14 話
第2章から、1話の文章を今までより長くしてます。約2倍です。これでもう少し話のすすみ方にメリハリがつくかな、と思います。
あのね、本当にわたしが作れるのは家庭料理なのよ。具沢山スープのトマト味だとかミルク味だとかそんなのと、煮物とか、簡単に衣つけて揚げるやつとか、そういうのの付け合せのソースをいくつか。あとは肉焼いたり魚焼いたり、たまに前世思い出してパスタみたいなの作るけど、やっぱレトルトの旨み調味料はすごいわ。自分で作るとちょっと物足りない。
「あの、この魚介のトマト煮込みは評判のお店で買ってきたんで美味しいと思いますが、あとはお口に合うかどうか……」
わたしが慣れない大きな台所でせっせと料理を作っている間、イパスさんは最近全然使っていなかったという白い食器を出してきて磨いていた。ちなみに銀食器は全て売ってしまったそうだ。残っているのはログウェル伯爵家の家紋入りのものだけで、さすがに家紋入りを売るわけにもいかずしまっていたらしい。
銀食器せっかくですから使いますかと言われたが、そんなご大層なものに盛りつける料理はない。丁寧にお断りし、白磁器の大皿にどんどん盛り付けた。途中、大皿盛りはダメだったかもと気づいたが、イパスさんは小皿に各自取り分ければいいでしょうと言ってくれた。
パンも綺麗な白い布を敷いた小ぶりの籠に山盛りにし、チーズや燻製肉も1口大に切って並べた。魚介のトマト煮込みがあったので、お得意の小麦粉料理でカボチャとひき肉のパイ包みも作った。塩と胡椒だけのシンプルなベーコンと野菜のあっさりスープ、肉はばぁーちゃんのリクエストで塊で軽く焼いて赤ワインソースと塩味のあっさりソースを作った。
「すごいな、アリス。どれも美味しそうだよ」
食堂に入ったカイン様は思いのほか喜んでくれた。
「さて、まずは乾杯だね」
すかさず酒瓶を開けるばぁーちゃん。開けた酒瓶はグラスに注がず自分の前に置く。
「あの、わたしはこれで」
そっと退室しようとすると、がしっと腕をつかまれた。
「どこへ行くんだい、アリス」
じっと見つめられ、わたしはとっさに声が出なかった。
「あ、その、仕事がありまして」
えへっと笑うと、それならばっとイパスさんが食堂のドアを閉めてから言った。
「アリス様がお戻りになっている間に、わたしめが店主にお休みの連絡を致しました」
「イパスさんが!?」
「風邪、ということでお伝えしております。明日も客商売なので、とお休みを頂きました」
明日もですか!?
いや、客商売だからっていってもあの酒場だし、みんな倒れない限りは咳しながらでも働いてるから大丈夫なのに。
「ま、そういうことだから席について。イパス、お前もだ」
「……かしこまりました」
カイン様に腕をつかまれたまま、わたしはばぁーちゃんの横に座った。カイン様がイスを引いてくれて、わたしはかなりうろたえて何度も頭を下げていた。
ばぁーちゃんの向かいにカイン様。わたしの向かいにイパスさんが座り、イパスさんが座る前に配ったお酒の入ったグラスを片手に持ち上げた。
「明日にでも神殿に提出してこよう。年上の花嫁様」
「さっさと再建させないと、墓だけもらっちまうからね、若造旦那様」
ふふふっ……、はははっ……。
乾いた笑いが始まった。
「かっ、かんぱーい!」
暗く澱んだ雰囲気を消すべく、わたしはわざと大声を出し、グラスを高く持ち上げた。
「よろしくお願い致します」
そっとイパスさんがグラスを捧げ、主役の2人はなんとも悪い笑みを浮かべたままぐいっとグラスを一気に煽った。ちなみにばぁーちゃんは酒瓶。
なんの変哲もない料理を、カイン様もイパスさんもおいしいと褒めてくれた。ばぁーちゃんは肉とつまみばかり食べているので、取り分けたパイ包みを押し付けると、渋々だが少しずつ食べていた。
「そうだ、あたしは今まで通りあの家に住むけど、あんたはどうする?ここに住むかい?」
突然とんちんかんなことを言ってきたばぁーちゃんに、わたしは思いっきり首を傾げて言った。
「何言ってんの?あたしがここ住むわけないじゃない」
「だ、そうだよ」
言い終わる前に、ばぁーちゃんはカイン様に向かって話を振った。
「そうなのか?」
なぜかカイン様が少し眉をひそめていた。
「え?だって、わたしがここに住めるわけないじゃないですか。住むなら結婚したばぁーちゃんでしょ?」
カイン様の目線から逃げるようにばぁーちゃんを見れば、彼女は薄切り肉を数枚重ねてフォークで刺していた。
「無理。さっきも言ったけど、あたしとこの若造との婚姻は契約なの。あたしがここに住んでるなんてバレたらお互い厄介なんだよ。その点あんたは正式に魔法使い認定されてないし、顔も知られてないから大丈夫だよ?」
「使用人はまだ雇えないが、住むだけならいくらでも部屋はあるんだ」
どうやらぜひっと誘われているようだ。
だが、だからといって「じゃあ、住みます」なんて言えない。
「……いえ、わたしも今まで通りでいいです」
「どうしてだい?」
睨まれているわけではないが、無表情でじっと見られるとなんだか怖い。美貌が怖い!
「カイン様、アリス様もお年頃です。義理の祖父とはいえ、男性ばかりの所へ来ることに戸惑われるのは当たり前かと。それにもしもログウェル家に金山があるとわかれば、1番先に狙われるのはアリス様です」
イパスさんのナイスフォローで、カイン様の熱視線攻撃はなくなった。代わりに険しい表情になる。
「……金山の情報は極秘扱いされているとはいえ、人の口には鍵がかけられない。いずれジェシカ殿が所有していること、だが税の納付や発掘にうちが加担していることがばれるだろうな」
「発掘の4割が国に納める税だからね。最初の数ヶ月は費用も国が貸してくれるが、あくまで借金だ。数ヶ月は2割くらいしか手元に入らないね。でも、その2割で傾いている事業を建て直し、利益を発掘作業費に使えば手元に入る金も増えるだろうね」
え。4割も国が取るの?発掘費はこっち持ちで取るだけ取る。ぼろ儲けだな、国。
ってことは一般市民が当選してても、発掘費用がないから国が貸す。そしたらその発掘費を出た金で払わせ、それが続くってことは、最初から2割くらいしか渡さないってことだよね。それってなんかズルイ気がする。まぁ、一般庶民からしてみれば2割でも働かなくて暮らせるからいいのか。
……王様、やるな。
「ジェシカ殿、先程金山は好きなところを選べたと言ったが、なぜフォロア金山を?ここは採掘量だけなら現在3番目だ。しかもここから少し離れており、近場でいうならマオロ金山のほうが良かったのではないか?」
ばぁーちゃんはぐいぐいと酒瓶を煽っていたが、ぴっと左の人差し指を立ててチチチッと小刻みに振った。
「甘いね、若造。マオロ金山は近くて現在2番目の採掘量だ。だが、フォロア金山はこれからが出るのさ」
「……根拠は?」
「女のカン!」
どんっと酒瓶を置き、言い切った。
シーンとなる食堂。
きっと言葉には出なかったが、わたしを含め3人とも「それはないだろう」と思っていたに違いない。
「まぁまぁ、見てな。あたしのカンはここぞって時はすごいんだから」
あはははっと豪快に笑うばぁーちゃんは、いつの間にかすっかり出来上がっていた。良く見ると酒瓶が4本床に落ちていた。
……一体いつの間に飲み干したんだろう。
「そ、そういえばアリスは魔法使いになるのをやめたと聞いたが、それもうちのせいなんだろう?本当にすまない」
軽く頭を下げるカイン様に、わたしはあわてて両手を振った。
「い、いえいえ!とんでもないっ!わたし今充実してるんです」
「しかし、魔法使いの才能があるんだ。うちが再興の目処が立ったらすぐにでも後押しするから」
「いえいえいえ!大丈夫です。魔法使いって激務みたいですし、わたしそんなところ耐えられないなぁって思ってまして」
ははっと笑ってみせる。
前世の死因って不摂生だけど、原因は仕事。儲かりそうってことでプログラマーの職につき、運良く大きな会社で大きなプロジェクトとかに携わっていたけど、その代償が半端なかった。給料はいいが、残業はある程度で打ち切り。家ではハッキングやウィルスによる危険があったから持ち帰ることも出来ず、結局休日に出勤、自主作業。それも段々日、祝日は完全に会社が休みなクリーン企業としての対策か、会社自体入れなくなった。だからしわ寄せが平日に来た。日付の変わる頃に退社し、仮眠とシャワーを浴びにネットカフェに行く。ロッカーには常に着替えが数日分あり、着替えを取りに日曜に家に帰る。そんな日々が続いたわけじゃないけど、年の半分以上はそれ。そりゃあ、長年の過労、疲労がたまって健康管理も疎かになり、不摂生という名の原因で突然死を起こすわな。
だからね、今生では目指せスローライフ。
恋して、泣いて笑って結婚して、子ども産んで、年取りたい!
パン屋とボディメイクの仕事があれば、たとえ旦那が働けなくても家族を養っていける。
「しかし、せっかくの魔法使いを、国が放っとくわけにもいかないだろう」
「はい。師匠の下で10年修行して認定されなかった者は、魔力を封じて属性持ちにされるそうです。わたしはそれを狙っています。わたしのパンは副魔法の恩恵なんですが、具現化する力を封じられたからといって副魔法には影響ないみたいなんです。わたしにとっては願ったり叶ったりってやつでして」
ちゃんと本読んで調べた。もし副魔法まで使えなくなったら、属性持ちとして飲食店のダーリン(古い!)を探そうと思っていたくらいだ。まず飲食店なら食には困らない。店が繁盛すれば、おのずと衣食住は保障されるのだ。
わたしが夢のスローライフを頭の中に描いていると、またも横から不穏な空気が乾いた笑い声と共に漂ってきた。
ふふふっ……、はははっ……。
何があった!?
ばっとあわててイパスさんを見るが、彼は黙って食事を続けていた。
え?もう、アレですか。夫婦喧嘩は犬も食わないってやつですかね。
オロオロしながら(仮)夫婦を見ていると、先に口を開いたのはばぁーちゃんだった。
「うちの教育方針に口出しは無用だよ、若造」
「いえいえ、大事な家族になるんです。俺も意見を言うべきかと思いますがね」
「あたしとアリスは師弟なんだよ。それに無理強いする男は嫌われるよ」
「無理強いなんてしませんよ。ただ、そういう選択肢もあると視野を広めて欲しいだけです」
ふふふっ……、はははっ……。
いやいやいや、何!?わたしが原因ですか!?
「あ、あのぉ」
そっと声をかけると、すぐににっこりと優しい笑顔でカイン様がこっちを向いた。
「どうした、アリス。顔色が良くない」
どうしたもこうしたも、さっきの妖気のせいです、なんて言えない。
「そうそう、このパイ包みは美味しいね。あと、俺は甘いもの基本大丈夫だし、嫌いなものもこれといってない。でも苦味は少ないものがいい」
「あ、はい」
いきなり好みを言われてしまった。
……なんだろう。もしかしてリクエストかな。パイ包みみたいな感じで甘いもの?それともリピート?
「若い男は肉と酒で充分さ。騎士やってたならそれなりの狩りや酒盛りしてただろうに」
「酒と肉では栄養不足です。あなたもアリスの言うことを聞いて、少しは野菜を食べるべきだ」
「あたしゃずっとこの生活できてるんだ。今更変えられないね」
「なるほど、野菜を食べると年相応になると。さすがは人外魔女」
「お黙り若造」
乾いた笑いは起こらなかったが、そのかわり凍てつくような雰囲気が流れた。
あの、今日のこれって一応ですが、結婚のお祝いの席ですよね?
そんな雰囲気の欠片も見せず、夕食は静かに終わった。
イパスさんと夕飯の片づけを済ませ食堂に戻ると、テーブルに突っ伏しているばぁーちゃんを発見した。
「今宵は随分飲まれたようですね。お部屋を用意してありますので、どうぞ今夜だけでもお泊り下さい」
「でも……」
遠慮するわたしに、イパスさんはにこっと微笑んだ。
「辻馬車ももう出ていませんし、寝ている大人をホウキに乗せて飛ぶのは危険かと存じます」
「そう、ですね」
さすがのフーちゃんも2人はきついだろう。
「では、アリス様は少々お待ち下さい」
と、イパスさんは寝ているばぁーちゃんを丁寧に抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこのスタイルで運んで行った。
少し待っていると、がちゃりとドアが開いてカイン様が現れた。
「あれ?1人?」
「はい、ばぁーちゃんが寝ちゃって、イパスさんがお部屋へ……」
「そう。じゃあ、俺が案内するよ。ついておいで」
手招きしたカイン様に、わたしはぺこっと頭を下げてそそくさとついて行くことにした。
「急なことだったから使える部屋があまりなくてね」
「いえ、こちらこそすみません」
歩きながらついてくるわたしを振り向くと、カイン様はまたくすっと笑った。
「君は本当に似てないね」
「はい。ばぁーちゃんと言っても祖母の妹だそうですから」
「知ってるよ。先代リリシャムは今のリリシャムの姉だったそうだからね。聞いた話じゃ落ち着いた方だったそうだね」
「はい。でもわたしが生まれる前には亡くなっていたので、聞いただけですが」
「……すまない」
眉尻を下げたカイン様に、わたしは首を横に振った。
「いいえ、会ったこともない方なんで、大丈夫です」
「そうか」
それっきり会話はなかった。
でもすぐ部屋に着いたので、沈黙はさほど息苦しいものではなかった。
部屋は大きく立派な天蓋付きの寝台と長椅子のある部屋だった。
「何もないが、ゆっくりしてくれ」
「そんな、素敵です!」
家にある木の簡素な寝台ではなく、しっかりとした作りのそれに、ふんわりではないが厚みのある柔らかそうな毛布も備わっていた。
「おやすみ、アリス。いい夢を」
そう言って、ぽんっと頭に手が乗せられた。
ちょっとびっくりしたが、わたしはにこっと笑った。
「はい。おやすみなさい、カイン様」
静かに閉められたドアを見届け、わたしは思いっきり寝台にダイブした。
気持ちいぃー!
そしてあっという間に寝てしまった。
読んでいただきありがとうございます。
文章が長いと出てくるのが誤字!またまた気をつけてはいますが、どうか見つけたら遠慮なくご一報下さい!