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第3話 束の間の一時

 バトルロワイアルが始まってから、最初の一晩が明けた。コールウェルの艦内では、既に目覚めた参加者が行動を開始していた。


 「ほらよっ一丁上がりッ!!」


 窓の外で吹雪が荒れ狂い、氷床を乗り越える際の揺れが艦を襲い、それとは似つかわしくない、暖かな日差しが差し込む食堂。その厨房でフライパンを振るっていたのは、真っ白なエプロンを付けたサミュエルだった。彼は慣れた手付きで、睦月とルカの分の朝食を作っていく。


「サミュエルさん、料理上手いですね!」


 睦月が美味しそうな匂いに目を輝かせながら、サミュエルの調理の様子を眺めていた。


「あたぼうよ! 俺はこれでも、コックから兵曹長へと成り上がったんだぜ?」


 サミュエルは得意げに、フライパンを大きく振るった。焼き上がったハンバーグを、皿へと滑るように移し替える。

 サミュエルが作った朝食は、雑穀ロールパン、スパムハンバーグ、根菜サラダ、余り野菜のコンソメスープに、睦月から聞いた日本の「おひたし」を付けたものだった。


「龍東も食べるか?」


「いや、俺はこれが落ち着くんだ。故郷の味さ」


 サミュエルが振り返り、同じく厨房で中華鍋を振るう龍東に声をかける。しかし、龍東はやんわりとそれを断り、自らの作る中華料理の味に思いを馳せていた。


「……龍東殿、私も相伴にあずからせて頂けないですか? 私はその真っ赤な料理に興味があります」


 カウンターから厨房を覗いていたモルガンは、龍東の作る「麻婆豆腐」に興味津々の様子だった。強い辛味と旨味が混在した匂いは、質素な食事をしてきたモルガンの興味を引くには十分すぎた。龍東は、無言で首を縦に振った。


 一方、同じ厨房に居るウォッカスキーは、龍東やサミュエルほど手の込んだ料理は作っていなかった。カットした黒パンに、サーモンフレーバーのクリームチーズを塗り、焼いたベーコンとそら豆を挟む。そのサンドイッチを、5つほど作り皿に載せ、セナの隣の席に着いた。


 セナの食事を見て、ウォッカスキーは少し考え、自分のサンドイッチを手に取った。


「……食え」


 ウォッカスキーは目を細め、自分のサンドイッチを一つ、セナに分け与えた。セナの手には、ブロック状の固形糧食が握られていたからだ。セナにとって、食事とは『楽しむ』ものではなく、『作業』でしかなかったのだ。

 だからこそ、ウォッカスキーからサンドイッチを差し出されたとき、セナは呆気にとられた。


「セナ! お前、食べざかりなんだから遠慮すんな! 俺のも分けてやるよ!」


 その様子を厨房から見ていたサミュエルが、スパムハンバーグとコンソメスープをセナに差し出した。セナは何も言わず、無表情のまま食事を続けるが、その雰囲気は、心なしか和らいでいるような気がした。



 睦月とルカが食後のお喋りに興じ、龍東とモルガンは中華の美味しさについて熱中しながら語り合う。どうやら、モルガンはこの辛さが気に入ったようだった。ウォッカスキーとセナは無言で食事をし、サミュエルがMRE(レーション)を食っていると、食堂の扉が開き、堂々とアルブレヒトが入ってきた。


「遅かったな、寝坊し過ぎだぜ?」


「いいや、我が国ではこれでも早起きだ」


 アルブレヒトはサミュエルの皮肉を一蹴し、食堂中央のテーブルに座った。サミュエルは苦笑しながらも、睦月たちと同じメニューに、龍東の麻婆豆腐を小皿によそい、アルブレヒトに運んできた。

 ただ、少しのイタズラ心で、MREのホットドッグ(犬の餌というのも憚られる味)をさり気なく、同じ皿に載せて出した。


 配膳を終えたサミュエルは、セナの方を振り返った。


「……なあセナ。お前、いつもこんな食事してんのか?」


 MREのゴミを片付けたサミュエルが、セナの向かい側の椅子に座った。セナは無言で、黙々と食事を続けていた。サミュエルは困った様子で頭を掻き、再度セナの目を見た。


「……なあ、セナ。俺の話聞いて……」


「……戦場では、いつもこうだった。豚の餌のほうが、まだマシだった……」


「あ?」


セナが顔を上げる。頬に涙が伝い、歯を食いしばるような表情をしていた。その表情が、彼が歩んできた人生の壮絶さを物語っていた。


「僕は……『少年兵』なんだ……ッ」


「……あー……そりゃ、悪かったな……」


 サミュエルが気まずく目を逸らす。いつの間にか食堂は静まり返り、全員がサミュエル、セナ、ウォッカスキーの座るテーブルに意識を向けていた。睦月は無意識に、ルカの袖を掴んでいた。人の痛みを間近で見てきた睦月にとって、セナの告白は『痛み』となって、睦月の心に突き刺さった。


 セナの横に座るウォッカスキーは、涙を流すセナに目を細め、それから一瞥して、一気にウォッカを仰いた。空になったウォッカボトルを、厨房のゴミ箱に投げ捨て、ウォッカスキーは千鳥足で食堂を出ていった。


「……ゴフッ?!」


「アルブレヒト殿!?」


 突然、静まり返る食堂にアルブレヒトの咽ぶ声が響いた。その手には、サミュエルがイタズラで付けた、MREホットドッグが握られていた。慌ててモルガンが、自分の水を差し出す。水を一気に飲み干したアルブレヒトは、立ち上がり、サミュエルの方に歩いていった。


「サミュエル……貴様……クッ……」


「いやいや、ちょっとしたイタズラでね……なっ?」


 慌てて弁明するサミュエルを、アルブレヒトは一瞥し、反対側のセナに向き合った。


「セナ 貴様に生きる理由はあるか?」


「え……ね、姉さんに会うことです……。姉は今、行方不明なんです……」


 セナはそこまで言うと、俯いてしまった。アルブレヒトは、サミュエルに向けていた表情とは反対の、慈悲の表情でセナを見た。アルブレヒトの手が、そっとセナの肩に置かれる。


「そうか……必ず会えるさ。この私、アルブレヒト皇帝がそう言ったのだから、絶対に間違いは無い。……サミュエル、今回の事はセナに免じて許してやる!」


 アルブレヒトはマントを翻し、食堂から出ていった。残されたサミュエルは少し気まずくなり、アルブレヒトが残していった食器をそそくさと片付ける。






「……貴様がそんな気遣いができるとは、心底予想外だったよ。少々、わざとらしいがな」


 食堂を出た廊下の壁に寄りかかっていたウォッカスキーが、アルブレヒトに声を投げ掛ける。アルブレヒトは立ち止まるが、振り返らずに、小声で呟いた。


「……セナを見ていると、昔の私を見ているようでな。私にも姉がいたんだ……」


「……へッ、どいつもこいつも暗い話ばかりだ……嫌になっちまう」


ウォッカスキーがもう一度、ウォッカボトルを仰る。アルブレヒトは何も言わぬまま、その場を立ち去ろうとした。



 突然、コールウェル艦体が大きく傾斜する。咄嗟にウォッカスキーは壁の手すりに、アルブレヒトはドアホイールに掴まった。


『ッ! 全員に告ぐ! 前方より数千隻規模の大艦隊を発見! 殆どが木造船だが、そのせいで発見が遅れた!』


 ウォッカスキーが、艦橋へと繋がるタラップを全力で駆け上がる。水平線の先、数千の色様々な軍旗が、強い吹雪に揺れている様子が、コールウェルの艦橋から確認できた。


それは、軍規に縛られた一つの『軍』ではなく、『願い』という共通の欲望の元に結集した、最も悍ましい『群れ』だった。

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