第4話 本当のこと(上)
潮の匂いが混じった吹雪が、針路を変更しようと藻掻いているコールウェルの艦体へ吹き付ける。少しずつだが、確実にコールウェルは左に回頭している。しかし、その間にも敵との距離は刻一刻と縮まっていた。
双眼鏡を掴みながら、ウォッカスキーは敵の一挙一動に警戒していた。ふと、艦隊の戦闘を進む敵の戦列艦が、突然コールウェルに舷側を向けた。艦内から突き出された砲は、確実にコールウェルを捉えていた。
「……敵艦からの発砲炎を確認!」
『最大戦速! 面舵一杯!!』
コールウェルが大きく速力を上げながら大回頭する。砲声がコールウェルの頭上を通り過ぎ、後方に着弾した砲弾が、大きな水柱を無数に上げた。
それと同時に、食堂に居た7人が艦橋へと駆けつけた。
「クっ、コールウェル! 何故撃ち返さない!?」
龍東が外を睨みながら叫ぶ。コールウェルは忌々しそうに答えた。
『駄目だ、俺のプログラムは殺戮を許可してはくれない!』
その時、コールウェルが大きく揺れた。艦体のすぐ横に、敵の砲撃が着弾したのだ。艦橋の高さにまで上がった水柱は、砕けながらコールウェルの甲板に降り注ぎ、強い音を立てて叩きつけた。
「どうするコールウェル! このままじゃあ俺達全員死んじまうぞッ!!」
『……ああクソっ、最大戦速を維持! このまま敵艦隊の右側から抜けるぞ!』
コールウェルは滑るように敵艦隊の右側に向かう。だが、いくら速力差があるとしても、この数千の群を完全に突破するのは難しかった。突如、艦体がさっきの比じゃない程に揺れ、数人が吹き飛ばされそうになった。艦内の電灯が点滅し、金属の悲鳴が響き渡った。
「コ……コールウェルさん! どうしたの?!」
『甲板中央に命中弾あり! 搭載艇1隻とデコイ発射器2基が吹っ飛んだ!!』
モルガンが艦橋張り出しから艦体のダメージを確認する。煙突の横あたりから煙が上がり、命中部は黒い穴がポッカリと傷口を開いていた。オイルが焼ける匂いがするが、機関部に命中しなかったのは幸いだった。
しかし、敵の攻撃は段々と正確になってくる。現に、段々と遠弾が減り、夾叉か至近弾が増えている。このままでは、いずれ更なる命中弾が出てくるはずだ。
「クッ、我が帝国の魔導艦ならばあんな木っ端な船など、即座に蹴散らせるものを!」
アルブレヒトが苛立ちを隠せずに、尊大に言い放つ。
「おい! 俺が操作するから砲を向けろ! 敵のマストだけ叩き折ってやる!」
『無茶言うな! こんな揺れる中で手動操砲して敵を殺してみろ、それこそ俺の戦闘システムが凍結される恐れがあるんだぞ!』
サミュエルとコールウェルが激しく口論じみた言葉の押し合いを繰り広げる。
艦橋には段々と、混乱と苛立ちが募っていた。それもそうだ。攻撃できない軍艦など、ただの船と変わらない。そして、アーレイ・バーク級のような現代艦艇には装甲が施されていない。速力だけで敵の攻撃を避けている現状、もし機関部に一発でも喰らえば、防御力のないコールウェルはあっという間に海の藻屑に変わってしまう。
そうなれば、全員が死ぬ。
「……そんなのダメ 絶対にダメ!!」
「睦月ちゃん……」
ルカが俯く睦月の顔を覗き込む。だが、その顔には恐怖や絶望は一切なく、決意に満ちたような表情で睦月は顔を上げた。
けたたましい砲撃の音で包まれていたはずの艦橋が、ふと静まり返った気がした。
「私は……誰にも死んでほしくない!――ラジー、セットアップ!」
睦月がラジーを掲げて、そう高らかに宣言する。ラジーからピンク色の眩い光が溢れ出し、光が辺りを覆い隠した。一番近くにいたルカは、その光に思わず顔を背けた。
次にルカが目を開いたとき、そこには「学生服の睦月」の姿は無く、可憐で、幻想的な戦闘服を身に纏った睦月……『魔法少女マジカサウンド』の姿があった。
艦橋にいる全員の視線が、睦月へと釘付けになる。呆気にとられるルカに睦月は笑いながら振り返り、優しく、そして力強く告げた。
「えへへ……ごめんねルカちゃん、私の正体隠してて……。でも大丈夫、私が皆を守るから!」
それだけ言うと睦月は、目を見開き何かを口にしようとしたルカを背に、艦橋を蹴って空中へと飛び出した。
「響け、盾の音技芸!!」
空中で静止した睦月が、天に腕を振り上げる。音波で構築された不可視のバリアが、コールウェルを包み込むように展開された。
敵の砲撃はスコールのように、容赦なくコールウェルに降り注ぐ。しかし、その砲弾は空中で叩き落とされ、命中することなく海中に没する。
「おいおいマジかよ……こんなのアリかぁ?」
サミュエルは事態をうまく飲み込めず、困ったように頭を掻き上げ、その場でただ睦月を見つめていた。
「何と……まさか睦月殿は魔法騎士であったのか……!」
モルガンはその光景に見惚れ、ただ感嘆の溜息を漏らすだけだった。
そして、その中でも一番驚いていたのは、紛れもないルカだった。
「嘘……睦月ちゃんが『マジカサウンド』……?」
ルカの手は無意識に、自らの首筋に触れた。そこには、ルカの中のどす黒い心を表したような、痣のような紫の紋章が浮かび上がっていた。




