第5話 本当のこと(下)
悪の組織『ノクターン』 ――首領『ディソルテ』率いる悪の魔法少女と、それに付き従う戦闘員『プレーヤー』から構成されるその組織は、魔法少女と敵対し、日夜激しい戦いを繰り広げていた。
「ノクターン」は、人の心に潜む悪意――『ノイズ』を糧に、様々な怪人を召喚する。そして、その「ノイズ」は悪の魔法少女の力の源でもある。
「ノクターン」に所属する悪の魔法少女は4人。首領「ディソルテ」、副官「キャコフォル」、幹部「カノン」、そして……幹部「ディスペアル」。
「嘘……睦月ちゃんが『マジカサウンド』……?」
だからこそ、ルカはこれまでに経験したことのない程のショックを受けた。今まで幹部「ディスペアル」として冷徹に振る舞い、友情を幻想だと吐き捨てた筈の自分を、睦月は底抜けの明るい笑顔でいとも簡単に絆してくれた。その睦月こそが、「ディスペアル」が最も妬み、そして最も羨んだ魔法少女「マジカサウンド」だったのだ。
『信じられない』 そう心の中で口にする暇も無く、ルカの視線は空中に浮かぶ睦月に吸い寄せられていた。腕を天に翳した睦月は、一字一句、一挙一動、寸分違わぬ動作で、初めて自らと対峙した時と同じ、不可視のシールドを展開した。
『これは……! 君の力か、恩に着るぞ睦月! 本艦は最大戦速で当海域を離脱する、総員何かに掴まってろ!!』
最大懸念事項だった防御力が、睦月によって補完されたことにより、耐え続けていたコールウェルが遂に反撃に出た。
速度を上げ続けるコールウェルは、敵艦隊の前方数百mの所で大きく転舵。満載排水量1万t近い船体が、30ノットの高速で航行したことにより引き起こされた波が、一気に敵艦を攫って行った。
「おいおいコールウェル! 殺戮は許可されないんじゃなかったのかぁ?!」
『これは殺戮じゃない、「ただ敵艦が偶然波に飲まれた」だけだ!!』
サミュエルは、コールウェルのその『言い訳』に苦笑した。コールウェルはその巨体を右往左往と自由自在に動かしながら、敵艦の合間を縫っていく。流石の敵も圧倒的な排水量差の前に、コールウェルに進路を譲るしかなかった。
◆◇◆◇
「くうぅ……数が多い……ッ!」
ただ、このままコールウェルが圧倒できるかと言われたら、それには少し疑問符が付いた。睦月の残りの魔力が、早くも半分を切っていたからだ。
普通、このテの防御魔法は少人数の味方に使うもので、こんな巨大な艦体をまるごと覆うことなど想定しておらず、このコールウェルを覆うシールドも無数の小型シールドを同時生成しただけの応急的なものだった。そのため、魔力の消費がかなり早く、睦月は段々と焦り始めていた。
その焦りが、この戦場では命取りになる。敵艦隊の影から躍り出たボートが、睦月の死角から睦月に向かって突っ込む。その船上には、火縄銃を手にした銃兵が3人、睦月を狙っていた。丁度そこにはシールドがなく、睦月への射線が通っていた。
――しかし、そこに一つの冷徹な声が響く
「沈め……シャドウバインド!」
突如として、黒い何かがボートを海へと引きずり込み、乗っていた銃兵が海に投げ出される。木がひしゃげるその音で、睦月は初めてボートの存在に気がついたようだった。
「えっ……」
「睦月ちゃん!」
睦月はそこで振り返り、目を見開く程に驚いた。そこにいたのは、紛れもない敵の幹部「ディスペアル」の姿があったからだ。睦月は即座に警戒するも、その「ディスペアル」の姿に、何かの面影を見た。
「え……ルカちゃん……? な……何でルカちゃんが『ディスペアル』……?」
「詳しい説明は後! 私が睦月ちゃんをサポートするから、今はここを突破することに集中して!」
ルカがシャドウバインドで敵の戦列艦をその場に縛り付ける。動けなくなった敵艦は、慣性とシャドウバインドに挟まれ、船体が激しい軋音を上げながらひしゃげ、中央からくの字に折れ曲がった。
睦月は混乱しつつも、敵からの攻撃を正確にシールドで弾く。コールウェルは防御力を頼りに、敵艦隊を中央から強引に突き破る。敵の主力である戦列艦は、荒ぶるコールウェルの進路上に入ろうとせず、砲撃もこの乱戦の中では同士討ちの危険があり、ただ北へと去るコールウェルを見送ることしかできなかった。
◆◇◆◇
コールウェルの前甲板に、睦月が降り立つ。そこにルカが続いて降りてきた。睦月は怖くてルカの顔をまともに見れず、ただ俯いているだけだった。
「……あの、ルカちゃん……」
「うん、言いたいことは分かっているよ ……私に幻滅したんでしょ?」
睦月はハッと顔を上げる。今にも泣きそうな顔のルカと目が合い、睦月は喉から声が出ずに黙りこくってしまった。
「ごめん、隠していてごめん 謝るから……謝るから! 嫌いにならないで……私を嫌わないで!」
ルカが懇願、懺悔、後悔、恐怖がごちゃまぜになった叫び声のような、心からの泣き声を上げる。甲板にへたり込んでしまったルカを、睦月はそっと抱きしめた。
「大丈夫、私は嫌いにならないから。私はルカちゃんのこと、大好きだよ」
「……本当に、嫌いになったりしない……?」
「うん、本当だよ。確かに私も、ルカちゃんがディスペアルだって知った時はびっくりしちゃったけど……ルカちゃんは私を守ってくれたでしょう? 私はルカちゃんを信じるよ」
そう言って、睦月はもう一度、強くルカを抱きしめた。ルカの目には涙が浮かび、今度は思いっきり泣いた。ルカは睦月と強く抱き合ったまま、安堵の表情を浮かべて、眠りに落ちていった。
◆◇◆◇
「……しかしな、ウォッカスキー。主催者も非道いことしやがると思わないか?」
「まあな。まさか『真実』を話さずに、『あくまでも賞金首を狩る為の一時的な協力関係』を結ばさせるとはな」
前甲板でルカが睦月に懺悔している頃、ウォッカスキーと龍東は、艦橋から双眼鏡を使い、未だ依然として水平線近くに見える敵艦隊を監視していた。
その艦隊は明らかに同士討ちを行っていて、ある艦は同じ艦の乗員同士ですら、早くも内乱によってバラバラに分断されていた。硝煙と砲声が艦隊を覆い隠し、稀に聞こえる悲鳴とも断裂音とも聞こえる音が、その悲惨さと異常性を一層と際立てていた。
賞金首を取り逃がした結果、艦隊は『安全な羊の群れ』から『飢えた狼の集団』に変わった。狼は互いにお互いの肉を喰い合い、生き残るのはボロボロになった一匹だけ。そこには黒曜石のような鋭い狂気しか存在しない。
「……こりゃあガキンチョ共にゃあ見せられねぇな」
「おいコールウェル、速力を上げろ。睦月とルカが見ちまう前に霧の中に突っ込むんだ」
『了解した、ウォッカスキー。 ……本艦は今から霧の中に突入する。そのため、甲板に出ている者は速やかに艦内に対比せよ。繰り返す、本艦は霧の中に突入す!』
霧へ近づけば近づくほど、あれほど吹雪と北風で荒れていた筈の海は、急速に、不気味なほどの静寂に包み込まれていった。コールウェルは、心の中に感じるそのザラザラした気色の悪い感覚を押し殺しながら、霧の中に姿を消した。




