17 話
討伐隊の人数を間違っていました。10人⇒20人に変更してます。
カイン様が怪我をしたと聞いた日から3日が過ぎた。
お見舞いに行きたくても、一般人のわたしがほいほい行けるはずもなく、イパスさんにパンやお花を届けてもらった。
あいかわらずばぁーちゃんは、毎日のようにお墓参りに行っているようで、わたしと一緒でお見舞いにいけない理由がわかっていてもなんだか腹立たしい。だって愛しい人の孫だよ!?もちょっと気にかけていいんじゃないかな。あ、奥さんの血が入ってるから?でも奥様も良い人だったって、ばぁーちゃんが言ってたからその理由はないかな。
多分、もう彼女の性格なんだろう。でも手紙を書いてくれたから、きっとそれが優しさなんだと思う。
……多分。
カイン様の怪我は外傷といえるものはなかった。騎士団でも有名な剣の使い手だったそうで、負った怪我というのも多勢の海賊に囲まれる中、倒れた海賊が意識を取り戻し、重い樽を背後から投げつけたことによるものだった。
かなりの衝撃で、カイン様はしばらく背中の痛みから思うように立てなくなり、一時は指を動かすにも激痛があったとのことだ。そう語ったイパスさんの顔が怖かった。
そして兵や私兵にも怪我人が出て、幸い重傷という人はいなかったが、戦える人数が腕の骨折やらで20人しかいない兵が15人になり、私兵も3人が2人になってしまった。
海賊の数は去年より増えているようで、30人はくだらないようだ。それでも3人を捕縛した。
取調べで、海賊達は全員が一斉で襲ったのは御用船だけで、後は半分、またはそれ以上の数でしか襲っていないという。つまり、略奪している海賊を全員捕縛しても、残りがまだいて仲間を集めてやってくる可能性が高いということだ。
よほど良い狩場とされたのだろう。
カイン様が起き上がれないその日、再び海賊の襲撃があり、一隻の商船が襲われた。
連絡を受け兵が駆けつけると、そこには無残な姿の商船が漂っているだけで、命からがら海に飛び込んだ船員や商人を助けるだけにとどまった。
例年にない回数で海賊が出没したことで、すっかり慣れていたローウェスの町にもいよいよ緊張がはしった。昼はどうにか人の往来があるが、夜になるといままでの賑わいはなく、飲食店も早々に店じまいをするようになった。
わたしの店も店じまいの時間が早くなった。
お客も少なくなったし、同僚の1人は15とまだ若かったからか店を辞めた。おそらく家族がこれ以上、この港に近いこの店で働くことを良しとしなかったのだろう。
もちろんというか、わたしもイパスさんに、カイン様からの伝言という小言を毎日のように聞かされている。つまり、夜の仕事は辞めなさい、と。
だから最近は言い返す。
「でも、カイン様がもうじき解決して下さいますよね!」
と、大げさなくらいに笑顔で言えば、最初ほどの小言はなくなった。だが、気をつけてという言葉は一生分聞いた気がする。
カイン様が怪我をして8日後、事前の通達が前日になるという異例のスピードで王都から討伐隊がローウェスにやってきた。
確かに申請は出したが、あまりに早い対応にカイン様は驚いたそうだ。
一応イパスさん経由でばぁーちゃんが手紙を出した、と聞いていたのでそのせいかとすぐ納得したらしい。
ばぁーちゃん、お手紙に何書いたのかなぁ。
この頃ようやくカイン様も回復し、討伐隊とともに戦力として加わったという。
その討伐隊の中に魔法使いがいるという話を聞いたのは、やはり夜の仕事の最中だった。
「港を視察してた一行の中に、青いローブを着た若い男がいてさ。周りは剣とか持ってたし、あれが魔法使いじゃないかと思うんだよ」
「へぇ、1人?」
「いや、もう一人同じような黒いローブを着た奴がいたが、こっちはもう少し年が上だったな。でも俺より年下だ」
「あんたいくつだっけ?」
「34だ」
「んまぁっ!そんなしかめっ面してるからもっと上かと思ったよ!」
久々に盛り上がる席がちらほらある。
青いローブは見習いの魔法使いが着る色だ。黒いローブの魔法使いが師匠なのだろうか。
なんにせよ、見知った顔でなければいい。
火の魔法使いのクラスはわりと少ない人数だったから、まぁ、そうそう出くわすことはないだろう。と、わたしはやはり楽観的に店で働いていた。
「いらっしゃいませ!」
同僚が声を上げたので入り口を見ると、そこには場違いな綺麗な顔をしたカイン様が庶民風の服を来て立っていた。ちなみに後ろには2人、カイン様の美貌に押されている若者が立っている。
ぽかんとした同僚より先にわたしは動き、何食わぬ顔でカイン様達を空いている席に案内した。
「やぁ、アリス。久しぶりだね」
「はい。お元気そうで何よりです」
ちらっとお連れの2人を見ると、もの珍しげに店内をきょろきょろと見ていた。
「アリス」
やや低めの声で呼ばれ、わたしはお連れさんからカイン様へ目線を戻した。
「何度も言うが、その、やり過ぎだと思う。もう少し服を大きくするかしなさい」
つまり、この副魔法をかけた体型と、ぴっちりした制服がお気に召さないということらしい。でもいきなり胸小さくしたらみんなびっくりするし、制服を大きくするのは店主が許さないだろう。なんたってここはそういう酒場ですから。
「アリス?」
ふと割り込んできた声は、お連れさんのうち、若い方の男性のものだった。
くすんだ金髪は首の後ろで結んでおり、そう長くもない。澄んだ青空のような瞳がわたしを見ていた。
あれ?どっかで見たことある……。
わたしはもう少し彼を観察した。
やや目尻が下がっているが、眉がキリッとしているのでちょうど良いバランスになっている。鼻筋もよく、背格好は中肉中背というところだ。
わたしと同じように観察していた彼の目が、徐々に大きく見開かれていく。
「……お前、まさかあのアリス!?」
同時にわたしも思い出した。
(げっ!元クラスメートのブラン・マガレイだっ!)
よくぞ口に出なかった、とわたしは自分を褒めたい。
硬直したわたしと驚いたままのブランを見比べ、カイン様はやや低い声で聞いた。
「知り合い、か?」
それはわたしに聞いたのだろうかわからないが、答えたのはブランだった。
「あ、はい。えーっと……」
どうやらワケありと察してくれたようで、だが適当な理由が見当たらず目線をさ迷わせる。そんな様子をカイン様が目を細めて見ている。
隣の濃紺の長い髪をゆるく三つ網にし、背中にたらしている目の細い男性は傍観しているようだ。
「あ、あの、前に務めていた店で何度かお会いしたんです!」
あわてて適当に繕えば、ブランも「そうなんです」と首を縦に振ってくれた。ありがとう、ブラン。
だが、ここでとなりの三つ網男性が口を開いた。
「店って王都の?もしかしてフリバック?」
その名を聞いて、なぜかブランの顔がサッと青ざめた気がしたがわたしは「えぇ、まぁ」と、あいまいにうなずいておいた。聞いたことない店だが、まぁいいだろう。
だが、この選択はミスだったようだ。
なぜか驚いたようなカイン様の顔が、すぐさまさっきよりもっと険しい顔になった。ついでにブランはなぜかうろたえ始めた。
「そうかぁ。あ、まさかこの店も?」
三つ網の男性の声が戸惑うようにカイン様に向けられると、カイン様はきつく目を瞑り首を横に振った。
「ディゼ殿、ここは接客嬢は確かにいますが、そういう店ではない。普通に飲食を楽しめる酒場ですよ」
「そうですか」
ほっとしたようにディゼ、と呼ばれた男性は視線をわたしに移した。
「では、改めてオススメを聞いても?」
「あ、はい。今日は白身魚のティキットソース煮込みと、新鮮な魚をオイルソースであえた魚介のサラダがオススメです」
「ではそれを」
「かしこまりました」
他は、とブランを見ればサッと露骨に目線を剃らされた。
おそるおそるカイン様を見れば、やはり鋭い目つきのまま「水でいい。3つ」とぼそっと呟かれた。
わたしは逃げるように席を後にすると、最初にカイン様を見て呆けていた同僚に席の対応を押し付けた。同僚は喜んで何度も無駄に往復して料理や酒を運んでいた。
しかし、あまり忙しくもない店内では逃げ場もなく、時々悪寒がするような視線でカイン様が睨んでいたのは怖かった。
何がいけなかったというと、それはやはりあのフリバックという店だろう。ディゼ氏の様子からして、普通の飲食店ではなさそうだ。
ブラン、あんたどういう店に行ってたのよ。
今更違いますとか言えないし、何より今は怖いからもう少しほとぼりが冷めてからいい訳しよう。
しかしそれは今夜じゃない、といつもより早く店が閉まったので、わたしは急いで店の裏へと向かった。
が、そこにはフーちゃんと並んだカイン様が腕を前で組み、仁王立ちで待ち構えていた。
(ひぃっ!)
小走りのまま固まったわたしに、カイン様は眉間にしわを寄せたまま口を開いた。
「フリバック、で働いていたというのは本当か?アリス」
やはりそれですかっと、わたしはピシッと姿勢を正した。
「いえ、嘘です」
「では、彼、ブランとはどういう?」
「元クラスメートです」
まるで上官と部下のようなやり取りだ。
「クラスメート……あぁ、なるほど」
ようやくカイン様の顔から黒い影が消えた。
「すまない、勘違いだったよ」
にこっと笑顔になったカイン様。
勘違いがすごすぎて、本気で怖かったです。
「あの、フリバックというのはー……」
「うん、知らなくていいよ」
と、言った後にカイン様は「あ、でも」と、笑顔を止めた。
「ブラン君だが、彼は登録試験を受けている最中らしい。この討伐も加点になるそうだ」
「あ、そうなんですか。彼とは実技で競ってたんですが、結局勝てなかったんです。結構強いですよ」
お互い必死に競った好敵手だった。勝てなかったのは悔しいが、でも決してそれを鼻にかけるような嫌味な男ではなかった。
「それは頼もしい。……例え布地の少ない服とも呼べない格好で接客するという店の常連だったとしても、な」
さらっとフリバックの概要がわかった。
そうですか、ブラン、やっぱり男だからね。そういうところに行きたくなるのはわかるよ。
わたしも前世は首都ではなかったが、それなりに都会に住んでいたから、時々ホストクラブで見目の良い男と楽しいおしゃべりを過ごしたこともあった。だが、決してはまったりはしていない。あれは大人の遊びだ。すでにディゼ氏に言われるくらいになっているが、はまるなよブラン。
「さて、そろそろ見回りに行かねば。アリスは真っ直ぐ帰るんだぞ」
子どもに言い聞かせるように言うと、カイン様は隣に立っていたフーちゃんをそっと押した。
ついーっとフーちゃんが流れるようにやってきて、わたしが横座りすると、ようやくカイン様が歩き出した。
「じゃあ、おやすみ」
「カイン様もお気をつけて!」
ははっと笑いながら片手を上げ、カイン様はそのまま裏手から消えていった。
海賊が出たのは4日後のことだった。
彼らは3隻の船に分かれて狩りを始めた。もちろん討伐隊はすぐに出撃し、結果として商船は積荷を守られた。
だが、海賊は一網打尽とはならなかった。
普通討伐隊が迎え撃つとなると、海賊は逃げるか捕まるかするものだ。
しかし海賊は討伐隊と互角に戦った。
この状況にあわてたのは討伐隊の方で、海賊は討伐隊がやってくるのを見越して全員で応戦してきたのだ。しかも高価な特大といわれるサイズの魔石を利用した、これまた高価な砲台を数台も所有して。
いくら海賊でも砲台を揃えるのはなかなか叶わないものだ。まず、数が少ないし、威力はあるがとにかく金がかかる。
予想外の猛攻に、討伐隊はどうにか追い払うことができたものの、彼らが派遣されたことで安堵していたローウェスの町には、更に不安が募っていったのだった。