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二話

 目覚めは意識が浮上することによって起こる。

 真人は今その感覚を得ていた。深い闇の中から明るい光の下へと意識がゆっくりと登ってくる感覚だ。肉体の重さを感じ、

「……ん」

 自分の発した声と共に目を開けた。

 視界はまだぼんやりとしているが明かりだけは入ってくる。

 ゆっくりと上半身を起き上がらせ、体の様子を確認する。格好は未だボロ切れのままだ。

 徐々に視界が明瞭になってくる。

「ここは……?」

 答えは女性の声で返された。

「ここは私の家だ。少々人にとっては不便かもしれないが我慢して欲しい」

 声のした方向に真人は顔を向ける。

 女性。背の高い北欧系の女性だ。背中まで届く長い白銀の髪をそのまま下ろし、白いワンピースを着ている。彼女の金色の瞳はこちらをじっと観察している。

 誰だろうか、と真人は思った。

 倒れる前まで自分は竜と話していたはずだ。というのに、今目の前にいるのは人間の女性だ。

 少し考えて真人は目の前の女性の正体を悟った。

「ライナシアなのか……?」

 そうだ、と女性は頷く。

 すると疑問が生じる。

「アンタ竜じゃなかったか? 何で人間の姿になってる?」

「あくまでも今は人の姿をとっているだけで、私は間違いなく竜だとも」

「なら、何で人の姿になれるわけ?」

 その疑問も尤もだ、とライナシアは前置きしてから話しだした。

「竜はこの世の生き物の中で最も強い生物だ。だから本来ならば別の姿を取る必要はない。ここまでは理解できるな?」

 まあ、と真人は頷いた。

「弱い生物ほど擬態が必要だってことだろ? わかるよ」

「その通りだ。しかし、竜は大きい。その為に必要なエネルギーは莫大であるし、場所も取る。他の種族たちと交流するためには非常に不便な身体だった。だから──」

「人の姿を取るようになったということか」

 だが、と真人は思う。

「取る必要が生じたくらいで簡単に身体を全く違うものに変化させられるのか?」

「他の生物ならできないだろう。だが竜ならば可能だ、というしかないな」

 そもそも、とライナシアは続ける。

「竜とは普通の生物とは一線を画している。程度の低い竜はただの頑丈な生物に過ぎないが、自分で言うのも何だが私のような上位の竜は正確に言えば生物ではない」

 ……生物ではない……?

 どういうことなのか、と真人は考えを巡らせる。彼女の言葉を信じるなら生物ではないが生物であるということか。俄かに哲学の命題めいた言葉が出てきたことに少し疲れを覚える。

「じゃあ、一体アンタは何なんだ?」

 真人の言葉を手で遮ってから、ライナシアは口を開いた。

「真人、できればアンタではなく、私の名を呼んでもらいたい。でなければ名乗った意味がなくなってしまう」

 顔を少し俯かせて彼女は言った。

 確かに、と納得した真人は、わかった、と頷き、

「続けるが、ライナシアは一体どういう存在なんだ?」

 そうだな、と彼女は少し考え、言った。

「まずは、私のことではなく、上位の竜について語ろう。──上位の竜とは生物と概念の混ざった存在だ」

 ……概念……?

「上位の竜はそのままではただの莫大なエネルギーの塊だ。それだけでは何の意味も持たない。そこで出てくるのが概念だ。概念がエネルギーの方向性を決定づける。だが、これだけでもやはりただ存在するだけのエネルギーでしかないのだ。だから、それを使うための意思がいる。それが魂であり、肉体だ」

 それは、つまり、と真人は思った。

「生物としての部分はその魂と肉体だということか」

 言葉に、ああ、とライナシアは頷き、

「私たち上位の竜にとって、姿形は己の思うまま自由自在、というわけだ」

「なるほど、なら初めに会った時の姿も今の姿もどちらもライナシア本来の姿というわけか」

 そうなるな、と彼女は首肯し、

「では、少し気恥ずかしいが簡単な自己紹介といこう。私は九大竜王の一体である煌輝竜ライナシアだ」

「……九大竜王……」

 真人は眉を顰める。

 これまで生きてきた中で聞いたことがない。仏教だかで八大竜王というのがいるらしいから、一瞬それにあやかったのかと考え、思い直した。ここは既に自分のもといた場所ではない。

 わからないことは尋ねる。基本だ。だから、

「九大竜王とは何だ?」

 問うた。

「ふむ、九大竜王とは、竜の頂点に立つ九体の竜のことだ。つまり、私は竜の王だということだ。分かったか、客人(まろうど)である真人よ」

「何?」

 と思わず真人は声を上げた。

 ……知っていたのか?

 と思うが、相手は竜だ。このくらいは容易なことなのかもしれない。

「分かるさ。極まれにだが、別の世界からやってくることは知っている」

 故に態々私のことを説明したのだ、とライナシアは言う。

 聞き、真人は言われてみれば、と思い当たる。

 考えてみれば、竜という生き物について説明してもらったわけだが、この世界に生きる者たちにとってそれはある程度知られていることのはずだ。

 つまり、最初から彼女は自分がここの出身ではないと知っていたということだろう。

 しかし、

「どうやって分かった?」

「うん。真人、君はこの世界ではしない匂いとでも言おうか、うまく説明はできないが、違うのだ。だから分かった。おそらく私と同じような存在なら君が異世界からの来訪者ということがわかるだろう」

 だが心配するな、とライナシアは言った。

「君のことは私が守る。私がこの世界のことを君に教えるし、一人で生活できるようになるまで世話をしてあげよう」

 言われ、真人は首を傾げた。

「なあ、どうしてこんなに良くしてくれるんだ? 俺たちはまだ会ってすぐだろう」

 すると、ライナシアはにっこり笑うと口を開いた。

「ああ、私も疑問だ。だが君を見ているとそうしてあげたくなる。初めてだ。たった一人の人間にここまで興味を惹かれるなんて」

 それに、

「竜である私にとって君を死ぬまで面倒見たところでほんのわずかな時間でしかない」

 だから気にするな、と彼女は加えた。

 真人は考える。

 特にデメリットは感じられなかった。竜王である彼女にとって自分を騙すメリットなどそう無い。後で裏切り、絶望する顔が見たいとかそういう性格をしていない限り。今まで話した感じからすると、その線も限りなく薄いが。

 そもそもあそこで彼女に助けてもらわねば死んでいた以上、助けてもらったことに感謝はすれど、疑うのはよろしくない。

 良く考えれば、自分はこの世界で頼るところもなければ、言葉も通じないのだ。どうしたって誰かの庇護下に入らねば生きていけないことは明確。

 ……ん?

 ふと、疑問が生じた。

「何で言葉が通じるんだ?」

 との言葉に、ライナシアは、ああ、と声を上げて、

「私のような高位の存在は特定の言葉を使っているわけじゃない。伝えたい思い、或いは意志が直接伝わるのさ。だから私と君の間ならきちんと会話が成立するんだ」

「とすると、俺は言葉も学ばねばならんのか」

 真人はため息をついた。



 ☆



「それで、これからのことを簡単に確認していこうと思う」

 ライナシアの言葉に真人は頷くことで応えた。

「まず、知っておくべきことはこの世界の常識的なことと言葉だ。と言っても、私は竜だから、人の一般常識など知らん。だから種族の壁を越えて、本当に誰でも知っているようなことから説明を始めよう」

 良いか、と彼女は前置きして、

「この世界は大きく分けて五種類の人と、動物と植物がいる。人は大きく分けて妖精系、獣系、鬼系、巨人系と特徴のない君のような人間がいる。加えて高位の存在として上位の竜と神族がいる」

 との台詞に、真人は思った。

 ……まさにファンタジーだな。

「質問いいか?」

 真人は手を挙げて尋ねた。

 ライナシアは首肯する。

「人は実際に見てみないと何とも言えないから今は置いておくが、神族って何だ? 神とは違うのか?」

 との問にライナシアは少し考え、ややあってから口を開く。

「神族とはこの世界を創った神の末裔だ。だから神とは違うし、神のような力は持っていない。だが、私のような上位竜に近い存在ではある。彼らもまた概念を有しているのだ」

 また概念という言葉がでたな、と思う。

 ただまあ、この場合の概念とはどうやら力の方向を決定づけるもののようだ。多分自分の知っている言葉の中で最も近いものに翻訳されて伝わっているのだろう。

 それで、と真人は続きを促した。

「上位竜と神族はその成り立ちそのものは非常に似通っている。しかし異なるものだ。その最大の点はどの姿をとるのか、ということだろう。竜は君もみたようなあの姿をとるものがほとんどだ。しかし神族は逆に人の姿をとる。結局君から見れば、竜も神族も大して変わらないものに感じるだろう」

 その通りだ、と真人は思考する。

 どうせそういう奴らは人の前に姿など見せないだろう。だからこの先見ることもないだろうし、これ以上の情報を得ても意味がない。それよりも、と思った。

「一度見たのだが、あの魔法は何なんだ?」

 ほう、とライナシアは笑い、

「見たのか。無論私は魔法についても説明はできるが、使うことはできない」

「何故だ?」

「それは私が竜だからさ」

 説明になっていないと真人は思った。

 不満が顔に出ていたのだろう。ライナシアは微笑み、許せ、と言ってから、

「上位の竜や神族は概念を有しているがゆえに魔術を使うことができない。有する概念と術が互いに干渉し合い、上手く行使することができないのだ」

 とは言え、

「使えなくとも全く困らないのだが」

 彼女の言葉に、真人は腕を組み、考えてから言葉を発した。

「魔法と魔術は違うのか?」

 真人は鋭く指摘する。聞き逃しそうではあったが、似ているようで違う言葉で己に届いた以上、異なるものに違いない。しかし、真人にはその違いはわからなかった。

 うむ、とライナシアは頷き、

「魔術とは魔力と呼ばれる力を用いて何らかの現象を起こすことを指す。一方で魔法とは魔術法則のことであり、魔術における一定の法則のことを指すのだ」

「ならば俺にも魔術は使えるのだろうか」

「使えるさ」

 ライナシアはそう断言した。

 ただ、と続けて、

「長い訓練が必要だろうが」

 そうか、と真人は長いため息をついた。

 ……さて、そろそろ本題か。

 真人は気を引き締める。その緊張が相手にも伝わったのか、彼女もやや表情を硬くしている。

「それで──俺は帰れるのか、もとの世界に」

 答えはひどくあっさりとしていた。

「可能だ」

「なっ!」

 思わず真人は声を上げた。

「本当に帰れるのか? いつ、どうやって?」

 今にも掴みかからん勢いでまくし立てると、ライナシアは顔を少し顰めて、

「少し落ち着け。可能か不可能かで言えば可能だ。しかし、真人、君はおそらく帰れないだろう」

「どういうことだ?」

「難しい話ではない。世界とは常に動いているから、いつも近づいたり離れたりしているわけだ。おそらく君は世界が重なった時にここに来たはずだから、同じように世界が再び重なった時に戻れるだろう。だが──」

「つまり──次いつ重なるかわからない以上どうしようもないということか」

「わかってくれて良かったよ」

 くっ、と真人は歯噛みする。帰還は絶望的だ。だから深呼吸をする。気持ちを落ち着かせるためだ。

 数度深呼吸を繰り返し、大分落ち着いてから考える。

 帰ることができない以上、ここに骨を埋めるしかない。幸いにも彼女が助けてくれるようであるし、彼女を味方につけておけばそうそう困ったことにはならないはずだ。

 どうしようか、と思う。助かるまでは思っていた復讐も助かった今ではそれほど魅力を感じない。だが、何も目的のないままここで生きていくのも退屈だ。

 折角常人にはできない体験をしているのだ。何か人とは違うことをしなければ勿体無いと思う。ふと、あの村のことが頭を過ぎった。

 ……この世界で成り上がってやろう。

 そして、あの村のようなことは自分のわかる範囲では起こさせない。

 目的は定まった。そのためには何だってするし、使ってやる。

 真人は顔を上げた。

「これから俺が死ぬまでずっと傍にいてくれ」



 ☆



 真人の言葉を聞き、ライナシアはどうしてか胸の中が暖かくなった。理由は分からない。でも決して悪い気分ではない。そして思った。

 ……言われるまでもない……!

 この世界ができた時から生きている自分が初めて興味を惹かれた人間だ。その生が終わるまでずっと傍で見守っていたいに決まっている。だから、

「ああ、もちろんだ。死が二人を分かつまで、共にいることを私の名にかけて誓おう」

 彼の吸い込まれそうな黒い目を見ながら、ライナシアは誓う。彼が死ぬまで守り続けると。味方で居続けると。

 それに、とも思う。

 彼についていけばきっと面白いものが見られる、と自分の中の勘が囁いている。彼が何を成すのかは分からないが、きっと大きなことになるに違いない。

 ならば、彼についていけるのはおそらく自分だけだろう。何があってもこの身なら問題はない。彼の傍にずっと居続けることができるのは自分しかいないのだ。

「疲れたな、また少し眠ってもいいか」

 真人は眠そうに目をこすりながら言う。

「今は休息が必要な時だ。しっかりと休め」

 彼が身体を横たえ、目を閉じ、眠りについたのを見て、ライナシアは眠っている彼の傍に座り、寝顔を眺める。

 ……眠っていればただの少年なのに。

 起きているときはあんなに強い目ができる。今まで出会ってきた人とはまるで違う。それは異世界から来た、ということではなく、元来の性質だ。

 ゆえにきっと自分は惹かれているのだろう、と思う。

 眠っている彼の髪を優しくかきあげ、そのまま頬を撫でる。

 柔らかな光だけが二人を照らしていた。


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