第一話
今日は森の少し奥に薬草採りに行った。
私の可愛い許婚が一緒に行きたいとつい最近までは言ってきてたのだが、最近はあまり言わなくなった。村の出口までついてきてすこし嬉しそうに行ってらっしゃいと一言。
うん、実に可愛い。でもすぐに村の奥に行ってしまった。最近は見えなくなるまで見送ってくれない、昔は説得するまで戻ってくれなかったのに。
少しの間私はそのことについて考えながら歩いていたが、夜になると森は魔素が多く、魔物に遭遇する危険が高まってしまうので私は考えるのをやめ少し速く歩いて目的の森を目指した。
薬草採りに集中して何時間かたったころ、ふと空をみたら、空の色が赤になっていて後数時間したら夜になると教えてくれていた。
最近森に多く魔素が溜まっているとのことなので、いつもより早めに切り上げようと準備をしていたところ、グルルゥゥと人では出せないようなうめき声が聞こえ、少し耳を澄ます。
私の知識ではこんな声出せるのは獣人、もしくは・・・・ウルフだけだ。
獣人がこのような場所にいるはずがないので、十中八九ウルフだろう。そう私は考えすばやくハント用のナイフを取り出し声の主の方向を向く。
ばかな、ありえない。私が振り向き声の主の方向を向くとそこにはブラッドウルフの姿が....。
なぜだ、なぜだ、と私は頭の中で何度も繰り返す。そんなことをするくらいにありえないことなのだ。
このようなところに魔獣がいるなど本当にありえないのだ。
私は近くにあった薬草を入れていた籠とナイフをブラッドウルフに投げつけ、一目散に駆け出す。そんなことが意味のないことだという事はもちろん分かっているのだが、兎に角走る。
方向等はまったく気にせず神にでもすがる思いで走った。
どれぐらい走ったのだろう。実際にはそれ程走ってはいないのだが森の湿った腐葉土等で余計に体力を使い、私の体力はもう限界に近かった。
もう無理だ、そう思った時世界が暗転し一瞬視界が真っ白になる。私はそれを、助かった、何かが起きて魔獣がいなくなったのだとおもった。
しかし現実は違う、世界が暗転したのは木の根に足を引っ掛け転んだためであり、視界が真っ白になったのは他の木の根に顎を強く打ち付けたためである。
起き上がろうと、腕に力を入れ四つん這いになって顔を上げたそこには、ブラッドウルフの群がいた。真ん中にはリーダー格のブラッドウルフオルタがいる。
呆然としていた私はブラッドウルフオルタの大きな咆哮に気を取り戻したが、もう遅かった。
ブラッドウルフオルタの鋭い牙が私の喉を裂いていく。これは死んだなと思いながら過去の出来事が頭にふつふつとうかんでくる。
許婚のマリアと遊んだ日々、楽しかったあの日々、それがもう二度とこないと思うと死が恐ろしくなっていく。それにマリアを悲しませたくないと。
そうマリアのことを思っていたとき、いつもマリアの近くにいるホウガンという男を思い出した。
マリアとの記憶が新しいものになっていく度、その男が頻繁に出てくるようになる。
思い出せば今朝マリアが村の見送りの後言った方向があの男の家だった気がする。
もしや、不倫なのか。
そう思うと色々な感情が吹き出てくる。
そのことを確かめなければ、私はまだ死ねんと。
死にたくない、死にたくない。私はその思いを強く抱き、私の世界は暗幕した。