第1話 それぞれが願うこと
目覚めた時、睦月は真っ白な空間にいた。いや、正確に言うと、真っ白ではない。ただ、人間が知る色の名前に直すには、白としか言いようがない。そう、まるで真っ白な檻の中のようだ。
「ここは……」
「目覚めたか、小娘」
突然、睦月の頭上から声が掛けられた。思わず上を見上げた睦月は、その黒い服を着こなした男の、明らかに一般人ではない雰囲気に怯えてしまった。睦月は震え、ラジーを抱えたまま座り込んでしまった。
「そんな気張るな。俺達も、ここがどこか判らないんだ」
その男が、睦月に周囲を見回すよう促す。周辺には、それぞれバラバラな格好をした7名ほどの男女が居た。
突然、空中に光が走った。そこにいる全員の視線が、縫い付けられたように空中に向く。見上げる先に、巨大なホログラムの画面が浮かび上がった。
『――さあ、参加者の皆様はご注目〜! これより、世界の説明をはじめま〜す! バトルロワイアルを管理するのはこの私、主催者で〜す! よろしくね!』
そのホログラムに映ったのは、バニーガール姿の女性だった。主催者は異様なテンションで、ポカンと呆気にとられている参加者をよそ目に、嬉々とした表情で話を続ける。
『まず、世界の説明を致しましょう! ここは『ワールド』 様々な『願い』を持つ者だけが召喚される場所なんだよ〜! そして! ここからが重要!』
主催者はクルクルとペンを回しながら、得意げに、そして冷酷に宣言した。
『願いが叶うのは、最後まで生き残った者だけ! 今回は『特殊枠』もいらっしゃるようですけど……まあ、問題にはならないでしょう。では! 頑張って生き残ってくださいね〜!』
空中のホログラムが砂のように掠れ、そして震えて消えた。周囲を覆っていた白い壁が地面に沈み、突然の潮風と、土の匂いが参加者の鼻を突いた。そこは、何処かの海岸沿いの、青々とした広い草原だった。
「ふ……ふざけんな! 何だよここは!」
防弾チョッキを着込み、M4カービン銃を持った男――『サミュエル』が図太い声を荒げる。
「そうギャンギャン騒ぐな、もう俺たちゃ敵同士だぜ?」
黒い服に身を包み、サミュエルに鋭い視線を送る男――『龍東』が、地を這うような低い声で、冷静に、各参加者へと目を配る。
「ふん、下民共が。ここは王である私に勝利を譲るべきでは?」
貴族服に身を包んだ金髪の男――『アルブレヒト』が、キリリとした表情で尊大に宣言する。その宣言に短気なサミュエルは切れ、アルブレヒトに詰め寄って、火花を散らす口喧嘩を始めた。
「あわわ……ど、どうしようラジー?!」
「ザザザ……ザザッザザ……」
オロオロと慌てる睦月だが、その喧嘩に、二人の男が割って入った。
「駄目ですよ喧嘩なんて! ここは脱出する方法を考えないと!」
「そうだとも! それに、民を傷つけるなど王にあるまじき蛮行ですぞ!」
丸メガネをかけた白衣の男――『グラスプ』と、鈍色の鎧に身を包んだ華麗な男――『モルガン』が、サミュエルとアルブレヒトを諌める。二人はいがみ合い、そっぽを向いた。
とりあえず、いきなりの殺し合いは避けられただろう。睦月は周囲を見回して、ある一人の参加者に気がついた。
「……ねえ、あなた! 私は藤村 睦月、あなたの名前は?」
睦月は、外周から喧嘩を眺めていた少女に声を掛けた。
「……私?」
黒い長髪に、目の下のくま。不健康な見た目の少女――『雛島ルカ』は、突然睦月に声を掛けられた事に困惑している。
しかし、睦月は畳み掛けるように喋る。
「そう、あなた! ねえ、一緒にここから脱出する方法を探そうよ! 私も同年代の子が一緒だと、気が楽なんだけど……」
「え……あ……ま、まあいいよ。私はルカ、雛島ルカよ」
「ルカちゃんって言うんだ! そうそう、こっちは相棒のラジー!」
「ジジッ……ジジッジジ……」
笑みを湛えた睦月が、ラジーをルカに差し出す。睦月の屈託のない笑顔に、最初は構えていたルカも少しだけ、毒気を抜かれたようだった。ラジーを抱えたまま、ルカは少し口元を緩ませた。
その光景を、一人の男と少年が、少し離れた場所から眺めていた。
「……おいボウズ、大丈夫か?」
「はあっ……はあっ……はあっ……」
酒臭い、酒瓶を持っている大男――『ウォッカスキー』が、横でガタガタと、まるで極寒に震えるように、その青白い肌を引きつらせる小柄な少年……『セナ』に声をかける。セナは歯をカチカチと鳴らし、過呼吸に陥りそうな程、荒い呼吸を続けていた。
そこに突然、腹に響くような打音と共に、地面に鈍い衝撃が走った。各参加者は突然の事態に、警戒を強める。
「……何だ、あれは……!?」
最初に気がついたのは、目を見開いたグラスプだった。他の参加者の視線も、その一点に引き寄せられる。
視線の先、大きな岩場の向こうに、ねずみ色の鋼鉄の船がそびえ立っている。頭上には多くの機器やレーダーを冠し、艦橋前部に貼られた特徴的な八角形のレーダーは、まるで天から睨む目のようだった。
「アーレイ・バーク級……!? アメリカのミサイル駆逐艦が何でこんな所に?!」
サミュエルが驚愕の声を上げる。海兵隊の彼にとって、アーレイ・バーク級は海軍の『頼れる味方』だ。その味方が、バトルロワイアルに『敵』として参加しているとしたら……それはサミュエルにとって、考えたくない最悪のシナリオだ。
「嘘……あれも参加者なの?!」
睦月はさらなる巨大な暴力の出現に、恐怖であばら骨が浮くような、死に晒された時にだけ感じる、あの独特の感覚に陥った。
「素晴らしい……まるで我が帝国の、我が居城のようだ!」
一方、アルブレヒトはその巨大で、威圧感のある形状に、今は無き自らの城を想起し、陶酔していた。モルガンも警戒こそするものの、その洗練された形状に、我を忘れて見とれていた。
艦は、波に揺られて軋み、甲高い唸り声のような、叫びのような音を晒していた。それに共鳴するように、睦月の抱えるラジーが、ノイズを奏で始めた。
「ジャリ……ザザッ……キッ……」
「ラジー?! どうしたの!?」
睦月がラジーを大慌てで覗き込む。しかしラジーは、簡素な顔を歪ませもせずに、ただスピーカーから溢れ出る、掠れたノイズを唱えているだけだった。
そこに、少しの声が混じる。参加者全員の視線が、ラジーと、それを抱える睦月の一点へと集中していた。
『ザザッ……聞こえるか……聞こえるか ザッ……聞こえるな……』
「ッ?! あなたは誰、ラジーなの……?」
『俺は……『コールウェル』……アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、第152番艦 コールウェルだ……』
スピーカーから吐き出された、重く、でもどこか力強い電子の声は、そう自ら名乗り上げた。全員の視線が、艦の方へと向く。睦月は、八角形のレーダーからの、背筋を剃るような視線の感覚に体を震わせた。
「……コールウェルと言ったな、お前に聞きたいことがある。貴様は敵なのか?」
龍東が、ラジーの向こうのコールウェルに、喧嘩する野良犬のように低く、重い警戒した声で尋ねた。
「分からない……自分は海を漂っていて、気がついたらここにいただけだ。だが……主催者の言動から、少し面白い事実を見つけた。君達も、私の元へと来るがいい」
コールウェルが、少しの自信を孕んだ声で言う。突然、潮を吸って湿った砂が宙に巻き上がり、風を切る轟音だけが、視界を支配した。
風が収まり、目を開けた眼の前には、葉巻の先端を少し摘んで伸ばしたような、寸胴のヘリコプターが、浜辺にその身を降ろしていた。
アルブレヒトとモルガンは、見たことのない鉄の塊に、少し警戒色を示していた。
「SH-60B……いや、MH-60Sか? これに乗れってことか」
サミュエルが興味深そうに、眼の前のMH-60Sを観察する。海兵隊の彼にとって、一番身近な機体はMV-22だったので、海軍のSH-60系統の機体は、中々見たことが無かった。
『それは私の意識……意識か? ……意識か。とリンクしていて、無人で操縦ができる。まあ、墜としはしないから、安心して乗ってくれ』
「つまり、化け物の腹の中にご招待って訳か。俺ぁ気に入らねぇな」
龍東がそう言った途端、破裂音と共に、少し沖合の海に巨大な水柱が立った。睦月が振り向くと、コールウェルの127mm主砲が、硝煙を燻らせながら、こちらを無機質なセンサーの目で見つめていた。
『無理矢理にでも、私の中へと来てもらわなければならない。そう、武力行使を行ってもだ』
「……はあ、わかったよ。乗りゃあいいんだろ乗りゃあ」
龍東が、先に乗り込んでいたサミュエルに引き上げられて、MH-60Sの狭い機内へと入る。他の参加者もそれに続き、恐る恐る機内へと足を踏み入れる。
最後に、睦月とルカをモルガンが引き上げた途端、機体側面のハッチが音も立てずに閉まった。
機体は再び、ガスタービンエンジン特有の甲高い風切り音を放ちながら、空中へと浮かび上がった。アルブレヒトは窓の外の光景を見て、少し興奮気味になっていた。
砂浜を飛び立ったMH-60Sは、海岸沿いを少し回り、コールウェルの狭い甲板へと降り立った。機体側面の扉がまた、音も無く開いた。参加者は強風に晒されながら、コールウェルのヘリ甲板に足を付けた。
「……で、ここからどうすればいい?」
『とりあえず、艦橋へと来てくれ。そこが私の『脳』だ』
「俺が誘導しよう。任務で一度、同型艦に乗ったことがある」
サミュエルはそう言って、ヘリ格納庫の中の壁際にある、重い鉄扉のホイールを回し、中へと参加者を手招く。龍東は腹をくくったように扉をくぐり、グラスプとセナはそれに付いていき、睦月とルカがそれに続き、アルブレヒトとモルガンが物珍しそうに各所を凝視しながら、ウォッカスキーが最後に、ホイールを回して扉を閉めた。
壁床天井、各所に配線配管が巡らされた狭い艦内を歩き、鉄製のタラップを上がった先に、最新の電子機器が寄り添い合う、広い艦橋へと出た。
『よく来てくれた。まあ、そのあたりに座ってくれ』
艦橋中央に座するモニターが、ラジーを通して語っていた時より鮮明に、電子の声を上げた。




