13 猟師が山で出会った怪異について
おい、飲んでるか。
…お前、酒強いのか?そうか。なら、ほどほどにしておけよ。うちから家まで帰れるか?あそこか。ちょっと距離があるな。俺の家から大体、3キロぐらいか。まあ夜だし、今日はうちに泊まっても良いからな。他のやつら?ああ、大体が所帯持ちだから、迎えに来るんだ。お前、結婚は?そうか。こればかりは縁だからな。なんとも言えないが。良い人が見つかると良いな。
ん?なに?山で出会った怪異的なこと?そうだな。俺ら猟師はよく山に入るがそんなのはめったに遭遇しない。いや、違うな。
遭遇しないと思っていた。
俺はな。
実を言うと猟師やっているとな、少しは山で不思議なこと、怪異と呼ばれるものと出会ったことはある。今日の飲み会に参加しているやつらだって、一つや二つはあるだろうよ。
俺?俺か。まあ少しな。あるよ。ただ、まあたいした話じゃない。そうだな。これから猟師の一員となるのだったら、少しは知っておいた方が良いか。俺の話で良ければ酒の肴にでもしてくれ。
そうだな。どこから話すか。お前、まだ2~3回ぐらいしか山に入ったことはないか?そうか。俺が怪異と出会ったのは猟師として少し年数を重ねた時だった。まだ、お前は体験していないが、山って言うのはな、不思議でな。厳しいようで優しい。優しいようで不思議で、不思議なようで現実的なんだ。現実と異世界が混ざったような場所だ。これは俺も高齢の猟師に教えてもらってな。覚えておいてくれ。
俺の不思議な話…か。そうだな。あれは冬になったころの12月ごろだったろうか。シカをとりに行っててな。猟犬、ほらうちのシロいるだろ?そのオヤジのリクっていうやつと、猟師仲間と一緒に行った時だった。ほら、この間やった巻き狩りだ。追い手と待ち手と別れて狩るやつ。そうだ。その時俺は先に山に入ってリクと一緒に追い手の役割だった。結構、寒くなっていてな。鼻から空気を吸うと鼻の奥が冷たくなって少し痛くなるぐらいだった。そんな日、俺は怪異と出会ったんだ。
山に入って、すぐに分かったよ。違和感を。いつもの山と匂いが違う。雰囲気が違う。肌ざわりが違う。なぜだか知らんが、体中の毛が逆立ってな。鳥肌もたった。寒いってわけじゃなくてな。なんかこう、怖いものを見た時とか、そういった感じに似ていた。それでな、獣道に入ったのは良いんだが、足取りが重くてな。歩きたいんだがこれ以上歩いたらダメな気がして。いつもよりも歩く早さが遅くなっていた。
だが、仲間もいるしな。迷惑をかけられないと思ってな。違和感を感じた時にすぐに、猟友会の皆に相談したら良かったんだが。俺はそこまで考えられなかった。とりあえず、周りに迷惑をかけたくない。そういう気持ちが先行してしまってな。今思えば、冷静ではなかったな。いつもの獣道をリクと歩いてな。ふと思って周りを見回したんだ。
鳥の声がしない。獣の気配がしない。風もなく不気味なほど、静かでな。まるで世界で自分が一人だけでいるような、そんな気がした。もうずっと鳥肌が立ちっぱなしだった。背中に冷や汗かくし、やばいっていうのが分かるんだが、何がやばいのか分からない。悪いな、うまく言えないんだが。それでも俺は前へ歩いて行ったんだ。獣道を進むと、見慣れない広場があった。おかしいぞ?って最初思ってな。なぜおかしいと思ったかというとな。
そんな広場、いままで通ったことがなかったんだ。
見たこともなかった。
途中で、道を間違えることもあり得なかった。なぜならな。
その道は一本道だから。
一緒に行っていたリクもな、途中で立ち止まってしまってな。じっとその広場を見ているんだ。吠えもせずにただ、何かが来るのを待っているかのようだった。俺はとりあえず、先に進まないと猟が滞ると思ってな。とりあえず、リクを引っ張って行ったんだ。いつもなら、大人しくついてくるリクがな。その時ばかりは抵抗してな。その時、何かあるなって思ったんだ。本当にヤバいんだなってな。
一回、戻るかとも考えたんだ。どうにも不気味だし、いつもと違うからな。いつもと違う、違和感を覚えるっていうのは大事にしておけよ。俺もそう教わった。それでな戻ろうとした時だった。
広場の方から、誰かが歩いてる音がしたんだ。
落ち葉を踏み抜く音がなしてな。
最初、うちの仲間がもういるのかと思った。ちょっと、俺が歩くの遅かったしな。そう思ったんだ。俺は少し安心してな。なんだ、俺の勘違いだったんだ。この広場は最初からあったんだ。どこの山と勘違いしたんだ?でも、いったい誰だろう?と思って広場の方を見ていたんだ。その広場に姿を表したのは。
2mはあるかという男だった。
しかも服装が現代じゃないんだ。こんな寒い日なのに、甚平みたいなのを着ているしよ。あーあれだ。時代劇でみる脇役がよく着ている服装だ。なんだ?って言う気持ちでいっぱいになってな。手元を誰かが引く感触があったから手元見たらな。リクが、尻尾を股の間にいれてお尻を引いて後ずさってるんだ。耳も伏せてな。こんな怯えているリクを見るのは初めてだった。
これは本当にまずい。そう思ってな。引き返そうと思って一歩、後ろに向かって歩いたんだ。そしたら、枯れ木を踏み抜いて音を立ててしまってな。その音が思った以上に大きくて、山全体に響いたような錯覚を覚えたもんだ。それで…さっきまで広間でしていた足音が聞こえてなくてな。こっちに気づいたか?やっちまった。と思ってゆっくり広間を見たんだ。広間にいたやつがどうか気づいてませんようにって思いながら。
広間にいたあの大男が立ち止まっていてな。
そして。
ゆっくり、こっちに顔を向けたんだ。
その顔には。
目も鼻も口も…なかった。
ほら、のっぺらぼうっているだろ?そうだ。それみたいだった。
顔はなかった。だけど目が合ったのは分かった。視線の気配、というかそんなのを感じた。今思えば、猟銃を構えて、撃てば良かったのかもしれないが。その時は、何も考えられなくてな。背中から変な汗は流れるわ、鳥肌は一層強くなるわ。本当に体の感覚しかない。いや、その感覚さえも薄くなっているような、そんな感じだった。山の静かさが、その時は怖かった。多分、2~3分だったと思う。目が合ったのはな。そしたら、そいつ。
一歩、こっちに向かって歩き出したんだ。
やばい。って思ってても体が動いてくれなくてな。逃げないといけなかったんだが…本当に動かなかった。その時、リクがな。
一声、鳴いたんだ。
それでそいつに背を見せて走ってきた道を戻った。途中、転びそうになりながらも必死に走った。走りながら、そいつがこっちに向かってきてないか確認しながらな。それで、山を出て、無線で仲間に知らせたんだ。正直に今起きたことを。見たものを。そしたら、年配の後藤さん。ほら、あの髭の生やした人いるだろ?その人がないうんだ。
「今日は、やめておこう。現世のものでないものがいたのなら、今日、この山は違う世界だ」
そう言われた。
だから、お前もそういう体験したら、すぐに言ってな。もしかしたら、大変なことが起こるかもしれないからな。
ん?大変なこと?ああ。昔な。これは後藤さんが教えてくれたんだが。俺が猟師をしだす前に、同じことがあったらしい。その怪異にあったやつ、それでも山に入って、猟をしようとしたらしい。だけどな。そいつ。
山から帰ってこなかったんだ。
お前は若い。若い猟師は貴重だ。山と人の生活を今後とも守ってもらいたいと思っている。だから、無理はするな。
まあ、これが俺があった怪異ってやつだ。良かったら覚えておいてくれ。
お、帰るか?そうか。夜道には気をつけろよ。
ああ、そうだ。
もし怪異にあったら、戻ってきても良いからな。
…怪異に会うのは突然だからな。




