7 教師と教室の怪異について
お、元気!?何年ぶり?5年、6年ぶりか?え、今、何してるの?…へーそうなんだ。俺?俺は今、私立の高校で教師してる。東京のさ、23区。そうそう。私立だから給与は良いかもな。え?俺が奢るの?勘弁してよーそんな高給取りじゃないって。
え?学校の七不思議?あったな。そんなの。でもそれって小学校の時だろ?流行ったのって。ほら、テレビとかでやってたじゃん。そうそう!あの女優がやってたやつ。うわ、懐かしい。それ。ん?俺の学校?あーまあ…古いから、そういう話の一つや二つあるよ。
聞きたい?本当かよ。でもまあ、俺が体験したことで良かったら良いよ。生徒の事は話せないけど。
そうだなー俺の話が出来るのは一つだけ。本当に一つだけなんだ。七不思議っていうかさ。少し不思議な体験をしたって言った方がもしかしたら正しいかもしれない。怖い?どうかな。聞く人によっては怖いかもしれないかな。途中でやめても良い。不思議な体験って言ったけど、そんな大したことないし。
え、良いから教えろ?…まあいいけど。あとで大したことないなとか言うなよ。先生、傷ついちゃうから。あ、先生って言っちゃった。
今でも忘れない。忘れられない。あれは俺が私立の高校に就職して2年目。それも期末テストの前だった。その時、仕事に少し慣れてきた感じはあったけど、まだまだ分からないことが多い時期でさ。色んな先生に俺は教えてもらってたんだ。そんな時期。
あれは梅雨が明けてもう少しで夏に入るかもって時期だった。その日、夕方になっても暑い日で、俺は受け持っていた授業の1コマを終えて職員室に帰るところだった。時間はもう夕方に近くてさ。あと1コマで皆、授業終わって帰る。そんな時間。いま務めている学校って、古いって言ったろ?その学校の校舎って古くてな。昭和みたいな木造とかじゃないけど。でも廊下とかワックスしてもすぐにダメになるし。壁とかもさシミが掃除しても落ちないぐらい汚さ。そんな感じ。
そんな廊下を歩いていたら、教室で何か話し声が聞こえたんだ。大人数ではなくて、一人の声。でも何を話しているのかは聞こえなかった。こう一人で話しているぼそぼそっとした声。独り言を話しているような感じで。最初は誰かひとりで、音読しながら勉強しているのかなって思ったんだ。もしくは授業さぼって違う勉強している生徒かな?って。ほら、うちのクラスにもいたじゃん。授業さぼって塾の課題やってたやつとかさ。あんな感じかなって思ったんだ。その教室は、滅多に使われない、空き教室でさ。選択授業で数学とか、英語のクラス分けとかあったじゃん?そんな時ぐらいしか使われない教室。クラスで使用するには少し狭くて小さな教室。そこからさ、ぼそぼそっと女子生徒の声が聞こえるんだ。なんか同じ言葉を繰り返しているっぽいから、最初は本当に何か勉強しているのかな?暗記系の科目かなって思ったんだ。その時は、次の授業が始まる5分前だったし、3年生でも普通に授業があった時期だから、クラスに戻れって言おうと思ってその教室に入ったんだ。教室に入った時さ。
そこには誰もいなかった。
あったのは机と椅子だけ。そして空気入れ替えの為に開けられた窓。その窓から少し吹く風になびく白いカーテン。黒板の上にあるアナログの丸時計から聞こえる秒針が動く音。それしかなかった。あれ?誰かいたような気がしたんだけど。って思った。でも誰もいないし、気のせいだったと思ったんだ。最初はな。それで教室でた後も、声がしなかったから、本当に気のせいだったんだなって思ってそのまま職員室に帰ったんだ。その日はそれで終わったんだ。
次の日も、そのまた次の日も、その声は聞こえてきた。
いままで、そんなことなかった。1年目も同じ時間帯にその教室を通ったことがあったんだけどさ。そんな声、聞こえてこなかった。何回も、教室に入ったけど、そこには誰もいなかった。そんなことがあまりにも続いたから、ある年配の先生に相談したんだ。その先生は…そうだなT先生としようか。T先生も不思議がってさ。どこの教室?ってとこから聞かれたから、場所と時間帯を教えたんだ。そしたら、あーもしかして。みたいな感じで言うんだよ。なんかあったのかな?って思って聞いてみたんだ。いや、もしかしたらなんだけど。みたいな感じでちょっと言葉濁してる感じでさ。言いたくても言えない、感じがあってさ。あまり無理して聞くのもあれだから聞かなかったけど。そしたら、時間があるとき自分も行くってT先生が言ってくれてさ。何か気が付いているような雰囲気はあったんだけど、でもそれを確かめたくて行く感じがした。でも一人で行くより確実だろうって思ってさ。ちょっと安心したんだよね。実は。
それで一緒に行ったわけさ。え?ああ。その先生、その学校に勤めて長くてさ。確か40年ぐらいだったかな?あと少しで定年退職みたいなこと言ってたし。よく知っているわけよ。あの時は大変だった、とかさ。ほら震災あったじゃん。その時のこととか聞いたりしてさ。そんなT先生と一緒だから、さっきも言ったけど安心してたんだ、俺。まあ一人じゃないっていうこともあったんだろうけど。
一緒にその声がする教室に近づくとさ、やっぱり声がするんだ。
独り言のような、でも最初に聞いた声よりも少し大きい気がした。よくよく聞くとさ、なんか誰かに繰り返し同じ言葉を言ってる様な、そんな気がした。それで俺はT先生に「ほら、声聞こえますよね?」って聞いたんだ。そしたらT先生も聞こえるって言っててさ。それで一緒に教室を見ることにしたんだ。教室のドアに手をかけて開ける時、何か変に緊張してさ。これで、本当は誰かいたとかだったら恥ずかしいなって思いもあったんだけど。でも誰かいたならいたで、それは良いと思ったんだ。原因が分かるし。勢いよく教室のドアを開けたんだ。それで教室の中を見回したんだ。
やっぱりそこには誰もいなかった。
T先生と二人で教室を見回したりしたんだけど、やっぱり誰もいなかった。窓のところも掃除道具が置いてあるロッカーまで見たけど、やっぱり誰もいなかった。なんなんですかね。あの声。っていう話になってさ。T先生はもしかしてって思うことがあったけど、違ったかなっていう感じの事を言ってて。そこで、俺、聞いてみたんだよ。もしかして聞いてはいけないことですか?よかったら少し教えてもらえませんか?って感じで。そしたら、T先生はまあ高校教師しているとよくある話でってところから話し始めたんだ。少し話し始めるまでに間があったんだけど、その間に聞こえた時計の秒針が動く音が今でも強烈な思い出として記憶に残っているのよ。
T先生が俺に話してくれたのは、ある女子学生が先生に恋をして、卒業式の時に告白して先生に振られたって言う話。その告白された先生はもう引退して学校にいないんだけね。だけどその告白した場所っていうのがこの部屋だったんだって。T先生はその告白された先生と仲が良かったらしくてさ。年も近かったから色々と気があったらしいんだけど。え?いつ頃?…たしかT先生が20代中盤って言ってたから、30年以上前の話。
でもその女子生徒が亡くなったという噂も聞かないし、告白された先生も存命。じゃあ違うか?ってT先生は思ったらしいんだけど。きっと強くその生徒は先生のことを思っていたんだろうなって思うんだ。
その強い思いがその教室に残っていた。それをたまたま俺が聞こえた。まあ突発的な事故にあった、そんな感じなのかなって思う。でも、このことはもう終わろうって思ったんだ。俺、まだ2年目だったし、忙しかったしさ。目の見えないものよりも目の前の生徒たちを何とかしようと思っていたし。それで俺たちは教室を出ようとしてたんだ。教室から一歩外に出た時、声がした。
愛してます。心から。
今度はそんな言葉が綺麗に聞こえた。若い女性の声だった。今まで何を言っているのか、どんなことを話しているのか分からなかったんだけど。俺は急いでT先生に聞いたよ。今の声、聞こえました?って。
でも…T先生は何も聞こえてなかったんだ。
なんで俺だけ綺麗にはっきりと聞こえたのか。いまでも分からない。でも何か本当に大好きです、という感情が出ていた声だった。何ていうのかな、本当にあなたを思ってます。どうかこの気持ち受け止めてほしいです。って言う感じ。T先生はその告白された先生にどんな告白されたんだよって飲み会の席で聞いてみたことがあったらしいんだけど、それは教えてくれなかったらしいんだ。でも、多分…いや絶対、それが告白の言葉だったんだろうなって思うんだ。
それ以降、教室から声はしなくなった。
思いが成就したからとか、そういうのではないと思う。感覚としてなんだけどさ。積もった雪が自然と消えた、そんな感じに似ているような気がするんだけどさ。でも、こんな形で思いが残るって本当にあるんだなって思った。不思議だよな。特に強い思いっていうのはさ。世の中の怪談系の話信じちゃうよ。だって経験してしまったから。
思いが残るなら俺たち教師の思いも何とか生徒たちに残したいなって思うんだよね。その声を聞いてさ。ちょっと考えたんだよね。風呂に入りながらなんだけど。ちょっと考えた。どうやって記憶に、心に残せるかなって。その生徒じゃないけどさ。俺も何か生徒に残してやりたいって思ったんだよね。その時。
だから、俺は来週もそのまた先も。
生徒たちに何か心に残るような授業を出来るように頑張ってる。




