第3話②
「あー、腹立つっ!」
思わず声に出してしまった悪態に、下校途中の緑山生たちが一斉にこちらを向いた。ギロリと応酬すると、皆慌てて視線を逸らせた。そんなするなら、いちいち見るなっての。
せっかくの梅雨の晴れ間なのに、気持ちは晴れていなかった。というか、気持ちが晴れていたことなんてもう長いことない気がする。
でも、今日はとりわけムカムカしていた。それもこれも、あの男、柳瀬川真人とかいうエセ魔法使いのせいだ。……、そしてまさか柳瀬川みやびがあのエセ魔法使いの妹だったなんて……。
立てていた腹が、急に収まっていくのを感じた。そしてゼロを通り越してどんどん気が沈んでいく。
「はぁ……」
足元の小石を蹴飛ばそうとしたら、空振りした。
「くっそぉ……」
地団太を踏みたい気持ちを抑え、俯きながら歩く。そして、目的の場所へ。
スーパーサイトー。県内最大のスーパーチェーン。今日は卵の特売日なのだ。昨日柳瀬川古書店で言った「用事」とはこのこと。今日を逃すと一パック五十八円が次にいつ来るのか定かではない。
「はぁ」
黄色い買い物かごを手にしても、出るのはため息ばかりだった。もやもやもやもや。いつもなら割引商品を前にしたら多少はウキウキしてくるのに。
五時からの卵の特売タイムセールの列に並ぶ。まわりはおばちゃんだらけだが、三か月も共に戦っていればもう勝手知ったる仲。お互いの名前は知らずとも、アイコンタクトで各々のスペースを確保する。……、嫌なスキルだな、これ。とても十五歳の女子高生が獲得すべき能力とは思えない。
そうこうしているうちにタイムセールが始まり、私は無事ふたパック確保。これでしばらくは食卓とお弁当が卵祭りになる。まぁ、卵料理は好きだからいいんだけど。
さて、あとは何を買うんだっけ、と視線を野菜コーナーに移した時だった。
「あ」
やっぱりいた。どうせいると思ってあんまりスーパーサイトーに来たくはなかったのだが、卵のためには来ざるを得なかったのだ。
「あ」
こちらが逃走姿勢に入る前に、大根を手にした制服姿の彼女が私に気付いてしまった。……、今までは一度だって気付くこともなかったのに。
「みみ子」
顔に浮かぶ、微妙な表情。分かってる。私の扱いに困ってるってことぐらい。
「あんた、こんなとこで何してんの」
無視して逃げるのもなんなので、とりあえず応じる。
「え、その、晩ご飯の買い物だけど……」
そりゃそうだ。それ以外にこんな時間にスーパーに来る人はなかなかいない。
「みみ子こそ、どうしたの?」
「私も買い出しよ。見ればわかるでしょ」
戦利品の入った買い物かごを見せる。
「あんた、何してんの。もう卵売り切れちゃったよ」
「え? 卵がどうかしたの?」
「はぁ?」
思わず顔が歪む。
「何あんた、今日が卵の特売日だって知らないでサイトーに来たの? 馬鹿じゃないの?」
「えっと、あの、そ、そうなんだ……」
だと思った。柳瀬川みやびはいつもこうだ。遠くから眺めていても、特売とかそう言ったものに特に気を配らずに買い物をしている。本当にこいつは一家の財布を預かる者としての自覚があるのか?
「で、あんた、今日卵買うつもりあんの?」
「う、うん、そのつもりだったけど……」
「しょうがないな……」
お一人様ふたパック限定十個入り五十八円のうちの一つを柳瀬川みやびの買い物かごに入れる。
「ひとパックあげる。いつもの三分の一の値段なんだから、感謝してよね」
そう言って、私は頭半分背の高い柳瀬川みやびを睨み上げる。一個一個のパーツは特別綺麗とか可愛いとかそういうわけではないけれど、それぞれがバランス良く並んでいて、全体としては猫のような捉え所の無い、それでいて人を惹きつけるような雰囲気を漂わせた一個上の先輩。
私の行動にポカンとする柳瀬川みやびと見つめ合う私。先に視線を逸らしたのは私の方だった。
「あんたも、家計を預かる身なんだったらもっと考えて買い物したら?」
語尾を強めて、照れを隠す。
「あ、う、うん。ありがとう……」
買い物かごの中の卵と私の顔を何往復かして、そしてふと一瞬考え込むような顔になった柳瀬川みやび。嫌な予感がする。
「あのさ、みみ子」
「嫌だ」
「せめて最後まで聞いてよ」
「嫌だ」
「みみ子、一人暮しなんだよね?」
「おい、私の声が聞こえないのか」
「良かったら」
「あーあーあー!」
「ちょっとお邪魔させてもらえない?」
私も拒否して逃げればいいものを……。柳瀬川みやび相手だと、どうしても……、どうしても調子が狂うんだ。
なぜか柳瀬川家の買い物も手伝った上で、スーパーサイトーを後にする。店を出てすぐ柳瀬川みやびはどこかしらへ電話をしていた。ごめん、晩ご飯はコンビニでなんか買って、とか言っていたので、相手は恐らくあのにっくき柳瀬川真人だろう。ていうか、コンビニなんかで買わすな。何かあった時のために冷蔵庫に作り置きぐらいしておけ。
スーパーサイトーから私のアパートまでは徒歩十分ほど。その間、柳瀬川みやびは何かと私に話しかけてきた。
基本、私は無視。川の向こうに見える真っ赤な夕日を眺めたり足もとの小石を蹴ろうとして空振りしそうになったりしていた。そんなとき。
「みみ子って、いつもスーパーサイトーで買い物してるの?」
柳瀬川みやびからしたら何気ない質問の一つだろう。その何気なさが、私にとっては逆に、辛い。怒ったふりをしようかと思ったけれど、それも馬鹿らしくてやめた。でも、気付いたら、返事をしていた。
「そうだけど」
「私もいつもあそこ使ってるんだよね。でも、全然気付かなかったなー」
「ま、私、小さいから」
吐き捨てるように言う。
「えっと……」
困ったように口ごもる柳瀬川みやび。そして。
「それ、ジョーク?」
回し蹴りをかましてやろうと思ったけど、やめた。両手が買い物袋で塞がってたし。
そうこうしているうちに、アパートに到着。
「ここ……?」
不安そうな顔をして見上げる柳瀬川みやび。
「ほら、急いで。私みたいなのが住んでるって、あんまり人に知られたくないんだから」
世間は物騒だし。こんなぼろアパートに女子高生の一人暮らしなんて、犯罪に巻き込んでくださいと言っているようなものだ。……、一人暮らしをせざるを得ないからしょうがないんだけど。
「へー、片付いてるね」
二階の端の三号室。入るなり、柳瀬川みやびは言った。
「当たり前でしょ。汚い部屋だったら色んなことの効率が下がっちゃうじゃない」
「そのセリフ、真人にも言ってほしいなー」
「……、あいつの話するんだったら追い出すよ?」
「すいません」
柳瀬川みやびは私の顔を見た瞬間縮こまった。……、そんなに怖かったか?
さて。
私は急いで食料を冷蔵庫に突っ込み、さっさと炊飯器のセットだけして、奥の六畳間でテーブルの横にちょこんと座る柳瀬川みやびの元へと行った。
「はい、紅茶。安物だけど」
「ありがとう」
無駄遣いとは分かっているけれどついつい買ってしまうティーパックの紅茶を渡す。たまの贅沢。花の女子高生の贅沢が安物の紅茶いっぱいだなんて、笑っちゃうけれど。テーブルを挟んで向かいに座り、私も紅茶を頂く。
「はぁ」
息が漏れる。今日も疲れた。晩ご飯も作っていないし宿題もやっていないから一日が終わったわけじゃないけれど。それに今日は、なぜか柳瀬川みやびまでいるし。なんでこんなことに。
視線だけで柳瀬川みやびを見る。と、あちらもこちらを見ていたようでばっちり目があった。慌てて逸らしても、遅かった。
「あのさ、みみ子」
「何」
さすがに六畳間に二人きりでいて無視をするほど私も度胸は座っていない。カップを置いて真っ直ぐに柳瀬川みやびを見ると、どうやら露骨に表に現れていた戸惑いはどんどん薄れていったようだ。流石と言うかなんと言うか。ずけずけ人のプライバシーに侵入してくる感じ、私には絶対真似できない。真似したいとも思わない。
そんな土足侵入の柳瀬川みやびは鍵をかけた私の部屋の扉までこじ開けようとし始めた。
「みみ子の話、聞きたいな」
「は?」
「みみ子がどんな子で、どういうこと考えてるのか教えてほしいな」
「あんた、馬鹿?」
「え、なんで? まぁ確かに学校の成績はそんなに良くないけど……」
「じゃなくて」
イライラしてきた。思わず声を荒げる。
「昨日今日で始めて話したような相手に、私が自分のこと話すと思ってるの?」
「うん」
柳瀬川みやびは微笑む。
「だって、みみ子は私を部屋に上げてくれたもん。勝手ながら、私は信頼の証と受け取ったよ」
ほんとに勝手だ。勝手すぎて、呆れた。呆れて笑えてきた。
「あ、笑った」
柳瀬川みやびが言う。
「笑ってないし」
「じゃあその顔は?」
「究極に腹が立つと、笑えてくるの」
「え、そうなの……、って、やっぱり笑ってるじゃん」
「あ」
本当になんなんだ、この人は。
自分勝手な猫みたいなこの先輩は、私の心の鍵を、私ですら開け方が分からないものを、もしかしたら、ぶっ壊すためにやってきてくれたのかもしれない。
「別に話すことなんて特にないけど」
制服のままエプロンをつけて台所に立つ。私はなぜか二人分の晩ご飯を作ることになり、その原因となった招かれざる客は私の後ろをちょろちょろしている。台所狭いんだから、奥でじっとしていてほしいのだけれども。
「おー、みみ子、包丁使い上手―い」
肩越しに手元を覗き込んできた。
「別に。普通だし」
「私、かれこれ一年以上台所に立ってるけど一向に上手くならないんだよね」
「本気で家事に取り組もうと思ってないからなんじゃないの」
さりげなく核心を突いてみる。
「え、どういうこと?」
「そのまんまの意味」
スーパーで値段も気にせず買い物をするような奴は、きっと家でも大した家事はできない。私の持論。
「うーん」
私の背後で腕を組みながら首を捻る柳瀬川みやび。すぐに答えを訊こうとしないあたりは評価してやろう。
そんな感じで柳瀬川みやびに茶々を入れられつつ晩ご飯完成。
「おー」
いつの間にか奥の和室のテーブルの傍にちょこんと座っていた柳瀬川みやびに届ける。メニューは特売の卵と余っていた鳥肉で作った親子丼と味噌汁。味噌汁の具はちょっとだけ余ってた野菜と台所で育てているネギ。
「どうぞ」
そっけなく言ったけれど、やはり柳瀬川みやびの反応は気になる。だって、人のために料理するの久しぶりだし。施設にいた頃以来だから、かれこれ三カ月ぶりくらいか。
「すごいね、みみ子。私、親子丼の素でもないと親子丼なんて作れない」
「簡単だし、こんなの」
ちょっとだけ強がってみる。
「いやいや、凄いよみみ子。私も見習わないとな」
自分に言い聞かせるようにうんうん頷いていた柳瀬川みやびは、箸を手に取り、行儀よく手を合わせてから言った。
「いただきます」
「いただきます」
釣られて私も言う。そういえば、いただきますを言うのも久しぶりだ。
「おいしー」
振れ幅は大きくないけれど、いろいろな表情を見せてくれる柳瀬川みやびを眺めながらとる晩ご飯は、……、思っていたよりも楽しかった。だから、つい興が乗ったというかなんというか、ついつい口が開いてしまった。
「ねぇ、私の話が聞きたいって言ったよね」
「うん」
柳瀬川みやびは味噌汁のお椀を置いて応えた。
「なんで?」
「なんで、かぁ……」
箸を置き、腕を組む。おい、理由も無しに人のプライバシーを覗こうとしていたのか。
「いいじゃん、理由なんて」
そして開き直った。
「ほらほら、せっかく話す気になったんなら、話してよ」
「……」
目を細めて目の前にいる得体の知れない人物を睨む。私の乏しい人付き合い経験の中には存在しなかった種類の人間だということが改めて分かった。
「ま、別にいいけど……」
親子丼を一口食べる。
「じゃあ、あんたもちゃんと自分のこと話してよ。それなら話す」
「りょーかいしましたー」
そう言って表情を変えずに敬礼をする柳瀬川みやびに、私は思わず吹き出してしまった。
「別に私の話なんて聞いても楽しくないと思うけど」
食器類を流しに置いて、食後のお茶の時間。小さなテーブルを挟んで座る私と柳瀬川みやび。
「小さい頃に両親を亡くしてその後はずっと施設暮らし。親しい親戚もいないし、いわゆる天涯孤独の身。父親の顔は覚えてすらいないし」
一般的に見れば辛い境遇かもしれないけれど、施設にはこんな子はざらにいたし、自分のことがとりわけ不幸な人間だなんて思ってはいない。
「今は施設を出て、奨学金貰いながら絶賛一人暮らし中。以上」
自己紹介、終わり。まぁ、こんなので柳瀬川みやびが許してくれるとはもちろん思っていないけれど。
「じゃあ、質問行きまーす」
やっぱり。
「一つ目。なんでみみ子は緑山女子に入学したの?」
「近かったから」
これは嘘じゃない。生まれも育ちも緑山だし、施設は町の反対側だから少し遠いけれど、一人暮らしをすることにしていたから問題もなかった。
「それだけ?」
「……」
「それだけ?」
「……」
しつこい。
「……、緑山が好きだから。別に私の頭ならここを離れて公立の進学校とか東京の私立とかでも余裕だったけど、どうしても緑山にいたかった。それだけ」
言わせんな、恥ずかしい。
「ふむふむ。じゃあ二つ目」
まだ来るのか。
「なんでそんなにいつも他人を威嚇してるの?」
「威嚇って。別にそんなことしてるつもりはないけど。ただ、こっちが付き合う気もないのに相手が近付いてきたら腹立つでしょ。その気持ちを隠してないだけ。友達付き合いなんかして勉強の時間取れなくなって特待生じゃなくなったり奨学金貰えなくなるのは死活問題なの」
「でも私とはこうして喋れるようになったじゃん。ついさっきまでは明らかに威嚇されてたけど」
「あんたはと……、しつこいから。追い払うのも面倒だし」
「それはそれは。光栄です」
やっぱり調子が狂う。つい本音を言ってしまいそうになる。まるで、そう、魔法を使われているみたいに。まさか、まさかね。魔法使いなんて、お母様以外にいるわけないんだから……。
「はい、じゃあ最後の質問。関連してるから二つまとめて」
漸くラストか。
「お母様って、何者? なんで真人のことをそんなに敵視してるの?」
訊かれると思った。訊かれると思っていたから、答えも用意していた。
「お母様は緑山の魔法使い。本物の魔法使いだった。私以外に証人はいないけれど、本当に本物だった。柳瀬川真人は突然この町にやってきて魔法使いを騙る偽魔法使い。だから嫌い。終わり。これ以上訊いたところで何も出てこないから」
「そう、ありがとう」
表情を変えずにそう応えた柳瀬川みやび。
そのあと何を話したかはあまり覚えていないけれど、気が付いた時には柳瀬川みやびは帰宅していて、時計の針も九時を回っていた。
「……、シャワー浴びて宿題しなきゃ」
私の話を聞いて馬鹿にしたり戸惑ったりしなかったの、あの子以来だな……。
そんなことを考えながら、私は着替えとバスタオルを手に取りお風呂場へ向かった。
*
「ただいまー」
九時を回って、みやびが帰ってきた。
「おかえり」
買い物袋を提げて二階に上がってくる。
「遅かったな」
「話が盛り上がっちゃって」
「みみ子ちゃんと?」
「そうそう。スーパーでばったり会って、このまま勢いで突っ込んじゃえ! って思ったら部屋にまで上げてくれた」
「昨日も感じたけれど、お前、みみ子ちゃんから好かれているよな」
「そうかなー。好かれてるというわけではないと思うけど、でも他の人よりは嫌われてないって程度だと思うよ。少なくとも、真人よりは好かれてるのは確実だけど」
「それは俺も認める」
よっこらしょ、と見かけの歳に似合わない声を出して、みやびはちゃぶ台を挟んで俺の向かいに座った。
「お茶ちょうだい」
「自分で淹れろよ」
と言いながらも腰を上げて台所に向かう俺。一度座ったらなかなか立ち上がらないみやびは猫のくせにフットワークがあまり軽くない。
「ありがとー」
晴れてはいるが湿気が高く蒸し暑い夜。窓を開けていても全然涼しくはない。そんな部屋の中で熱い緑茶を啜るみやび。猫舌とは一体。
「真人、お茶淹れるの上手いよねー」
「そりゃどうも」
半分ほど飲み終わってから、おもむろにみやびが口を開いた。
「あのさ」
そこから、みやびは今日一日の出来事を話してくれた。みやびなりにみみ子のことをいろいろと調べてくれたようだ。
「まぁ、収穫は、みみ子とちょっと仲良くなったかもしれないってことぐらいだけど」
「なるほどな。お疲れ様」
「ほんとお疲れだよー」
そう言って大きく伸びをするみやび。
「じゃお風呂入ってくる」
「はいよ」
緩慢な動作で立ち上がり、のろのろと部屋に戻っていく。その後ろ姿が見えなくなってから、俺は一人ごちた。
「みやびはまだ、何も気付いていないみたいだな」
当たり前だ。こんなノーヒントで気付くわけがない。だが、どうやら登場人物は出そろったようだ。
「あとは、先生の宿題が何かを探らなければいけないわけだが……」
それは、みやびの仕事だろう。みやびがみみ子と触れ合う中で、きっと自然と分かることだろう。もしくは、分かる前に解決してしまうかもしれないが。
「さて、今回は俺の仕事はあるのかどうか」
遠き日々の記憶に思いを馳せながら、俺はすっかり冷めてしまった自分のお茶を口にした。
*
この日が来るのをどれだけ待っていたか。
香織さんが亡くなってからもう十年以上の月日が流れてしまった。
彼女は本当に、最後の最後まで掴み所のない人だった。一番身近にいた私がそう思っているのだから、私以外の人にとってはどう映っていたのだろうか。あの優秀な真人君ですら、香織さんの前ではいつも苦笑いを浮かべていたくらいだった。
でも、潮見さん、いや、みみ子ちゃんへの愛情だけは、誰も疑いを入れる余地がないくらい本物だった。
自らの寿命が尽きようとしていることを悟った香織さんは、ほぼ全ての力を捨てて、最後の最後、ある男性と恋に落ち、そしてみみ子ちゃんが生まれた。
しかし運命というものは残酷なもので、みみ子ちゃんの成長を見守るはずだった香織さんの旦那さん、みみ子ちゃんのお父様は夭逝されてしまった。
程無くして香織さんが亡くなる直前、みみ子ちゃんのことを託されたのが私だった。ただし、正体をばらしてはいけない、深く関わってはいけない。そう強く強く念を押されて。
そして、香織さんが使った最後の魔法。それがどういう魔法で、どういう意味を持っているのかは、まだ私には分からない。本当に、最後の最後まで掴み所のない方だった。ただ、彼女のみみ子ちゃんへの愛情を考えると、間違いなくみみ子ちゃんのためを思っての魔法なのだろう。
そんな、かれこれ十年ほど止まっていた時計が、ようやく動き始めた。
真人君が、帰ってきたから。
みやびちゃんを連れて、帰ってきたから。
そろそろ、全てが分かるのかもしれない。
そう思うと、私は居ても立っても居られなくなる。
久しぶりに、高く高く空を飛びたくなってくるのだ。