30 創作で起きた怪異
ねえ。今井さん。この編集の仕事をして、どれくらいです?…5年ですか。じゃあ少しは仕事慣れてきた感じです?そうなんですね。色んな漫画家の人とか見られてきたと思うんですけど。こういう話はお聞きしたことありますか?
勝手にキャラクターが動くって。
いや、ほら、勝手にキャラクターとかが動いて物語を進めるって話があるじゃないですか。僕が言いたいのはそう言うのではなくてですね。
本当に書いた漫画が動いたんです。
あ、興味あります?今井さん。それで、聞いたことあります?はい…あーそうなんですね。夢の中で?ああーそれは聞いたことあります。僕も夢の中でなんか自分のキャラクターとケンカしたことあります。ええ。何か殴り合いしてました。
え?状況…ですか?そうですね。ちょっと長くなるかもしれないんですけど。良いです?ちょっと僕も順を追って説明しないと分からなくなりそうなので。会社にまだ、戻らなくても大丈夫です?…はい。はい。そうですか。ありがとうございます。えっと…そしたら、僕がアイディアが出なくて原稿を落としそうになったことがあったじゃないですか。はい。そう、3週間ぐらい前でしたね。あの時は、大変ご迷惑をおかけしました。それで、その時なんですけどね。結論から言っちゃいますけど。
プロットで描いた絵が…どんどん、形になって自分のキャラクターになったんです。
それが少しずつ動き出したんです。
あの時…僕はとても追い込まれていて。だって何にも次の話が思い浮かばないんです。大体のプロットとかは今描いている漫画を連載当初から考えてましたけど、正直、途中をあんまり考えてなかったんですよね。今井さんとかその前任の広瀬さんとかで何とか形にしてもらえたっていう感じで。机に向かっても腕組んで考えるだけで。何か、気晴らしをした方が良いのかな。それとも勉強の為に違う漫画を読んだ方が良いのか。そう思っていたら少し眠くなったんで、ちょっとだけ30分ぐらい仮眠を取ろうとしたんです。携帯にアラームをつけて。それで机の下に潜り込んでそこに横になったんです。え?ベット?ベットだと熟睡しちゃうじゃないですか。だからすぐに起きれるように、よく自分は机の下に潜って寝てます。
それで、目を閉じて次の話、どうしようかなーって思いながら仮眠をとったんですけどね。何か机の上から音がしてきたんですよ。なんだろう?っておもうじゃないですか。最初はゴキブリか?それともなにかしらの虫かな?って思ったんですけど。それにしては、音が大きい気がしたんです。もっと大きいものが動いている。そんな感じがして。でもネズミほどではない気がして。本当になんだろうって目をつぶっていたんですけど気になって起き上がって机の上を恐る恐る見てみたんです。そしたら机上にあるライトに写されている原稿には。
すごいスピードで、キャラクターが描かれていたんです。
なおかつ動きながら。
なんていうんですかね。こう…動画を見ているような。でも漫画を1つの画面で見ているような。え?音?ええ。何か動いている音って言うのは鉛筆で何かを描かれていたり消されている音みたいで。だから、原稿の上をなにか移動しているって思ったんです。しかも僕よりも描くの早くて。ほら主人公がいるでしょ?そうそうあの勝ち気で熱い主人公。あいつがなんか少しずつ形になりながら動いているんです。最初は僕の頭がおかしくなったのか。考えすぎて幻覚をみているんじゃないか。そう考えたんですけど。でも腕をつねってみても、頬をつねってみても痛くて覚めないし、幻覚は消えなかったんです。
もう、どうしたら良いのか分からなくて。こうなったら最後まで見てみようって思いまして。面白い?ですかね?そうです?それで…じっと見ていたんです、原稿を。少しずつ形になる主人公。そして描かれている背景。そして消される背景。たまに出てくる脇役、ヒロイン、ライバル、敵。何分ぐらいみていたのか分からないですけど。僕はその光景を夢中になってみていました。なんでかって言うと、凄く面白いストーリーになっていたんですよ。熱いんですよ。いや、僕の作風的にそういう風になるんですけど。でも僕以上の熱さ。それを感じたんですね。
じっと見ていたらですね、主人公が扉絵…あ、今日渡した1ページ目あるじゃないですか。そこに、まっすぐ立って正面を見ているような構図になったんです。でも髪の毛とか揺れるような、そんな感じで。動いているんですよ。何だろう?って思ったんですけど。あ、と思って気づいたんです。
僕を見ているんだ。
そう思ったんです。直観ですけどね。でも、彼の瞳に僕が映っている。妄想かもしれないですけど、本当にそう思えました。あの目…今、思い出しても凄く真剣な目だったなって思うんです。まっすぐ。ひたすらまっすぐ。僕が思い浮かべている主人公像そのものの目。目は口以上に物を言うって聞くじゃないですか。何か…そいつの目。僕に期待しているような。でも頑張れって言っているような。そんな感じがしたんです。
5分かそれぐらいだったと思うんです。じっと目があって見つめあっていたの。急に眼を僕に向けたまま、すこしずつ後ろをむいて、走ったんです。こう…すこしずつ僕から走って遠ざかるような感じで。それで遠くまでいったなーって思ったら立ち止まって僕の方を見たんです。
振り向いて笑ったんです。
小さくて、分かりづらかったけですけど。でも絶対そう。大丈夫。頑張れって。そう言っているような気がしました。そして、また走り出して、すごく小さな点になって。あ、いなくなる。消えちゃうって思ったら。原稿から綺麗に消えてました。
消えた場所を触ったり、いろんな角度で見てみたんですけど。特にない感じで。原稿に耳を近づけて何か聞こえないかやってみたんですけど。特になくて。あるのは紙の匂いと、机の上に置いてあるインクの匂い。それだけでした。少しの時間、じっと原稿を見つめていたんですけど。耳が痛くなるような静けさの中で。何か急にやる気が起きて。いや、その光景を見る前までもやる気はあったんですよ?本当ですよ。あ、信じてないでしょー今井さん。ちょっと疑わしそうな目してます。まあ…それでいつも以上に、やる気が起きまして。そのまま、感情のまま…描いたんですよ。主人公、ヒロイン、他の仲間たち。それでこれから起きるであろう出来事。付け加えて、伏線も少しだけ。
ネットで話題になったでしょ?その回。それが、その出来事が起きた時に描いたやつなんですよ。いままで読者ランキングで7位とか8位とか中盤辺りを行ったり来たりしてた僕の作品が一気に1位になった回で。…そう、ですね。その出来事があったから描けたっていうのもありますね。そしたらキャラクターに助けられたんですかね、僕。創造主は僕なんですけどね。偉ぶりたいわけじゃないですけどね。
そうですね。その後も人気が継続して、メディア化できましたし。世間からの知名度も上がりましたね。この主人公たちには足を向けて寝られないですね。
今…ですか?今は…もう、そういった出来事はないですね。え?それを漫画化?んー僕に出来ますかね?面白い?そうですかね?でも…面白そうですね。でも、今の連載しているものを完結させてから、少しお休みいただいてから考えても良いです?はい。はい。ありがとうございます。今井さんは、そういった出来事、経験あります?…え、あるんですか?どういったことです?あ、呼び出しです?あーじゃあまた今度、聞かせてくださいよ。
でも、今井さん。なんで僕がこういった出来事に出会ったのか正直…分からないんですよね。だから…だから。
また、そういった出来事があったらあいつらに聞いてみたいと思うんです。
あ、でもまずはこれを聞いてみたいですかね。
俺の描いた漫画どう?って。




