイン隊長に念を押され、彼はかなり渋々といった顔でカイン様が一旦カサンドへ戻ることを了承した。
もちろんわたしも一緒だ。
カイン様の用件は1つ。
ザッシュさんとの面会である。
……嫌だ。怖い。
ここに来たばかりの頃だったか、なにが原因かさっぱり覚えていないが、ザッシュさんの大事な酒瓶をわざと叩き壊したことがあった。
もちろん怒られた。
かーなーりー、怒られた。
具体的に言うと、15才にして大の大人にお尻ぺんぺんされました。
……いや、アレはお尻ぺんぺんなんてかわいいものじゃなかった。2、3日お尻が痛くてまともに座れず歩けなかったもの。
ま、そのすぐ後いろいろあって台所を改造してくれたから許したけどね。
なんてことを考えていたらあっという間に家の前に到着。
カイン様がわたしの左腕を掴み、引きずるようにして門を潜り玄関をノックした。
少し間を置いて、ぎぃっとゆっくり開いた先には、やっぱり不機嫌としか言い表せない顔をしたザッシュさんが立っていた。
「いきなり失礼。少々話があってきたのだが」
ザッシュさんはわたしを見て目を細めた。
「それのことだろう。入れ」
あぁ、やっぱりそう思いますか?正解ですよ。
とほほ、と泣きたくなりつつ家に入った。
食卓のテーブルに向かい合わせで座ったザッシュさんとカイン様。わたしはさっとお茶の準備に入って逃げようとしたのだが、ザッシュさんに「座れ」と言われ、カイン様にも無言でうなずかれて渋々彼らの間に座った。
カイン様が口を開いたと同時に、わたしはわざと聞かないようにしていた。
始めは海賊の情報を集めてローウェスへ来たこと、その夜襲撃があったこと。わたしが機転を利かせて一網打尽にできたこと、などをほぼ一気に話した。
その間に、何度ザッシュさんの冷たい視線を感じたことだろう。
「本題はここからだ。あなたはなぜ、わざわざアリスの好奇心を煽るようなことをさせたんだ?」
しっかりとテーブルの上で組まれた手に力が入った。
一方ザッシュさんは小さくはぁっと、それはそれは面倒そうに息を吐いた。
「好奇心とやらを無理やり押さえ込んでおくとこいつは碌なことをしない。昔そういうことで躾けたことがある。だから今回はあえて情報を取得させ、普通ならいかに危ないかということがわかるはずだが、血なのか、ジェシカの姉がそうだったように度が過ぎるお節介な性分なのさ」
躾け、の辺りからじとーっと見られていたけど、遠回しに「お馬鹿」発言されてるよね。
「まぁ、そのおかげで助かったのだから問題ないだろう」
「だが1歩間違えば大怪我、あるいはそれ以上だったのかもしれないんだぞっ」
「そんなもの自己責任だ。忠告はしたんだからな」
な?と目線が飛んできたので、わたしはこくこくとうなずいた。
「ほらな」
「リリシャムから預っているんだろう。今回もそうだが、夜の酒場で働くことも厄介事が多すぎる。もう少し預っていると言う自覚を持ったらどうなんだ!?」
「預る?俺が?」
ザッシュさんは本当に意味がわからないと、不思議な顔をしていた。
「こいつをか?ただの同居人だぞ?」
「しかし毎晩出迎えていると聞いたぞ」
「ジェシカに聞かれた時に面倒だからな。それにもう17だ。いわゆる結婚適齢期とやらにひっかかっているんだ。子どもじゃない」
「だからだっ!」
どんっと机に拳を叩きつける。
「女性としての危険を考えろと言っているんだ!」
半分立ち上がり、ザッシュさんを睨んだ。
うわぁ、もうすっごいことになったなぁ。ザッシュさんはかなりうんざりしてるし、あ、こっち見て目が言ってる。
カイン様を何とかしろ?無理です。
「アリスの側にはいつもフーがいる。フーはジェシカと連絡が取れる。いざとなったらこっそり魔法を使い、バレないように証拠隠滅には手を貸すつもりはある」
サラッと物騒なことを言うザッシュさんに驚いていると、かなり険しい顔をしていたカイン様がスッとその表情を元に戻した。と、いっても無表情に近いけど。
「そうか。それなりの方法は知っているんだな」
「……長く生きている分はな」
すとん、とカイン様はイスに座りなおした。
「まだまだ納得いかないことがあるが、時間もないから今日はここまでにしよう」
「いや、2度と来るな」
「そうは行かない。アリスがこっちにいるいじょうは、定期的に訪問させてもらう」
「……お前、この家出ろ」
「えぇ!?嫌ですよっ!」
いきなりのとばっちりに、わたしは慌てふためいた。
「まぁまぁ。とりあえずうちが持ち直すまでまだ時間がかかる。基板が整ったら必ず迎えに来るからそれまで辛抱するんだ」
え?わたし何を辛抱するんですか。あ、定期訪問でザッシュさんが不機嫌になることですか?いやいや、止めて下さい。
「さて、そろそろ戻らねば」
スッと立ち上がったカイン様に、わたしは心底ホッとしてしまった。
「じゃあ、またねアリス」
輝かしい微笑みを残し、カイン様は書類の戦場へと戻っていった。
それを見送っていたわたしの後ろで、ザッシュさんが小脇に塩壷を持って現れた。
「あぁいうのを、世間一般では『過保護』というらしい」
そう言って思いっきり玄関先に塩をぶちまけた。
多分カイン様には効きませんよ。
それより塩も高いんですから、あんまりぶちまけないで下さいね!
そしてその夜。
「あんた何かやらかしたんだってぇえええ!?」
バーンとドアを壊す勢いで帰ってきたばぁーちゃん。
情報が早いな。
「こちとら金山視察で忙しいのよ!召喚があってもあたしゃ同行しないからねっ!」
こっちだって忙しいのよ、とぶつぶつ言いながら腰に下げてた酒瓶を片手に持ち、ぐびっと飲み一息ついた。
「まぁ、顔見知りには知らせておいてやるから」
そっぽ向いたままそう小さく言って、また酒瓶に口をつけた。
「ばぁーちゃん」
じーんと感動して、つい小さく呟いたのだが聞こえたらしい。
くわっと目を見開いて怒鳴られた。
「あたしゃ孫はいないよっ!」
そうですね。酒に酔ったアナタは完全なオヤジですから……。
読んでいただきありがとうございます!
お気に入りが1,100件超えました!ありがとうございます。
勝手ながら次回日曜日10/13には裏話を載せてます。
裏といっても、アリスが倒れた間のお話です。よかったらどうぞ!