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一話

 抜けるような青空の下、輝きを隠すような雲の一片たりとも確認できない中で太陽が燦々と大地を照らしていた。直射日光の当たり続ける大地は既にかなりの高温に達し、ゆらゆらと陽炎が揺らめいている。

 荒野だ。

 道のない荒れ果てた大地の上には逞しく生きる小動物と虫の姿くらいしか確認できない。

 静寂がそこにはあった。

 しかし、わずかな音が生まれる。

 人が歩いていた。

 大地の上にできる影は男性のものだ。

 手枷をはめられ、ボロ切れを纏った男だ。その姿はまるで罪人のようである。

 彼の歩みはまるで亀のように遅いものではあるが、一歩ずつ確実に進んでいる。

 ふと、彼は動きを止めた。そして空を見上げると、座り込む。

 一陣の風が荒野を吹き抜けていった。



「暑いな……」

 目を細めつつ、空を見上げ、彼は言った。

 ぼさぼさの黒い髪に意志の強そうな黒い目、細身の体つきだ。その見た目はまだ少年だった。

 少年は座り込んだまま、思う。

 ……ここは一体どこだろうか。

 少なくとも地球ではない。少年はそう結論づける。だが、それ以上のことはあまりにも判断材料が少ないため、推測はできるが断定はできない。

 彼の今のところの判断材料は、彼がいきなり現れたらしい草原と彼を少しの間世話してくれた村、村を襲ってきた連中と自分にこの手枷をはめた奴らだけだ。加えれば今歩いている荒野もそうである。

 これだけならばどこか地球でも僻地、発展途上国のどこかの出来事かもしれない。ニュースで見たことこそないが、どこかで起きていても不思議ではないことだ。

 しかし少年には確実にここが地球ではないと言い切れるだけの確証があった。

 彼は見たのだ。何でもないただの男たちが突如手に炎を生み出したり、風を操っていたりするのを。これがマジックであれば、夢であれば良かった、と彼は思う。

 だが、これは紛れもない現実だ。徹頭徹尾、何もかも疑いのようのない現実。

 彼は己の五感で捉えたものを疑うことは絶対にしないようにしている。自分の見たくないものは見ない。自分の聞きたくないことは聞かない。それは生きていく上では大切なことかもしれない。だが、それは確かに生きやすくはなるかもしれないが、同時に認めたもの以外は受け入れない頑固さも生み出してしまう。

 そんなものはいらない、と彼は思う。

 少年はありのままの現実を受け入れる強さを持っていた。

 ……それにしても……

 あれはまるで魔法のようだったなあ、とぼんやり思う。或いは超能力かもしれないが、その違いは些細なものだ。今の自分にあれがなんだったのかわかるはずもない。

 でも、と思う。あれは憧れるな。

 子供の頃はきっと誰だって憧れるようなものだ。自分も使えるのだろうか、と思って、彼は首を振って考えを追い払った。

 今は余計なことを考えている余裕はない。

 嫌味なくらい輝いている太陽は何もしないでも彼の体力を奪い続けている。日陰も見当たらない以上、まともに休むこともできやしない。

 このままではそう遠くない内に倒れてしまうだろう。助けなど期待できない。この荒野に誰ひとりとして人の姿はないし、これからも人が通ることは滅多になさそうだ。道がないことがその証拠だ。

 おそらく自分はここで死ぬだろうな、と彼は思った。多分、その推測は間違ってはいない。この荒野がどのくらいの広さなのか分からないが、見渡す限りの荒野なのだ。抜けるまで少なくとも数日はかかるだろう。

 今の自分は何も持ってはいない。自分の身、一つしかないのだ。何とか奴らからは逃げ出したものの、食料も水もないために、ここで倒れて死ぬのだ。

 だが、それでもいいかもしれないと思う。どうせ捕まったままでも、奴隷かなんかにされて、劣悪な環境で重労働をさせられるに違いない。そうすればさほど頑丈な体ではない自分は早早に死ぬだろう。同じ死であるならば、今の状態で死んだほうがましだ。少なくとも後悔はない。

 どんな状況だろうと死ぬまであがき続けるのが自分の数少ない矜持だからだ。何もせずにただあるがままの状況を受け入れる運命論者と同じにされたくはない。だから歩き続けるのだ。

 でも、もし、と思う。

 もし、自分が助かったとすれば、心に決めていることが一つある。

 復讐だ。

 自分をこんな目に合わせた奴を同じ目に合わせる。復讐というよりも報復のほうが言葉としては適当かもしれないが、そんなことは些細なことだ。同じ目に合わせる、ということに違いはない。

 考えは纏まった。

 少年は立ち上がり、前を向いた。

 そして一歩一歩をゆっくりと確実に踏み出していく。

 進む。進み続ける。前進あるのみだ。

 彼は淡々と足を前に出していく作業を続けていった。

 一度倒れても立ち上がり再び歩き出す。

 あまりの暑さに頭の中に靄がかかったような状態でも進む。それだけはやめてはいけないから。

 もうどれだけ進んだのかも分からない。どれだけの時間が経ったのかも分からない。しかし、ただ一つだけ分かることがあった。

 もうこれ以上は動けない、ということだ。

 少年は仰向けになったまま輝く太陽を睨む。

 心なしか日差しが更に強くなったような気さえする。

 ……終わりか……。

 不思議と簡単に受け入れることが出来た。

 できる限りのことをして、それでも尚届かないのであれば、仕方がない。だが、簡単に諦めるつもりもなかった。

 彼は空をただ見つめていると、ふと、視界に何かが映った。

 トカゲのような体にコウモリのような翼の生えた白銀に光る生き物。

 竜だ。

 竜が空を飛んでいた。


 ★


 竜がいつものように空を飛んでいると、荒野に何かが倒れているのを見た。

 何だろうと目を凝らしてみれば、人だ。

 ボロ切れを纏い、手枷をつけた人間が仰向けに倒れている。

 ……逃げてきた罪人か……?

 おそらく逃げてきたはいいが、途中で行き倒れたのだろう。

 じっと観察してみる。少年の黒い瞳は死を受け入れつつも、しかしどこかで諦めきってはいない不思議な目をしていた。

 面白いなあ、と竜は思う。

 これだから人は不思議で面白いものなのだと思う。

 興味を惹かれた竜は荒野に降り立った。

「人よ、何故まだ生きることを諦めてはいないのだ?」

 尋ねる。

 少年は既に起き上がる力もないのか、倒れたまま口を開き答えた。

「簡単な話だ。諦めていなければどこかで助かるかもしれない。現に今だってアンタに出会えた。ということはまだ助かるかもしれないってことだろ?」

 ふむ、と竜は頷いた。

「確かに、私はお前を助けるかもしれない。だが、ここで見捨てるかもしれないし、もしかしたらお前を食うのかもしれない。それでも尚そう思うのか?」

「思うさ。態々ここに降りてきたってことは多少なりとも俺に興味が湧いたってことだろ? それにここでアンタに食われたとしても結局見捨てられて死ぬのとそう大差はないわけだ。それよりもアンタみたいなのと話が出来た、ということだけでも十分さ」

「──面白い。確かに私が助けない限り、何をしても結果は変わらないな。それに竜と会話することに満足するとは──」

 次第に少年への興味が大きくなっていくのを竜は感じた。

 少年の顔を覗き込む。

 不思議な顔つきだ。

 少年の顔を見て初めにそう思った。肌の色に髪や瞳の色は珍しいわけではない。だというのに何故か惹きつけられるものを感じた。今にも死にそうだというのに意志の強さを感じさせる黒い瞳は未だ強い輝きを発している。

 初めてだ。竜である自分が人間にここまで惹きつけられるのは。

 でも、と思う。不思議と悪い気分ではない。

 だから、

「私が君を助けよう。君の名前は何だ?」

 一瞬の間を置き、少年は答えた。

「俺の名は北条真人。アンタの名前は?」

 ふむと頷き、竜は一呼吸置いてから口にした。

「私の名はライナシア。煌輝竜ライナシアだ」


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