第14話「影兵との戦い」
観測陣の布が裂けて立ち上がった影兵は十体。
それぞれが人の姿を模してはいるが、顔には何もなく、ただの空洞が口を開けている。
手にした黒い刃は、光を吸い込み、触れただけで影を裂くと噂される神殿の兵器そのものだった。
広場の群衆が息を呑む。
誰もが一歩引き、ただ見守るしかない。
「逸脱者」が災厄か器か、その答えはこの戦いにかかっている。
「構えるな!」
影術師の声が飛ぶ。
影兵たちは一斉に低い姿勢を取り、黒い刃を構えて突進してきた。
俺は影獣と視線を交わす。
言葉はない。だが呼吸が重なる。
俺の足が踏み込むと同時に、影獣も吠えながら走り出した。
最初の一体。
影の刃が俺の肩を狙う。
俺は拳を振り抜き、影獣の爪が重なった。
黒い火花が散り、影兵が半ばで裂け、空気に溶けた。
「一体!」
リクの声が遠くで響く。
だが次の瞬間、二体、三体が同時に迫る。
影の刃は重い。
一撃を受け止めれば腕が痺れる。
影獣が咆哮し、尾をしならせて二体を薙ぎ払うが、残る一体が俺の背に回り込む。
「危ない!」
ルナの声。
影の中から石が飛び出し、影兵の顔の空洞を撃ち抜いた。
一瞬ひるんだ隙に俺は影を縫い合わせ、兵の足を地に縛りつけた。
刃を振り下ろされる前に、影獣が喉元を噛み裂く。
三体目が消え、広場の空気がざわめいた。
だが、観測者の一人が杖を突き立てると、残る七体の影兵が同時に形を変えた。
腕が長く伸び、刃が槍に変じる。
それぞれの動きが統制され、まるで一つの軍のように列を組む。
「これが……神殿の影兵か」
俺は汗を拭い、拳を握り直す。
七体の槍が同時に突き出される。
影獣と俺は同時に影へ潜った。
足元の黒を渡り、槍の先をかわす。
背後に現れ、拳を突き出す。
だが影兵は読んでいた。
槍の軌跡が逆流し、俺を狙う。
「っ……!」
頬を掠め、熱い痛みが走る。
影兵は人ではない。恐怖も迷いもなく、ただ「仕組み」として動く。
「おじさん!」
ルナが叫び、両手を影に沈めた。
影の水面が広がり、小石が連続して弾かれる。
影獣の尾がそれを拾い上げ、雨のように撒き散らす。
影兵の列が一瞬乱れる。
「今だ!」
リクが突っ込み、一体の槍を折った。
その隙に俺は影を縫い、残る兵の足を繋ぎ合わせた。
だが、観測者が杖を強く叩く。
兵の影が歪み、縫い目が焼き切られる。
「やはり制御されている……!」
エリシアが震える声で叫んだ。
「影兵は自立していない! 背後で神殿が“糸”を操っているの! 糸を断たなければ、勝てない!」
「糸……」
俺は目を細めた。
影獣の視界を借り、広場の影を見渡す。
観測者たちの足元から、細い線が兵たちに伸びていた。
見えない糸。操りの筋。
「見えた」
俺は拳を影に沈めた。
糸を針のようにすくい取り、ほどく。
一体の兵が動きを止め、影に崩れた。
ざわめきが走る。
「やはり……!」
エリシアが息を呑む。
だが観測者は笑わなかった。
「なるほど。逸脱者は糸を見抜くか。ならば、糸を増やすまで」
杖を振るうと、残る六体の兵にさらに糸が絡み、二重三重に操られる。
動きが速くなり、刃がうなりを上げる。
「数ではなく質を……!」
リクが舌打ちした。
俺は影獣と共に飛び込んだ。
刃をかわし、糸を探り、ほどく。
しかし一つを断つ間に二つが絡みつく。
影獣の肩に黒い槍が刺さり、俺の胸が熱を帯びた。
痛みが共有される。契約の証。
「おじさんっ!」
ルナの声が揺れる。
影獣が吠えた。
その声は俺の心臓を貫き、広場の影を震わせた。
痣が熱を帯び、影が俺の体を覆う。
視界が変わった。
すべての糸が光を帯びて見える。
白く細い線が、観測者の杖から伸び、影兵に繋がっている。
「これだ……!」
俺は糸をまとめて掴み、強く引いた。
ほどくのではない。絡めて結ぶ。
糸は互いを縛り合い、動きを封じた。
六体の影兵が一斉に止まり、裂け目から崩れ落ちる。
静寂が広場を覆った。
人々のざわめきが再び膨れ上がる。
「影兵を……倒した……」
「人が神殿の兵を……!」
観測者の顔色が変わった。
影術師だけが冷静に俺を見つめていた。
「……やはり器か」
「器か災厄かは、俺が決める」
俺は影獣の頭に手を置いた。
獣は静かに喉を鳴らす。
観測陣は崩れ、白布が灰となって風に散った。
神殿の者たちは退き、人々の視線だけが残った。
恐れと期待。
影は呪いか、救済か。
答えを示すのは、これからだ。
第14話ここまで