第7章 カラメル
「あ、あなたたち。キンダケクエストやりに来たの?」
「そうです。」
ノックアウトデーモンギルドで3人集合して、受付と会話している。
「キンダケの在り処って分かりますか?」
「じめじめした洞窟にあるとしか…だって、あったらみんな取ってくるでしょ。取っちゃうと、また育つのに2年かかるって言われているし。いい場所はどのパーティーも教えてくれないのよ。」
「う~ん、何かいい手は無いかな…またエリルに聞くか?」
「金無いよ。」
「また私が役に立つ番のようね。」
プリンが自信満々に言った。
「なにか良い魔法があるのか?」
「私の武器は魔法だけじゃないって。」
そう言って、ゲージから猫を取り出した。昨日、見つけた猫だ。
「試しにキンダケかがせて、隠してみたら、匂いで探し出せるようになったの。」
「おお、それは役に立つ。プリンというより、この猫ちゃんがね。」
「ひどい。私が飼い主なのに。」
プリンがむっとした表情を浮かべた。
「その猫の本当の名前は何?」
みーちゃんって呼んでいたのは本当の飼い主ではない。なので、聞いてみた。
「この子はね、カラメル。私と仲が良いの。」
プリンはカラメルを抱き、ほおずりしている。
「キンダケの匂いが分かるの?」
「うん、でもここだと商店街に行っちゃうのよ。キンダケ売っているから。」
「商店街のキンダケ買って持ってきたら、クエストクリアにならないの?」
僕は受付に聞いてみた。
「クリアになりますよ。でも、1㎏5000ベルで売っていますから、大損ですけどね。」
「じゃあ、僕たちを頼る必要ないじゃないか。貴族の金で進級出来たじゃないか?」
「え、そうなの?知らなかった。でも今お金ないし。」
「猫探しクエストの報酬金に5万ベルつけるから…」
「あら、この子はそれ以上の価値があるのよ。ほら、ずるしないでちゃんとクエストしましょ。」
プリンは何か抜けている所があるが、言うことはまともである。
僕たちは、ギルドを出て、街の城壁の外へ向かった。
ここには門番が常時いて、勝手に出入り出来ないようになっている。
「僕たちギルド登録している、ヒーローズです。」
「ヒーローズ?聞かない名前だな。ちょっと待っておけ。」
もう一人の門番が本を開いて確認している。
「ああ、あったようだ。でも、初心者だな。誓約書を書く必要がある。」
渡された紙を要約すると、外で何があっても自己責任、軍隊は出動しないということだ。
僕たちはそれにサインした。
「え、え、プリン様?」
門番がプリンのサインを見て、おどおどしている。
「あのプリン様ですよね?親御様はこの事ご存じで?」
「いや、内緒よ。」
「それはまずいです。ここを通すことは出来ません。」
「通るわよ。私の言うことが聞けないの?」
「ええ、ええ?」
門番は当惑している。貴族の言うことを聞かないわけにはいかない。でも、聞いてしまうと、ばれた時、この門番は処罰される。あまりに可哀そうだ。
「大丈夫よ。この二人が守ってくれるから。」
「この城壁の外は魔物がうようよ出ます。少しでも危険と思われたら、すぐ戻って下さい。」
門番からすると、どうやっても処罰される。さらに、プリンの身に何かあれば、重くなる。すぐに戻ってきて、何事も無かった様にするのが一番と判断したのだろう。
「はい。」
とりあえず僕たちはそう答え、城壁外へ出た。
「初めてだな。城の外は。」
「こんな景色が広がっていたのね。」
簡易な道はあるものの城壁内に比べ、草や木が生い茂っている。
プリンがカラメルを放した。カラメルが首を動かし、周囲の様子を伺った後、歩き出した。
「付いていけば、キンダケがあるはずよ。」
カラメルは途中から道を外れ、草木が生い茂った所に入っていく。僕たちもそれに続いた。
草陰から、ぴょんと大きな物が飛び出してきた。化けバッタだ。
「どうする?」
「倒せるけど、カラメルを見失うとまずいから、攻撃してくる感じじゃなければ、そっとしておこう。」
「OK。」
化けバッタは、向こうの方へ飛んで行った。そのうちにカラメルも先に進んでいる。
「あ、洞窟に入っていくようだ。」
「ちょっと暗いな。」
洞窟の中は、日の光がほぼ入らない。
「ライトは?」
「持ってないわよ。」
「もしかして、みんなライト持ってない?」
僕たちはお互いを見合った。
「しょうがない。取りに帰ろう。」
「それだと、カラメルが。」
洞窟の中は魔物が出る可能性がある。特にキンダケがあるとその確率は跳ね上がる。一旦戻って、またここまで来るのに1時間位。移動魔法が使えれば、楽だが、このパーティーで使える者は居ない。
「分かったよ。ファイヤ。」
僕は右手の指の先に火をつけた。
「この明かりで進もう。」
「オズ、それで戦えるのか?」
「いや、魔法に集中しないといけないから。ほぼ戦えない。オリバー頼みだ。」
「まあ、俺にはこのカマイタチの大剣があるから、大丈夫だ。」
「いいこと思いついた!たいまつに火をつけましょうよ。」
「たいまつあるの?」
「私は持ってないわよ。オズさんたちが持っているかと思って。」
ライトが無いのに、たいまつを持っているわけがない。
「オリバー、たいまつ作れるか?」
「この辺の物だけじゃあ、無理だ。」
「じゃあ、これで行くしかないな。それと、気が散ると火が消えるから、あまり無駄な話は止めてくれるかな。」
「ひどい。良い案だと思ったのに、無駄話って。」
プリンは怒っているようだが、仕方ない。
「長時間は魔法出来ない。急いでカラメルの後を追おう。」
僕たちは洞窟の奥へと向かった。
バサバサバサっと奥から音がする。こちらに黒い物体が飛んでくる。毒コウモリだ。
「キャー。」
と言ってプリンが倒れた。またかよ、と思いつつも、僕はファイヤを振りかざして、プリン周りの毒コウモリを追い払い、その間にオリバーがカマイタチの大剣で毒コウモリを全部倒した。
「しまった。急だったから、一瞬遅れて、嚙まれちゃった。」
「僕も一ヶ所噛まれたよ。同時には魔法使えないし、毒消しを使おう。」
毒消しは体に良いとされる草や土を混ぜた粉だ。僕たちはそれぞれ1包ずつ飲んだ。
「に、にがい。」
「良薬口に苦しだ。今治さないと毒が広がっていくし、しょうがない。」
「あ、あれ?」
プリンが目を覚ました。
「なんか気持ち悪いのが飛んでいると思ったら、クラクラしちゃって。」
「毒コウモリだったよ。オリバーが倒してくれた。」
「でも噛まれて、毒消し2個使ったから、もうないね。これ以上は毒状態にならないように注意しないとな。」
「そうなのね。」
プリンがゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫か?入口で待っていてもいいよ?」
「カラメルが待っている。行けるわよ、私もこのヒーローズの一員だから。」
僕たちは更に洞窟の奥を目指した。
「ん?何か居る。目がいくつも光っている。」
警戒心の増したオリバーが気付いた。確かに洞窟の奥に僕のファイヤの明かりを反射してか光っているものがいくつもある。大体膝辺りの高さで横に並んでいる。ファイヤを最大限大きくして奥を照らした。
「ゾンビ犬だ。10数匹居る。」
そう言って、オリバーがカマイタチの大剣を振り回し、5頭ほど倒した。でも素早い動きで躱した他のゾンビ犬がこちらに向かってきた。
「キャー。」
プリンが叫んだが、今回は倒れない。近づくゾンビ犬を足で蹴っている。他のゾンビ犬が隙をついてプリンに飛びかかっているのを見て、僕は咄嗟にゾンビ犬に体当たりした。
「ダメだ。キリがない。」
オリバーが言った。一度倒しても復活するようだ。僕もファイヤで燃して、数頭倒したが、素早い動きで追いつけない。
「このままではダメだ。ファイヤももうそんなに出来ない。一旦消して僕も戦う。」
「分かった。」
オリバーの声を聞いて、ファイヤを消し、剣を抜いた。辺りは真っ暗になった。でも、元々この洞窟で暮らしていたゾンビ犬にとって、それは好都合だった。
「ダメだ。真っ暗でほとんど見えない。」
3人の中で一番弱そうなプリンが一番の標的になり、ゾンビ犬が飛びかかってくる。闇雲に剣を振り回すと味方に当たる可能性もある。僕はプリンの盾になるしかなかった。何度も攻撃を受け、倒れそうになった。その時、ゾンビ犬たちが急に燃え出した。
「え?何?」
「プリン様。助けに参りました。」
洞窟の入口の方から、声がした。
「その声は、サビージョ?」
サビージョは近づいてきて、ゾンビ犬の炎に照らされ、お互いの顔が分かる位置まで来た。サビージョは前と同じくピエロのメイクをして、寝間着姿だった。
「なんだ、お前たちか。」
「え?プリンを助けに来たってことは、知り合い?」
「いいえ、私、こんな変わった人知らないわ。ピエロに寝間着姿ってうけるんですけど。」
「プリン様。お言葉ですが、魔法は一番リラックスした状態が強いのです。理論を突き詰めると、この姿になります。」
「あー、確かに。家では出来たのに、試験では出来なかったことあるわね。」
「でしょう。」
サビージョが相槌を打った。
「知り合いじゃないなら、なんでここに居る?」
「貴族が城の外に出たので、お守りする緊急クエストさ。さあ、行きましょう。」
「おい、待て。俺は今、体力も魔力もない。歩けない。」
ファイヤで魔力を使い果たし、ゾンビ犬の攻撃で立てない状態になっていた。
「だから、何?知らないな。」
サビージョが洞窟の奥に手を伸ばし、プリンに行こうと合図した。
「私は、このヒーローズの一員だから、この人たちと一緒に行くわ。」
「ちっ、3分だけ待ってやる。」
ピエロメイクで表情は分からないが、声色は明らかにイラついていた。
「オズさん、守ってくれてありがとう。格好良かったよ。一日一回しか使えないけど、ここで使うね、ヒール。」
プリンが僕に回復魔法をしてくれた。
「ありがとう。これで歩ける。後は明かりだな。サビージョは、どうやってこの暗い中来たんだ?」
サビージョは答えない。
「サビージョさんは、どうやってこの暗い中来たのですか?」
プリンが聞くと、
「良い質問ですね。私は暗闇でも戦えるように訓練しています。」
と答えた。ああ、これはプリンとしか会話しない奴かと理解し、プリンに目配せした。
「私、暗いと怖いから、明かりが欲しいな。」
「分かりました。おい、そこの下僕。このたいまつを使え。」
下僕って僕の事かよ、と思ったが、たいまつを出された位置、やっぱり僕のことだ。しぶしぶ受け取り、ゾンビ犬の炎を移した。
「プリン様が怖がらないように、明かりを照らせ。3分経ったな、行くぞ。」
僕たちは奥へ進んでいく。
「たいまつって雰囲気でるね。」
プリンの言葉に
「でしょう。」
とサビージョが相槌を打つ。
「あ、カラメル。居た。」
カラメルは、キンダケのそばに優雅に寝ころんでいた。
「結構あるな。」
「全部取っていきましょう。」
僕たちは、キンダケを全て採り、持ってきたリュックに詰め込んだ。
「僕のはもうパンパンだよ。」
「俺のもだよ。」
オリバーと顔を見合わせた。
「では、戻りましょう。プリン様、私の手を取って下さい。」
「え、魔法で出られるの?」
「ええ、もちろん。そこの下僕は使えないようですが、初歩の魔法ですので。」
「じゃあ、一緒に。」
プリンがカラメルを左手で抱き、右手で僕の手を握った。僕は逆の手でオリバーの手を握った。
「ちっ。」
サビージョの舌打ちが聞こえたが、オリバーは構わずサビージョの手を握った。
「本来はプリン様だけだからな。」
洞窟内でこだまする捨て台詞を吐き、僕たちはサビージョの魔法で洞窟を出た。
「もう1回使う。握ったままで。」
そう言ってすぐにまた移動魔法を使った。
洞窟外から城壁外へ移動したようだ。門番が近くに居た。
「これはプリン様。ご無事で良かったです。サビージョ様、ありがとうございました。」
門番は喜んで、僕たちを中に入れた。
ギルドへの道中、
「緊急クエストって誰が出したんだ?プリンの両親?さっきの門番?」
と僕が聞いたが、もちろん答えない。
「緊急クエストってどなたが出したのですか?」
プリンがサビージョに聞き直した。
「それは…内緒にしていた方がプリン様のためです。ご両親も心配されるので、今回の話は一切しないで居て下さい。」
「私の両親は、長男に構ってばっかりだから、大丈夫よ。」
「貴族も大変なんだな。」
そんな話をしながら、ノックアウトデーモンギルドに着いた。