13 話
今週もよろしくお願い致します。
ふふふっ……、はははっ……。
まだ笑ってるよ、この(仮)夫婦!怖っ!!
わたしはますます身を小さくし、膝の上のバスケットをぎゅっと抱きしめた。
その様子に気づいたカイン様が、ようやく笑いを止めた。
「アリス、どうした?」
「い、いえ……」
あなた方の笑いに恐怖してました、なんて言えない。
「あ、あの、これ」
じっと見つめられる視線に耐えられず、わたしはバスケットを差し出した。
軽く立ち上がり、カイン様が両手で受け取って中を見る。
「パンだね。ありがとう、アリス。嬉しいよ」
優しげに微笑まれたカイン様に、わたしは一瞬見惚れた。
さっきの高圧的なカイン様は見間違いかな、うん。
「そうだ、1つ聞きたい。アリスはいくつだ?」
「17です」
「そうか。俺は22になる。書類上は孫とはいえ、君のような家族を持てて嬉しいよ。うちは俺以外いないからね」
「か、家族だなんて!」
そんな、とんでもないとわたしは首を振った。
するとカイン様は悲しげに目を少し伏せた。
「俺と家族になるのは、嫌かい?」
うわっ、なんですか、その拒否したらわたしが悪者になるような悲しげな顔。
「い……」
「い?」
じっと見つめられ、わたしはパクパクと口を小さく動かして、がっくりとうな垂れた。
「嫌じゃないです」
「それはよかった」
笑顔になったカイン様を、ちょっと苦手かもっと思ってしまった。
「それじゃあ、さっさと決まりごとを決めようかね」
いつものようにローブの前を左右にはだけ、足を組んだ。ちなみにばぁーちゃんはわたしの副魔法無しでボンキュッボンでした。……遺伝しないかな。
「そうだな。こちらとしての条件はない。すべて無理がない限りあなたに従おう」
「そう。ふふっ、それなら話は早いね。あ、アリス、お前は家に戻って夕食の材料持ってきな。今晩はこっちで食べるからね」
「えぇ!?」
「やぁ、アリスの手作りかい?嬉しいよ」
ばぁーちゃんに向けた、無表情な顔とは間逆の顔を見せるカイン様。
あくまでばぁーちゃんとはビジネスですか?そうですか。
「あ、じゃあ、行ってきます……」
「酒はいいの持って来るんだよ。ザッシュに言えばわかるよ」
「……はい」
のろのろと立ち上がったわたしを、カイン様が心配そうに見ていたのでへらっと笑って誤魔化した。
ドアの前まで歩くと、イパスさんがさっとドアを開けてくれた。
「お送り致します」
「あ、ありがとうございます」
部屋を出る時、ちらっと2人の様子を見たが、とても和やかな雰囲気には見えなかった。
窓から光りが照らす廊下を、イパスさんの後ろについて歩く。白い廊下に赤い絨毯が敷いてあるが、埃はないように見える。イパスさんが掃除しているのだろうか。
そういえば、イパスさんはばぁーちゃんとカイン様の結婚をどう思っているんだろう。きっと良くは思っていないだろうな。
わたしのせいじゃないけど、なんか身内が関係してるし、ここは穏便に謝っておこう。日本人の低姿勢は、無駄な争いをしないためだ。
「あの、イパスさん。うちのばぁーちゃんが、とんでもないこと言ってすみません」
言い終わるより先に、イパスさんは立ち止まってわたしを振り返った。
年の割には鋭い光を持った目でじっと見られ、わたしは下っ腹に力を入れ、震えそうな足を踏ん張った。
やがてふっとイパスさんの眼光が緩んだ。
「アリス様、わたしはカイン様とジェシカ様の婚姻については何も申し上げることはありませんよ。これはお2人がお決めになったことなんですから」
「でも、こう言ってはなんですが、ばぁーちゃんもうすぐ70才で、カイン様と年の差48才ですよ?」
「貴族の結婚に年の差は多いものです。今回は2年という契約結婚でありますし、跡継ぎに関してはカイン様もまだ20代ですので問題ないかと」
確かにそうだ。2年経ってもカイン様は24才。それくらいで結婚する貴族の男性も多いし、あの美貌だ、ログウェル伯爵家が持ち直せばいくらでも嫁のなり手はあるだろう。
「まずは伯爵家の再興、なんですね」
「さようでございます」
わたしはそっと廊下とイパスさんに視線を向けた。
手入れのされた執事服だったが、やはり長年着ているようで少し張りがなくなっている。
廊下も埃はないが、ガランとしており壁には絵画が飾ってあった跡がうっすら残っている。彫刻品の類も一切なく、実に殺風景なものだった。
「今はわたしだけがカイン様に無理を言いお仕えしていますが、昔は数十人の使用人がおりました。こちらの廊下も絵画や彫刻が飾られ、お客様の目を楽しませていたのです」
「全て売ったんですか?」
「はい。宝飾品というものは全て、先代ご夫妻の形見も全てカイン様は手放されました」
重い沈黙が流れた。
普通親の形見の1つくらい手元に残したいって思うのに、カイン様は領主であることを優先させたのだろう。
「ですが、この度の婚姻で、書類上とはいえカイン様にご家族ができたことに間違いはありません。特にアリス様については、カイン様もすっかり受け入れているようで安心致しました」
「えぇ!?」
「カイン様は早くに母君を亡くされ、14才で騎士団に入り2年半程前までお過ごしになられました。先代とも病床で半年で数回お会いしただけで亡くなられ、カイン様はお1人で頑張ってこられました。お1人ということでかなり無茶をされたりしましたが、アリス様のような家族を持ったことできっと考え方が変わるかと思っております」
「そんなっ、だって、わたしはカイン様と会うの3度目ですよ!?」
「しかし、あの晩お食事を届けたあなたのことを報告したら、カイン様は『起きていればよかった』とがっかりされていましたよ」
え?とわたしは驚いた。
「わたしは夜目が利きますので、時々出かける朝市でパンを売っているあなたを見たことがあったのです。カイン様は何かわけがあるのだろうとお聞きしなかったようですが、時々わたしが代わりに様子を見ておりました」
「イパスさんが?」
「はい。他の方に頼んで代わりに買ってもらったこともあります。アリス様のパンは本当に美味しいですからね」
にっこり笑ったイパスさんに、わたしも笑顔でうなずいた。
「ありがとうございます。今夜はわたしのつたない家庭料理ですが、お酒だけは最高の物なんできっとカイン様も喜んでくれると思います」
「いえいえ、どんなものでもカイン様はお喜びになりますよ」
お世辞と分かってても嬉しいな。よし、ちょっと奮発して買い物してこよう。
玄関まで来ると、そこにはフーちゃんがいた。
来る時は辻馬車に来てもらって乗ってきた。だから歩きかと覚悟してたんだけど。
「フーちゃん、お迎えに来てくれたの!?ありがとう!」
ぎゅっと抱きしめると、イパスさんに頭を下げ「ちょっと行ってきます」と言うと、わたしはフーちゃんに乗って空高く舞い上がった。
人目につかないくらい高く飛び、ちょっとGがかかって気持ち悪いけど家の裏手に急降下すればみつからないだろう。
ばぁーちゃんに言われた最高のお酒、それも2本くらいじゃ足りるはずがないので10本用意した。肉もばぁーちゃんが用意していたのでそれを抱え、チーズや卵といったものを始め、美味しいと評判のお店の料理を買いに向かった。いくらわたしでも手が回りそうにない。
やがて揃った材料、そして使い慣れた調理器具を並べると、とても歩いて、いやフーちゃんにも運んでもらっても何回かかるか分からない量となってしまった。
「お酒が1番荷物なんだけどなぁ」
「それがないとジェシカが怒るぞ」
酒瓶を木箱に入れているザッシュさんの背中を見て、わたしはがくっと肩を落とした。
「ですよねぇ。はぁっ」
仕方ない、とわたしは再び辻馬車を呼びに行くことにした。
「あの、ザッシュさんは……」
「行くわけないだろう」
ものすごく嫌そうな顔で見送られた。
そして予想以上の出費になったことに、わたしはこっそり馬車の中でため息をついたのだった。
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