19 話
週の始まり「おはよーございます!今週も頑張っていきましょう!!」
「海賊が魔砲台を使ったのはこの前が初めてだったな。使い方から見て、奴らにとっても初めて使ったのだろうな」
「え?どうしてですか?」
「決まっているだろう。変わった玩具を手に入れた子どもと同じだ。加減を考えずに興味を優先させて使っている。魔砲台の価値をわかっている奴等とは思えん」
「魔石の力も使い切ったみたいですからね。特大魔石の補充なんてめったにできないっていうのに」
海賊も馬鹿だなぁとわたしは笑った。
でも、ザッシュさんはゆっくりと首を横に振った。
「そうとは言えんぞ」
「え?」
「海賊が特大の魔石を持っていたのを誰か見たのか?」
「い、いえ、見たって話は聞かないです。でも魔砲台は特大魔石を使用するって習いました」
「それが本来の魔砲台の大きさならな」
え?とやっぱり首を傾げたわたしに、ザッシュさんはどこか哀れんだ目を向けた。
「習ったことが全てではない、ということだ。よく思い出せ。魔砲台の大きさ、威力を」
「……見たことないです」
教科書には絵と簡単な構造が書いてあっただけで、現在は軍が優先的に所有しており大変危険だということしか書いてなかった。
「魔砲台は1台で大型船を沈めるくらいの破壊力がある。そんなものを船に乗せられるものか。乗せるだけならまだしも、それを放ったと言うことはそれなりの衝撃が船にもかかるはずだ。だが海賊は逃げた。海賊の船が規格外の大きさだったのか?」
「いえ、そんな話も聞いてません」
「話題にならないのならば、そう大きな船でもないのだろう。つまり、その魔砲台といわれる砲台は本当に特大魔石を使ったのかという疑問だ」
「でも、魔法を打ってきたんですよ!?魔砲台ですよ!」
1歩詰め寄ったわたしに、ザッシュさんは薄く笑った。
「頭が固いな。魔砲台の話ではなく、それに使われたのが本当に特大魔石だったのかという話だ」
「……どういうことですか?」
「魔法具の威力は魔石に比例する。だが、強すぎる力は魔法具自体を壊しかねないものだ。つまり、海賊の魔砲台に使われたのが特大ではなく、普通の魔石を複数使ったのものだったらどうだ、という話だ。そのくらいの威力なら討伐隊の船も破損ですむだろう」
「そ、そんなことできるんですか!?」
「さぁ」
意味あり気に薄く笑ったまま、ザッシュさんは立ち上がった。
「ただ、シエーユ国の魔砲台は特大魔石を使用していないという話がある。あの国では特大魔石の採掘が難しいからな」
シエーユというのはこのアンバシー国より西にある小国だ。大陸の内部にあり、後方を砂漠に囲まれている。自然と魔力が集中的に集まって溜まる”魔力の泉”が出来にくいので、そこで偶然発生するという特大魔石が採掘されにくい国だ。ちなみに、普段使うような小さ目の魔石は”魔力の泉”なしでも採掘される。
「シエーユの魔砲台を使っているっていうんですか?……もしそうなら、普通の海賊じゃないですよね」
「さぁ」
「でも、今年出てる海賊は今までの海賊と同じって聞きましたよ。急にこんなに変わるもんでしょうか?」
「知らん」
とうとう面倒そうに眉間にしわを寄せる。
「一般人の勝手な解釈だ」
いえいえ、どう考えても一般人の考えじゃないです。
「知りたいことは知ったんだ。これ以上この件に関わるな」
有無言わさず、という不機嫌さを漂わせてザッシュさんは2階に上がっていった。
(自分が海賊のこと聞いて来いって言ったのにっ!)
なんでわたしが怒らせたみたいな展開になったのだろう。まぁ、いい、いつものことだ。わたしも寝よう。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、わたしはフーちゃんと部屋へ向かった。
夜着に着替えて、ひんやりした寝台に横になる。
昼間に長距離を移動したせいか、店であまり動いてないが体は疲れていたようだ。何度か瞬きをしていると、そのうち瞼が重くなって眠りについた。
翌朝、最近お得意さんになった数件の商家にパンを届け、残りを売りながらログウェル伯爵邸へと向かった。
出迎えてくれたイパスさんに、パンを2つ渡すと、やはりお茶を勧められたので遠慮なくいただくことにした。今朝はサクサクのクッキーまで出してくれたので、おもわずにんまりしてしまった。
そのクッキーと紅茶を堪能しながら、わたしはイパスさんに、昨夜ザッシュさんが言った一般人の解釈とやらを話した。
案の定、イパスさんは眉をひそめた。
「……不思議な大家ですね。ジェシカ様のご友人とはいえ、得体の知れない方ですね」
「でも大家なんです。とってもいい人で、毎晩必ず出迎えてくれますし、今回もこれ以上関わるなって言われました」
「確かに、そのほうがいいでしょうね」
うんうんとイパスさんはうなずいた。
「でもまだアリス様は納得されていませんね?」
「……そう、ですね。でも、何の役にもたちませんし」
「では、今からローウェスにご一緒に参りましょう」
「え?」
下に落とした視線を顔ごとイパスさんに向けると、彼はにっこり微笑んだ。
「カイン様に直接お話すればよいのです。どう受け取られるかはカイン様次第ですが、わたしが間に入って御報告するより、かわいい『孫』のアリス様からの方が喜ばれるでしょう。ただ、少しだけ小言は言われるお覚悟をしてください」
「はい!」
わたしは急いで家に帰り、ザッシュさんにローウェスにイパスさんと行って来ると伝えた。
関わるなと言っただろうと怒られるかと思ったが、意外にあっさり「わかった」とうなずくだけだった。
だが、念のためフーちゃんを持って行けと言われた。
ホウキを持って相乗り馬車に乗りある程度見られるのは覚悟していたが、執事服を着たイパスさんに注目が集まり、隣に座るわたしも覚悟以上の注目度で見られてうつむいていた。
よかった、また相乗り馬車の人数が数人で……。
ローウェスに着くと、そのまま町の中心部にある役所へ向かった。
2階建てのやや大きめのレンガ造りの建物で、カイン様や討伐隊の上官、ブラン達もここに泊まりこんでいるそうだ。
イパスさんは慣れた様子でさっさと中に入った。それに続いたわたしは「おや?」と見られはしたものの、何も言われずにカイン様がいるという執務室のような部屋の前に立った。
トントンとイパスさんがノックをすると、中から「どうぞ」とカイン様の声がした。
「失礼致します」
イパスさんが綺麗に腰を折ったので、わたしもそれに倣った。
「アリス!?そんなことしないでいいよ」
軽く驚いたような声がして、ツカツカと足早に近づいたカイン様はわたしの肩にそっと片手を添えた。
「よく来たね。こっちに座るといい」
「お、お邪魔します」
部屋はでんっと構えた大きな机が窓際に1つ、中央に作業台のような引き出しのない机が1つでんっと構えていた。片方の壁にはずらりと並ぶ本棚、そして反対側の壁には長椅子と1人掛けのイス2つ並んでいた。
なぜか長椅子に並んで座ったわたしとカイン様。
イパスさんは慣れた様子で、カイン様の机の上の整理を始めた。
その間にわたしは、ザッシュさんと話した内容をカイン様に話した。
話始めの頃から良い顔をしなかったカイン様だったが、後半になるとわたしの心配ではなく、仕事モードの厳しい顔になっていた。
「い、以上、です」
ドキドキしながら話し終えたが、カイン様は何かを考えるようにすっと目線をそらし、顎を摘むように肩肘をついた。
「……本当に胡散臭い大家だ」
ぼそっと呟かれた一言はわたしには聞こえなかった。
「少し待ってて」
そう言ってカイン様は立ち上がると、机の側で控えていたイパスさんに何かを耳打ちした。
「かしこまりました」
「じゃあ、後は任せた」
それからわたしの方を振り向く。
「アリスは本は好きかい?」
「え、はい」
「ここにも図書室があるんだ。すまないが少し仕事があるんで、そこで時間を潰してくれると嬉しいんだが」
お、これは邪魔ってことですね、とピンときた。
わたし空気読める子ですからね、サッと立ち上がる。
「お忙しいところお邪魔しました」
「いやいや、邪魔じゃないよ。ただ、少し会議をする必要があってね」
「大丈夫です。今からならまだ相乗り馬車出てますし、適当に町を楽しんで夜になったらフーちゃんで帰りますから」
にこにこ笑顔のカイン様に対抗して、わたしも業務用の笑顔を展開してみた。
だが、気づけばカイン様から笑顔が消えていた。
……なぜ?
整った顔で無表情になられると非常に怖い。怒ってますかって聞きたくなるくらいだ。
「図書室で時間をつぶしてくるんだよ?アリス」
「……はい。図書室にいます」
「結構」
にこっと微笑んだカイン様。
こちらへ、とイパスさんがすでに部屋のドアノブに手をかけていた。
で、それから数時間経った。
日がどっぷり暮れて、かなりお腹もすいてきた。
手元の本も何冊目だろうか。いくら読むの好きでも、入り浸る程好きというわけではないので、だんだん読むというより眺めるという感じになってきた。
イパスさんは何度かどこからかお茶を持って来てくれたが、基本側でわたしと同じように座って本を読んでいた。
(……お腹すいた)
よく考えたら朝は相乗り馬車の中でサンドイッチを1つ食べ、昼も馬車の中でその残りを2つ食べただけだ。ローウェスの町でちょっと何か食べようと思っていたから、軽く済ませたのが仇となったようだ。
何度目かのお腹がなる音を、腹筋に力を入れて阻止していた時だった。
バタバタと走ってくる足音が近づいてきて、ガチャリと図書室のドアが開いた。
「すまない!遅くなったね」
やや疲れた顔色のカイン様が入ってきた。
わたしは本を閉じ、すぐに立ち上がった。
「お仕事終わったんですか?」
「終わった、というより休憩かな。夕食の時間だしね」
はい、とってもお腹がすいてます。
気を抜くとお腹が返事をしそうだ。
「今日はまだここから離れられないんだ」
「あ、じゃあわたし買ってきましょうか?」
「大丈夫。今ブラン君にお使いに行ってもらっているだ」
「ブランに?」
ふふっと笑ったカイン様はすっと目を細めた。
「魔砲台とはいえ一撃も反撃できなかったんでね。彼なりに反省しているようだよ」
これか、ブランの言っていたカイン様のいびりって!
魔法使いの卵をパシリに使うなんて、さすがカイン様。やはりこのくらい強かでないと、あのばぁーちゃんとやり合えないよね。
その後戻ってきたブランと執務室で会ったが、言葉を交わす暇もなく、夕食を受け取ったイパスさんにさりげなく追い出されていた。
ぎょっとした目から不安そうな目になったブラン。
大丈夫、わたしは怒られてないよ。なぜなら「孫」なんだからね。
昨夜届けた料理の器を返しに行くついでに、また購入してきたようだ。見慣れた料理が作業台のような机に並ぶ。
「昨日はありがとう。アリスは優しいね」
「いえ、カイン様こそ遅くまでお疲れ様でした」
「増援が来たら今度こそ一掃できるだろうから、それまでの辛抱だな」
かなりお腹が減っていたわたしは会話もそこそこに、カイン様が笑顔で見ているなんて思わずもぐもぐとよく食べた。気づいた時は驚いて、危く喉に詰まらせるところだった。
そんな夕食もほとんど食べ終えた頃、バタバタと大きな足音が近づいてきた。
ドンドンッと慌しいノックの後、返事をする前にドアが開いた。
「緊急です!」と、立っていたのは討伐隊の兵士の1人だった。
「不審船が沖合いに現れました。こちらに近づいているとのことです!」
スッとカイン様の目が冷たく鋭いものになった。
「……出撃準備を」
「ハッ!」
片手を額にあて、ピッと姿勢を正すとすぐさまドアを閉め走っていった。
「……カイン様」
「大丈夫だよ、アリス。君はイパスとここにいなさい」
立ち上がったカイン様はぽんっとわたしの頭を撫でた。
「いってらっしゃいませ」
イパスさんが腰を深く折り、それにカイン様が無言でうなずいて答え部屋を出て行った。
読んでいただきありがとうございます。