無実
「――だから、犯人は俺じゃねえって!」
若い警察官は、それはもううんざりとしていた。ペン先のインク溜まりで調書が滲んでしまっているが、最早そんなことはどうでもよかった。というのも、取り調べが始まってから数時間が経とうというのに、目の前の少年の供述が一言一句変わらないからである。
いや、もっと正確に言えば――
「証拠は出揃ってんだ。お前以外に誰がいる」
証言、物証、音声、映像に至るまで、あらゆる証拠が集まっているのにも関わらず、少年が否定し続けているのである。
ベテランの先輩が、手を変え品を変え少年から自供を引き出そうとしているが、結果は見ての通りだ。
「だから、犯人は俺じゃねえって」
「なら、そうだということを証明してみせろ」
「……」
頑なに否定する割には、何も話さない少年に先輩もため息をつく。もう何度目かも分からないが。
「……俺らもな、別に暇ってわけじゃねえんだ。お前がいくら否定しようが、証拠がある以上はどうせ有罪になる。素直に吐いてくれれば、お互いに早く帰れて楽だろう?それとも、明日も明後日も同じことを続ける気か?」
「…………」
「……ここだけの話だが、吐いてさえくれれば深く反省しているってことで幾らか減刑してやることもできる。お前の場合、幸いにも被害者は死んでねえから数年程度で出られるだろうな。どうだ?」
「…………だから、犯人は俺じゃねえって」
そうして、再び沈黙に包まれる取り調べ室。
ふと時計に目を向ければ、まだ予定していた時間の半分も経っていなかった。……一体、何が少年をそうさせるのだろうか。
若い警察官が心底疑問に思っていると、無音だった小さな部屋にPrrrrとコール音が鳴った。
「悪い。少し任せた」
「はい」
先輩が部屋から出て、少年と二人っきりになる。
ちょうどいい機会だと、若い警察官は少年に聞いてみることにした。
「なあ。先輩はああ言っているが、別に嘘ってわけでもないぜ?お互いに早く帰れるし、お前は罪が軽くなる。ずっと黙っていてもお前にメリットなんてなくねえか?」
「……」
「まあ、気持ちは分からなくもないけどよ。変に喋ったら、不利なこと書かれるかもって気にしてんだろ?でも黙秘ってのは、こっちに証拠がなくて初めて機能するもんだ。証拠がもう揃ってる以上は、自白しようがしまいが何も変わんねえって。むしろ得じゃねえか?」
「だから、犯人は俺じゃねえって」
「またそれかよ……」
そこまで言うってことは、こいつは本当に犯人ではない……?いや、しかし証拠がある。どれだけ粘ろうが、何も変わらないはずだが……こいつは、一体何を狙っている?
若い警察官がしばらく思考に耽っていると、取り調べ室の扉が開いた。
「悪い、遅くなった」
「いえ」
そうして、また長い取り調べが始まる――と、思いきや、先輩が妙なことを口にした。
「犯人が見つかったようです。すみませんでした」
――は?
「だから、言っただろうが!犯人は俺じゃないってよ!」
「そのようですね。釈放となりますので、退出頂いて構いません」
「ちょ、ちょっと先輩!いいんすか、出しちゃって」
「犯人が見つかったからな」
「見つかったって、証拠が――」
「まあ、それはまた後だ。ひとまず、表までお送り致します」
「当然だな!犯人は俺じゃないからな!」
最後まで、同じような供述、もとい発言を続ける少年を連れ、先輩は部屋を出るのであった。
数日後。
結局、あの日はそのままお開きとなり、何も聞けなかった若い警察官は、休憩中だった先輩に話しかけた。
「結局、あいつは犯人じゃなかったんですか?」
「ああ、あいつが犯人だろうな」
「……?でも先輩、犯人が見つかったって」
若い警察官の素朴な疑問に対し、「簡単な話だ」と先輩が続けた。
「あいつは署長の息子だからな」




