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第2話 とりあえず

 コールウェルに促され、全員が各々の近くの椅子に座る。艦橋が静寂と、波が洗う音に支配される。


『……では、説明させてもらおうか。このゲームの『真実』を……』


「真実? 何だそりゃあ?」


 サミュエルが首を傾げる。龍東は仏頂面のまま、少し眉をひそめた。


『このゲームの説明を聞いていた時、主催者はある一点を絶対に口に出さなかった。わかるか?』


「いや……なんの事だかさっぱり……」


『そうか……もし私がいなければ、君達は殺し合いへと発展していただろうな』


 声だけのコールウェルだが、その自信ありげな表情が、睦月の頭に浮かんだ。コールウェルは淡々と話を続ける。


『このゲームは殺し合わずとも『生き残ればいい』。主催者は意図的に、悪意を持ってここを説明しなかった』


「……よかったぁ……殺し合いなんてしなくていいんだ……」


 船の軋む音だけが包む静寂の中、最初に声を上げたのはグラスプだった。彼は内心、もし自分が生き残っても、他の参加者にやられるのではと、怯えていたのだ。


 しかし、それを目ざとい主催者が見逃す筈が無かった。コールウェル艦橋のメインモニターに、砂のようなノイズが走り、不快に表情を歪めた主催者が映し出された。

 主催者には、さっきまでの余裕は無く、ただゴミを見るような目で参加者を見つめていた。


『はあ〜……コールウェルくんは何でそんなことバラしちゃうのかなぁ? もしかして反抗期ってやつ? まあいいよ、殺し合わないなら強制的に退場してもらうから』


 それだけ吐き捨てて、主催者は画面から消えた。残ったのは、真っ黒な何も写っていないモニターだけだった。

 壁に取り付けられたコールウェルの警報装置が、赤い光を点滅させながら、けたたましい金属音を放つ。


「っ!? どうしたのコールウェルさん?!」


『艦内に侵入者だ! 主催者め……『他の参加者チーム』を寄越してきたぞ!』


 コールウェルが叫ぶように言う。その言葉に、参加者全員の表情が歪む。何とか避けられた筈の殺し合いが、向こうの方からやってきたのだ。


 セナが、近くの壁に備え付けてあった斧を手に取った。その瞬間、セナはさっきまでの怯えた表情から一変し、その瞳には狂気の炎を宿していた。


「……殺せばいいんだよね。そう、殺す……!」


「おい、どうしたボウズ……ボウズ?! どこ行くつもりだ!?」


 ウォッカスキーの静止も聞かず、セナは斧を手に、タラップを駆け下りていった。ウォッカスキーがそれに続き、龍東、サミュエル、アルブレヒトがそれに続いた。睦月とルカは、前後をモルガンとグラスプに守られて、その後を追いかけた。


 タラップを降りた先、少し広いラウンジにセナはいた。そこの前にある、下層へと続くタラップが開き、数人の参加者がなだれ込んできた。その中には、睦月の見覚えのあるような、少年が混じっていた。その雰囲気に、睦月は病室の親友を重ねてしまった――


 セナがその少年に狙いを定め、斧を振りかざす。睦月は自分でも何故か解らないが、叫び声を上げてしまった。


「だっ……だめッ!!」


「邪魔だ」


 セナが、一閃の元に少年を断ち切る。しかし、セナの手に伝わってきたのは、乾き気味の泥を切るような、なんとも不気味な手応えだった。転がった半身のその断面から覗いたのは、真っ赤な血ではなく、紫色の粘土のような肉と、鉄でできた支柱だった。


「……?! 睦月、これ、偽物だ。人間じゃない」


 ルカが冷ややかな目つきで、その残骸に視線を落とす。


自動人形(ホムンクルス)か?! ならば手加減は無用!!」


 前に躍り出たアルブレヒトが、両手に持つ細身の(サーブル)と短剣で、ホムンクルスを切り倒した。龍東もドス(短刀)で片っ端からホムンクルスを切りつけ、サミュエルがそれを後方から援護する。

 後ろから来ていたホムンクルスは、ウォッカスキーが、瓶を割った鋭利なガラスで抑えていた。


 手加減無用と知った参加者の前に、圧倒的な強さを持たないホムンクルスは無力だった。たった数分で、ラウンジは紫色の粘土と機械の欠片に覆われた。龍東とアルブレヒトは、服に付いた紫色の粘土を、歯牙にもかけない素振りで払い落とした。


 セナがその場に斧を落とす。その瞬間、さっきまで彼を駆り立てていた狂気は消え失せ、かわりに、また荒い呼吸が彼を支配し始めた。


 睦月は、少年型のホムンクルスの残骸の前で、泣きそうな表情で蹲ってしまった。偽物だと頭では解っていても、眼の前の残骸に親友の影を重ねてしまい、ただ蹲ることしかできなかった。


「……お嬢ちゃん それは偽物だ、人を殺したわけじゃない」


「……そうですよね。うん……そうですよね……」


 龍東の言葉に、睦月は自分を納得させた。睦月は立ち上がり、再びラジーを抱えた。そして心の中で、この地獄から生きて帰り、親友と必ず再会することを心に決めた。その瞳に、もはや迷いなど一片もなかった。


『……皆、よく聞いてくれ。今、主催者から最後通告が来た。どうやら我々は、賞金首にされたようだ。この艦の「座標」が、全ての参加者に公開された』


 コールウェルの重苦しい声が、壁のスピーカーと、ラジーを通じて伝わってくる。一同は苦々しく表情を歪めた。

 今回は『ホムンクルス』だったため大事は避けられたが、もし『本物』が来るとしたら……誰かが手を汚さねば、生き残るのは難しいかもしれない。


『本艦は、これより領域を離脱する。全員、揺れるから何かに掴まっていろ!』


 コールウェルが無線を通じて言う。船内に、LM2500ガスタービンエンジンの甲高い振動が響き始めて、次に、岸から離れた衝撃が、コールウェル艦体を大きく揺らした。


 岸から回頭したコールウェルは、20ノットの快速で、その場から離脱を始めた。行くアテは無いが、()()()()()()()()()()()()()()()以上、この場に留まるのは更に危険だと、コールウェルは判断した。




「……そういや俺達、互いに自己紹介してなかったな」


 静まり返ったラウンジの中央で、紫色の粘土を面白そうにこねていたサミュエルが、思い出したように言った。それぞれが顔を合わせて、そういえばそうだったことを思い出した。



 9人と1台は、ラウンジから食堂へと移動する。ラウンジから食堂への道中、壁際に設置された自販機の前で、サミュエルは喉の乾きを思い出し、コーラを1本買っていた。


 龍東が扉を開け、全員が食堂へと入る。大テーブルを囲うように座った参加者たちの、複雑な心境が入り乱れる静寂の中で、最初に口を開いたのは、やはりというべきか、睦月だった。


「私は藤村(ふじむら) 睦月(むつき)! こっちは相棒のラジーとルカちゃんだよ! よろしくね!」


雛島(ひなじま)ルカよ……よろしく」


「ジジッ……ジジジ……」


 次に立ち上がったのは、何か考えに浸っていた龍東だった。


「俺は龍東(ロン・ドン)だ。仲良くやるつもりは無いが、お互いうまくやろうや」


 銃を整備していたサミュエルが、龍東を睨みながら自己紹介を始めた。


「俺はサミュエル! 見ての通り海兵隊だが、気がついたらここにいた! よろしくなッ!!」


 龍東は苦い顔をして、モルガンに視線を送った。モルガンはアルブレヒトの腕を取り、一緒に立ち上がった。


「我はモルガン、聖ブリテン王国の宮廷魔術騎士だ。宜しく頼む」


「我が名はアルブレヒト! 聖アルブレア王朝第2代国王だ! 我が帝国はヘルゲン大陸に初めて入植した大国でもあり、それと同時に、旧諸国を征服した初めての――」


 止まらないアルブレヒトの自国語りは、サミュエルのコーラの飲音にかき消された。その様子に苦笑しながら、グラスプが立ち上がった。それに便乗して、セナも立つ。


「私はグラスプ、大学で物理学研究助手をしているんだ」


「……セナ。俺の名前は、セナ……」


 最後に、酔が覚めてきたウォッカスキーが、各人に細い視線を送りながら、立ち上がった。


「……最後に、俺はウォッカスキー。ただのしがない酒好きの一般人さ」


 ウォッカスキーはそれだけ言うと、またウォッカ瓶を仰り、部屋の端に背中を預けた。ものの数十秒で、酒臭い吐息は寝息へと変わった。

 ただ一人、サミュエルだけは、その()()()()に違和感を抱いていた。



 「ジジッ……ジジジジジジジジッ!!」


 「えっ?! ラジー、どうしたの!?」


 テーブルの上に立っていたラジーが、突然激しいノイズを響かせ始めた。全員の視線が、ラジーの方へと向く。


 「ジジッ……『目標︰アンロック……新たな目標が追加されました。目標︰北の果ての魔女。これに接触、又は勝利する事で、願いの優先権が得られます』……ジジッ……」


 ラジーは、コールウェルのものでも、主催者のものでもない、柔らかいノイズの声で、確かにそう言った。


「『北の果ての魔女』……? 何だ、そりゃ……うわっ?!」


『クッ! 強制的に進路を変更された、本艦はこれより北へと向かう!』


 コールウェルが大きく傾きながら回頭し、自身? 自艦? ……の意志とは違う、北の方角へと、黒い波を立てながら舵を切った。突然回頭した影響で、食堂の椅子が床を滑り、数人が投げ出された。


コールウェルの進路の先、そこは、星も無い夜の帳が支配する、波の音だけが寂しいほどに静かで、冷たい潮風が拭き晒す、北の海だった。

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