21 話
こんにちは。天気が大荒れですね。
「これをーっ!」
必死の形相で追いかけてきたイパスさんが、船着場から何かをそれはそれは見事なフォームで投げた。
すでに出発をしていたが、それはなんとか床に落ちた。
飛んできたのは布袋だった。中を開くとそこには白い魔石が2個入っていた。
帆を張って風向きを調整していたドイルさんは、その魔石を見て顎で帆の近くの四角い筒をさした。
「その箱みたいな奴に魔石を入れな。発動させれば風が巻き起こってスピードがでる」
「はいっ」
揺れる船上で腰を曲げつつその箱に魔石をセットした。そして上下左右に動かすことができるのを確認し、魔石を発動させた。
ボッっと風が出てきた。
「固定したからもう少し威力をあげていいぜ。舵取りは俺がする」
小さなランプを隠すように灯し、そのわずかな灯りと砲撃音だけを頼りに近づいていく。
「あの、足痛くないですか?」
ここまできて言う質問じゃないのだが、帆の張り方も知らないわたしはずっと頼りっぱなしだった。歯を食いしばって作業をするドイルさんの邪魔だけはならないように、揺れる床にはいつくばっていた。
「わはははっ!あんた今更かよ。足はいてぇが、我慢できねぇわけじゃねぇ。それより逃げ道はまかせたからしっかりしろよ」
「はいっ!」
ドォオオン!
ボォオ!
お腹にびりびりと響く大きな砲撃音、そして魔砲台の打つ火の塊で熱せられたのか生温い風が吹いてくる。
「予想より近ぇな。もうすぐ射撃内に入るぞ!」
「じゃあ、そろそろ始めます!」
「よしっ!その前に魔石新しいのに変えて全力放出させろ。一気に加速して突っ込まなきゃ、こっちがやられちまうぜっ!」
「はいっ!」
わたしは床にはいつくばるようにして魔石を交換し、出力を全開にした。
ボッと風が帆をこれでもかと直撃すると、船は暴れるように速度を上げた。
それと同時に、わたしは加減を考えず全力で魔力を船に注入した。
とにかく大きくしないといけない。力の加減とか左右の大きさだとかは考えず、ただひたすら両手を床につけ必死に魔力をそそいだ。
「ぐぅうっ!」
舵取りをするドイルさんにも負担がかかった。
と、その時だ。
ボォオオン!
爆音とともに船が大きく揺れた。
「気づかれたぞっ!」
倒れながらも舵を放さなかったドイルさんが、忌々しげに舌打ちした。
「お前、船体だけでかくしてんのか!?」
ようやく船の状態に気づいたらしいが、わたしも聞いて初めて知った。
「とにかく大きくしてるだけなんで、形が変かもしれません!」
「変だぞっ!」
ドンッとまた船体が揺れたが、ドイルさんはさっきより余裕らしく口の端を上げていた。
「もう少しで間に入るぞ!」
「できるだけ海賊よりにお願いします!」
「無茶言うな!」
ドンッドンッと連続で船体が大きく揺れた。多分どっかは穴が開いたかもしれない。
「チッ、もろいな。材質強化とかできねぇのかよ!」
「そんなの無理です!」
できたら苦労しないし、と愚痴りながら魔力を注ぎ続ける。
船はすでに先端がわたしから見えないくらいに大きくなった。おそらくもう少しでわたしの理想とする大きさになるだろう。
ボォオオン!
ドカッ、メキメキメキ……!
海賊の打った火の塊が帆に直撃した。
帆にはあまり魔力が注がれておらず、船体に比べると小さめではあったものの充分な的となったようだ。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
上からバラバラと木屑が降ってきた。
帆を支えていた棒に当たったらしく、大小の破片が落ちてきた。そして帆はメラメラと燃え始めた。
その間も船に向かって砲撃が続いている。
ドイルさんが転がるようにして船の端へ向かった。
討伐隊側と思われる海の方を見下ろしてからこっちを振り向くと、口に手を沿え大声で言った。
「嬢ちゃん、大丈夫だ!成功してるぜっ!」
じゃあ、と言いかけた時だった。
ドドォオン!
一際大きく船体が揺れた。
側面ではなく前方からの揺れだった。
「出やがったなっ!」
前方を睨んだドイルさんの言葉に、わたしは最後の一隻が出てきたのだと気づいた。
「フーちゃん、先にドイルさんをカイン様のところへ連れてって!」
ひょこっと毛先を上げたが、ちょっと浮いたくらいでじっとしていた。もしかして戸惑っているのかもしれない。
「もうちょっと大きくするから、フーちゃん後でお迎えに来てね」
そう言うと、フーちゃんは尻餅をついているドイルさんに近づいていった。
案の定ドイルさんは驚いていたが、わたしを見るとフーちゃんの棒を両手で掴んだ。
「先に行って下さい!」
何か言おうとしたドイルさんだったが、フーちゃんはびゅんっと空へ飛び、討伐隊の元へ向かっていった。
さて、とわたしは上を見る。
帆はすでに大部分が焼け、火の勢いが迫ってきていた。
ドンドンととにかく揺れ、海賊側の船体からは煙が立ち昇ってきていた。あちこちで燃えているようだ。
わたしは比較的被害の少ない後方へ身を低くして移動した。
ぐらぐら揺れる足元に何度も転びそうになりながらも、どうにか移動すると再び魔力を注いだ。
今度は先端を集中的に意識して大きくした。多分、これで最後だ。久々だが魔力がなくなっていくのを感じた。体力を消耗するのと少し違って、一気に力がなくなって頭ははっきりしているが、全身の力がくたりと抜けるのだ。
「ふうぅ」
がっくりと肩から床に転がった。
振動がドンドンと伝わってくるが、やりすぎたのか頭すら上げられない。
(持つかなぁ……)
あいかわらず海賊は打っているようだが、魔砲台さっさと壊れろ、と願って止まない。
船体が揺れるたびにわたしは体を揺らした。
おかげで段々気持ち悪くなってきた。
こんなところで吐くなんて絶対嫌だ。
よろよろと両手を突いて膝立ちすると、とりあえずさっきより煙が多く上がっているのに気がついた。そして船体も大きく傾いていた。時折りズズズッと妙な音さえ響く。
沈むかも、と思ったときだった。
「アリス!」
頭上から声がした。
見上げる前に、わたしは後ろから誰かに抱きしめられた。
「アリス!なんて無茶をっ!」
悲鳴のような声を上げているのは、多分カイン様だ。
「か、カイン様!?」
驚いたわたしは吐き気がどっかに飛んでいき、あわてて首をひねった。
泣きそうな顔でも美しいんですね、と思ったわたしは気がつかなかった。
あっという間に膝の裏に手を入れられ横抱きにされた。
「沈没しかけてるんだ。急ごう」
わたしを横抱きにしたままフーちゃんに跨り、片手でフーちゃんを掴んだ。
「いいぞ」
その合図でフーちゃんはいつもより慎重に上昇した。
「わ、上手!カイン様」
「馬より難しいがな」
そう答えたカイン様には笑顔はなく、ため息とともにじろっと睨まれた。
まるで親に怒られる子どものように、わたしは体を小さくして身構えた。
フーちゃんは討伐隊の数隻の船の1つに下りた。
「嬢ちゃん!」
「あ、ドイルさん」
床に座っている彼とわたしを見比べ、カイン様は大きなため息をついた。
「後で2人には話を聞こう」
そう言ってわたしを床に下ろすと、背中を支えてくれたまま前を見た。
そこには炎をバックに大きく傾き、沈みつつある先端だけが大きくなったいびつな巨大な帆船があった。
「伝令!敵の魔砲台2台確認!残りは沈黙したもようです!」
「よし、一気にたたくぞ!」
赤いマントの男性が指示をした。
それを見ていたカイン様がわたしを見下ろした。
「アリス、あの船を小さくすることはできる?」
「い、いえ」
わたしはふるふると首を振った。
「あの……半日しないと元に戻りません……」
「は、半日?」
愕然としたカイン様の表情に、わたしは顔の前で拝んで謝った。
「わ、わかった」
かなり力が抜けた声でわたしの謝罪を片手で制すると、わたしの背中を支えたまま赤いマントの人に近づいていった。
「ブレイン隊長、ちょっとよろしいか?」
ブレイン隊長はくるりと振り返った。
中年に差し掛かっているだろうそのお顔は口ひげで覆われており、寡黙な軍人といった雰囲気の人だった。がっしりした体型も隊長という名にふさわしい。
「彼女がさっき話した副魔法の持ち主です。で、あの船は半日戻らないそうです」
「半日!?」
よほどのことだったのか、目を皿のように見開いて驚いた。
「まぁ、しかし魔砲台の襲撃は食い止められたのです。ディゼ氏の魔法であの船を沖合いに動かし一斉攻撃をしかけては?」
「……それしかありますまい」
そういうとブレイン隊長は近くの部下に指示を出した。
カイン様はドイルさんが座るところまでわたしを連れて来ると、すぐ側のドアを開いた。
「ここに2人とも入っていなさい。決して出てはダメだ。いいね、アリス」
語尾が強められ、目線もきつくなった。
「は、はい」
何かしたくてももう魔力がないので無理です、とわたしはくたくたな足に力を入れ船内に入った。
「ドイルも、彼女を見張ってくれ」
「了解した」
片手を上げたドイルさんも船内に入った。
中はいわゆる操舵室というものだった。
席と言うものはないので、とりあえず邪魔にならないように壁の隅っこに座らせてもらう。
1人の兵士が舵取りをしているだけで、前方は大きな硝子で覆われていた。
「出撃!」
ブレイン隊長の声と同時に船が進みだす。
このままでは燃える帆船にぶつかるのではと思われたが、そこは先程いっていた風の魔法使いディゼ氏の力だろう。
ゴォゴォと燃える帆船の真ん中に突風が何発も打ち込まれ、もろくなった船体はいとも簡単に左右に割れた。その真ん中を更に風で左右に押し広げ、その間を討伐隊の船が進んだ。
「砲撃開始!」
ドンドンドンッドン……!
この船からも、近くの船からも一斉に砲撃が開始された。
視界の端から火の矢が何本も放たれていたので、あっちにブランが乗っているようだ。
帆船が燃えて出た煙が幕のような役目を果たし、海賊達はいきなりの砲撃に一気に体勢を崩された。
しかも頼りの魔砲台が、故障したか魔力切れをおこしているのだ。
1台の魔法台からボォオッと火炎放射のような火柱が上がった。
すかさずディゼ氏の風の魔法で防がれ、代わりに追い風を受けた砲弾が次々に海賊の船体に命中した。
もう1台残っていた魔砲台も、小さな火の塊を何発か発射して沈黙した。おそらく魔力が切れたのだろう。
そうなるともはや海賊に勝ち目はなくなり、小船に乗って、あるいは海に飛び込んで散り散りに逃げていく姿が目立つようになった。
「逃がすな!」
ブレイン隊長の激が飛び逃げた海賊を追う船と、今だ船で立てこもり反抗を続ける海賊に向かう船と別れての大騒ぎになった。ちなみにこの船は立てこもりの船に向かった。
火炎放射のような打ち方をした魔砲台はブスブスと黒い煙を上げ、海賊の船にはブレイン隊長とカイン様が先陣を切って乗り込んでいった。
それを操舵室の隅っこで手を合わせて見ていた。
どうか怪我しませんように、と必死に祈っていたわたしを見て、ドイルさんが軽く笑っていたなんて気づきもしなかった。
そして全てが終わって港へ帰る頃には、空はうっすら白んでいた。
帰港中、カイン様とはあの燃える帆船のことについて、ブレイン隊長を交え話しただけだった。
午前中には元の大きさに戻ってそのまま沈没する、という説明をすればほっとしたように表情が緩くなった。理由を聞くと、あの大きさのものなら漁の邪魔になるということで、討伐隊で撤去しなくてはならないという問題があったのだという。もともとが2、3人乗りの帆船ならそのまま海に沈めても問題ないとのことだ。
港に着くと、歩けると言ったわたしの言葉を無視して毛布に包まれ、カイン様に横抱きにされて下りた。
……周りの視線がビシビシと当たり、わたしは黙って毛布に顔をうずめていた。
「イパス、後は頼む」
「かしこまりました」
どうやらイパスさんがいたようで、わたしはそのままイパスさんに横抱きで渡された。
さすがに下りる、と言いたかったがどうにも体がだるくて思考まで弱っていたようだ。妙に騒いで更に視線を浴びるより、ここはじっと従っておこうとあっさり諦めた。
「アリス、とりあえず休むといい。……そのかわり俺が戻ったらきっちり話を聞かせてもらうからね」
ゾクッと寒気が走るような声色に、わたしは毛布の中でひたすら「ナンマンダブ、ナンマンダブ」と何度も手をすり合わせて拝んでいたのだった。
読んでいただきありがとうございます!