今日はおつかいにいく。
夕方、うっかり人けのない道を通りがかった私は、大きく膨らんだエコバッグを持ったその少女を見かけた。三、四歳くらいの見た目の、利発そうな瞳をした少女である。いかにも『はじめてのおつかい』のテーマが流れてきそうなその光景に、私は、知らず口もとをほころばせていた。
ズズズ……ズズ……
疲れたのか、少女は荷物をひきずって運びはじめてしまった。バッグの中身が、するとどうなってしまうのか。彼女にはまだ想像がつかないようだった。
大根なんて運んでいたら、それが大根おろしになっちゃうよなあ、とテレビの前の無責任な視聴者のような気持ちで、微笑ましく見守っていた私だが、ふと、『ズズ……』とひきずられているエコバッグの底が、少し妙だということに気がついた。
そのエコバッグの色は緑だった。しかし底部の、地面とこすれている箇所のみ、赤が混じっているように見えるのだ。
見えたのは一瞬だったので、気のせいかと思った。しかし少女が一人、こんな道を歩くのは危なかろうと、おせっかいな気性を発揮させて少女の後ろについて歩く私は、こすれた地面にも赤が付着していることにも、すぐに気づいた。
いよいよ怪しいと、私はついに、少女に話しかけることにした。
──ねえ。重そうだね。何を運んでいるの……?
いきなり声をかけられて、少女はおびえたようだった。私の目を、無邪気に澄んだ瞳でじっと見るだけで、一言も声を発しなかった。
代わりに、彼女はバッグを開いてみせた。私は中をのぞきこむ。
そこには、よくわからないものがつまっていた。私と同じく黄色人種の肌の色をしていて、髪の色は黒で、虹彩は茶褐色で……鼻も、耳もそろっていて、恐らく日本人であり、最低でもアジア系であることは確かな〝人間〟。〝人間〟であることは確実だが、よくわからない。骨がない、のか、顔立ちがはっきりしないのだ。顔立ちがはっきりしないということは、存在がはっきりしないということ。バッグの中の人間は、その存在があやふやだった。
視神経がつながっているのかも怪しいその人物は、しかし私の姿をとらえたのか、なにかを伝えるように、くちびるだと思われる部位を動かした。
私には、その人物が、こう言っているように見えた。
『タ・ス・ケ・テ』と。
暗転する意識の中、私は最後に少女がつぶやくのを聞いたような気がした。
ふたりもはこぶのは、たいへんだなあ……
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…………痛みがあって、私は目を覚ました。目を覚ました、のだが、目の前は暗闇に包まれていて、目が開いているのかもわからない。私は手でまぶたが下りているか上がっているかを確認しようとした。しかし、体が動かない。どこか、狭い場所に閉じこめられているのだろうか。見えないので、なんとも言えない。
私は思考を止めて、そしてようやく体が絶えず振動していることを知った。
ズズズ……ズズ……、と。
この物語は、フィクションです。