9 居酒屋店主と怪異
お、今日もよろしく。開店準備するから、机拭いといてくれ。机拭き終わったら、今度は床も少し掃いておいてくれ。そしたら卓上の物で足らないものがあったら補充しておいて。あ、あと、出勤のタイムカード押しといてな。この間、退勤するとき木下くん、忘れてたよ。大体の時間で退勤時間書いておいたけど、あとで確認してな。
…お、掃除も補充も終わった?そうか。ありがとう。ちょっと休憩しようか。開店まであと一時間あるしな。そういえば木下くんは大学生なんだっけ?もうお酒飲めるの?うん。飲めるのかーそしたら、友達連れてきてうちで飲んでよ。ちょっとはサービスする、かもしれないし。
あのコンビニ?ああ、あそこね。へーそこで友達バイトしてるの。ならバイト終わりにでも来てって誘っておいて。木下くんも一緒に飲んで帰ったらいいし。へ?そのコンビニで深夜バイトしていたら…あーそれ、昔から聞くな。あれでしょ?ハイヒールの音が店内に響いてくるっていう。それ聞いたの?友達。そうなんだ。昔から言われてて、何か特別に害があるって聞いたことがないから、多分大丈夫だけど。首に手の跡?あーたまに聞くよ。それも。元気が一時的になくなる人もいたけど、別に誰かがそれで亡くなったとか、病気になったというのは聞かないかな。俺が聞いた範疇だけどね。
でも…ま、うちも出るけどね。
近所のコンビニのことを面白く可笑しく言えないよね。ん?え、知らないっけ?あーごめん。教えてなかったか。まあ、なんだ。このお店も長いからな。うちの祖父の代から続いてるから、そんな話の一つや二つある。まあ、今後のためだし、少し木下くんにも聞いてもらおうかな。今後、21時以降も入ることがあるだろうし。
うちに出るっていうやつは女の人でな。
たまに来るんだ。毎日来るときもあれば1ヵ月も2ヵ月も来ないときもある。だけど同じ時間に来て、同じ場所に座るんだ。そして、何も頼まないでいつの間にか消えている。そんな人。ほら、夜9時以降は5番席、開けておくように言ってるだろ。その席に座るんだ、その人。俺がそれに気が付いたのは、うちのオヤジがまだ店主だった時。俺は見習いでホールやら調理とか皿洗いとか色々としていた時で、多分木下くんより少し年は上だった時だと思う。あれは、そう。
暑い夏の日だった。
すごく暑くて、もう倒れそうになるぐらい。もうお盆休みに入っていたかな?それでも、うちは営業していたんだけど。営業したっていっても1日ぐらいだった気がするけど。それでお客さんが来なくて、もう閉めようぜってオヤジに言ったんだ。
だけど、うちのオヤジはまだだって言って、閉めようとしなかった。もう世間は夏休みの雰囲気でな。その休みの雰囲気にあてられて、俺は早く休みたかった。絶対に22時までは開けるっていうんだ、うちのオヤジ。なんでかなって思ったんだけど、まあ常連さんとかいるかもしれないし。だけど常連さんは大体は帰省したり、旅行に行くって言ってたから、誰かな?って考えていたんだ。
そしてうちのお店のドアが開かれたんだ。俺は反射でいらっしゃいませーって言ったんだ。
茶髪の女の人が黙って立っていた。
目だけが、どこか焦点が合ってない感じでな。
一瞬見て、あれ?おかしいなって思ったんだ。すごく違和感というかなんて言うのかな。何か違うんだよ。肌も、なんか白いというか。青白かった。唇の色もおかしいし。とりあえず、俺さ。お一人様ですか?って聞いたんだけど。その人、黙って俺の横を通り過ぎて5番席に座るんだ。
なんなんだ、この人。って思ってうちのオヤジに聞こうと思って厨房のところで掃除していたオヤジに声をかけたんだ。あのさ、5番席にさ女の人が黙って座ったんだけど。って聞いたら、うちのオヤジ、何て言ったと思う?「そうか」だけ。え、誰?知っている人なの?とかいろいろ聞いたらさ、うちのオヤジも知らないらしいんだよね。話を聞くと、あの女の人はオヤジが若いころからいるらしい。うちのオヤジも俺の祖父に聞いたらしいんだけど、祖父も知らなかったみたいでな。いつの間にか来て、いつの間にか消える存在。ただ、それだけって言うんだ。
話しかけても、盛り塩しても、それでも来る。名のある祓い屋に頼んでも、来る。もう”そういうもの”として受け止めろって言われてさ。そうは言われても、最初は半信半疑だった。だからもう一度、あの女の人の顔を拝みに行こうと思って。注文取りにいく体をとって見に行こうって思ったんだ。お客様、ご注文はお決まりですか?って。
座席には水にぬれた椅子と机しかなかった。
最初は…慣れなくてな。俺も若かったし。だけど、色々と仕事を覚えていくと出来ることが増えて、仕事量が増えてな。そんな女の人の事、あまり気にしなくなってしまったんだ。あ?濡れている理由?…それは分からん。分からないけどずっとそうだ。
あ、でも一回だけ。俺、話しかけて、向かいの席に座ったんだ。
あれは、うちのオヤジが亡くなって、半年経った時だったと思う。
まだうちのオヤジが亡くなったこと、そういえばこいつに言ってなかったって思ってな。この世のものではないとしても、伝えないとなって思ったんだ。形だけでも、やっておくかって思ってな。
女の人の向かいに酒瓶持って俺のと女の人と、そしてオヤジの分のお猪口を机に置いてな。おい、うちのオヤジが逝っちまった。この店でオヤジの次に長い付き合いはあんただ。飲めないかもしれないが、置いておくぞって言ってさ。座って一杯、勢いよく飲んだ瞬間。
その女の人は目の前からいなくなっていた。
同時に、女の人の前に置いていたお猪口も空になっていた。
粋なことするじゃないか。そう思ったよ。
それ以降かな、余計来る頻度が減った気がする。その日までは長くて間が空いて、1ヵ月ぐらいだったんだけどな。3ヵ月から6ヵ月ぐらい、長ければ1年っていう時もあった。あと変わったことがあってな。
雰囲気が変わってな。
俺の検討違いじゃなければな。最初見た時は肌も青白くて、どこか暗くて冷たい雰囲気があった。だが、それ以降少しずつ以前より緩やかになったし、肌も心なしか生きている者に近い色になったような気がした。そのことを、うちのおふくろに言ったらさ。あんた、お父さんと同じことするんだね。って言われてさ。同じことって?聞いたんだ。
どうもオヤジも祖父が亡くなったときに同じようなことをしたらしい。もしかしたら少しずつ、浄化させてたりしてな。分からないけど。でもさ、血は争えないよな。言わなくても同じことするんだから。まったく。
ああ、ちょっと余談が過ぎたな。ごめんな。えっとだから、夜9時以降は5番席は空いてても誰も座らせないでくれ。それ前までは良いけど。それだけは覚えておいてくれ。んで、その木下くんの友達は元気か?…あーまあ最初は元気なくなるかもしれないな。今度、いつコンビニバイトなんだ?それで、いつ来るんだ?
良かったら今週の末?よし、分かった。じゃあ俺が酒だしてやるよ。
もしかしたら元気になるかもしれないし、お祓いの効果があるかもしれないからな。
だって、あの女の人を少し機嫌よくさせた俺だよ?
任せろ。
良い酒の飲み方教えてやるよ。




