第6章 ハロルド嬢
扉を開けると、ベッドに座り、読書中の少女が居た。近くに白猫の入ったゲージが置いてある。
「貴方たち、何かしら?」
「初めまして、ハロルド嬢様。私達は、猫を探しています。」
僕は写真を少女に見せた。
「この猫は、みーちゃんかな?」
「そうです。みーちゃんです。」
近づいて、ゲージの中の猫を確かめた。首に赤いリボンを付け、青い眼の白猫。同じだ。何よりもエリルがサーチ魔法でこの建物2階、ゲージの中と調べている。間違いないだろう。
「みーちゃんは、この前、お父様がくれたの。私に懐いているし、私のよ。」
どう説得しようか、困っていると、
「貴方には懐いていないわ。」
と、プリンが言った。
「どうして?こんなに寄って来てくれるのに。」
そう言いながら、少女は白猫をゲージから取出し、抱きかかえた。
「じゃあ、勝負しましょう。あなたと私の中央でその猫を放す。その猫が寄って行った方が勝ち、その猫は勝った方が貰えるってことでどう?」
「おい、プリン。勝手なこと言うなって。」
僕はたしなめた。
「パーティーは信じ合うものよ。私に任せて。」
プリンは強引に言った。僕は、眠らす以外に生物を操作する魔法は使えない。プリンは何か使えるのだろうか。
「いいわよ。私にはこれがあるから。」
少女は餌を手に取りながら、言った。
「じゃあ、俺が中央で放す役をするよ。」
オリバーが少女に近づいた。
「そう言って、そのまま持ち逃げするんじゃない?」
「子供相手にそれはしないって。」
「信用できないわ。ここで私がみーちゃんを放して、あなたたちの方に行ったら、あなたたちの勝ち。でも、私の元に来たら、みーちゃんは私の物。」
「それでいいわ。」
プリンが勝手に承諾した。もうしょうがない、彼女に任せることとした。
「じゃあ、放すわよ。」
少女が白猫をベッドに置くと、白猫は一目散にプリンの足元に行き、プリンは白猫を抱きかかえた。
「ほらね。あなたには懐いていない。」
「どんな魔法を使った?」
僕はプリンに聞いた。
「私の武器は魔法だけじゃないの。」
プリンは得意げに答えた。
「信じない…みーちゃんは私に懐いている。私のなの!」
少女から強力な魔力を感じ、僕たちは距離を取った。でも、もう遅い。手足の先の方から徐々にタコの足に変わっていく。
「やばい、変化系の魔法だ。逃げよう。」
でも、先がタコの足になってしまい、思うように動かせない。
「私に触れて。」
プリンが言った。良く分からないが、プリンの肩に、手――というかタコの足に今はなっているが――を置いた。すると、みるみる手足が元に戻っていく。オリバーは手足が木の枝になっていたが、同じように肩に手を置き、元に戻っていった。
「な、なんで?」
「言ったでしょ。私の武器は魔法だけじゃないって。」
そう言って、プリンは首にかけているペンダントを手に取った。
「そ、それって…」
「教科書に載っていたやつ…」
「これは、破魔のペンダント。一部の魔法を効かなくできる。」
プリンがペンダントを持ちながら言った。
「すげーな。よし、逃げよう。」
「まだ、彼女の魔法範囲だから、手を握って。」
プリンから離れるとまた変化してしまう。なので、僕はプリンの肩に置いていた手を離れないようにプリンの手の先に滑らし、手を握り合った。オリバー側は、プリンが猫を抱えているため、出来ずに肩に手を置いたままだ。
「その猫を僕に渡して。」
僕は空いている右手を出してプリンに言った。
「私に懐いているから、他の人には渡せないわ。ええと、オズさんと手を握ってもペンダントの効果はあるから、オリバーさんはそうしてね。」
オリバーはプリンの左肩に置いていた手を離れないように注意しながら、僕のいる方へ向かってくる。オリバーがプリンの右肩まで来た時、
「おい、なんかここ、ねちょねちょするぞ。」
と嫌そうな顔で叫んだ。
「ああ、さっきタコの足で触ったから。」
僕は思い出して言った。
「私の猫よ。返して。」
少女がこちらに歩いてきた。
「この少女倒した方が早くないか?」
僕は言ったが、
「わが剣道場の教えでは、子供には手をあげない。」
とオリバーが答えた。
「じゃあ、粘液なんか気にせず、早く手を握れ、逃げよう。」
「野郎と手を握るのか。」
オリバーはぶつくさ文句を言いつつも、手を握り合い、僕たちは駆け出した。
扉や廊下は3人横列では通れず、オリバー、僕、プリンの順で縦になって逃げていく。
「ちょっと、スピード考えてよね。」
一番後ろのプリンが言った。女性で猫を抱えてだと、確かにそうだ。僕たちはスピードを落とした。それでも相手は少女だ、追いつけない。
「オリバーそっちじゃない。」
単純な道を間違えるオリバーを訂正ながら、階段を降り、屋敷を出た。
屋敷の外では、先ほど眠らせた奴らがまだ眠っていた。
その隣を一気に走り抜けていく。後ろを見ると、走り疲れたプリンの後ろ、誰も人は追って来ない。僕たちはそのまま、東町を抜け出した。
「ここまで来たら大丈夫だろう。」
「じゃあ、手を放せって。」
「ああ、ごめん。」
僕が一番強く二人の手を握っていたようだ。少女の魔法範囲はとっくに抜け出していたにも関わらず。
「なんだあの魔法は?少女であんな凄い魔法が使えるなんて。」
「元々東町でそこまででは無かった五竜館が急速に力をつけている理由は、あの少女なのかもな。」
「怒らせると厄介だ。あのレベルだとかなり鍛えている者でないと変化を防げない。あの魔法で、ライバルを倒していった、とかかな。」
「私、役に立ったでしょ?」
「そういえば、そのペンダントって高級品じゃなかったっけ?」
気になって、僕は聞いた。
「ああ、たしか、教科書見ながら、誰がこんなもん買えるかって、オズと言った覚えあるな。」
「これは、お母様から貰ったの。私、役に立ったでしょ!」
「ああ。」
もう、文句は言えなかった。プリンが居なければ、少女の魔法で完全にタコに変えられていた。
「じゃあ、この先も私はパーティーの一員ね。」
「実力じゃないのが腑に落ちないが、約束は約束だ。ただ、この先も危険だからな。それは覚悟しろよ。」
「偉そうに。私が居なければ、二人とも死んでいたでしょ?」
「そういえば、猫はどうやってプリンの方に来させた?」
僕は恥ずかしくて話題を変えた。
「私の武器は魔法だけじゃないの。」
プリンは得意げに同じ答えをした。
ギルドに着き、中に入った。
「あら、その猫。クエストクリア出来たの?」
との受付の言葉に
「何とかね。」
僕は答えた。
「おめでとう。じゃあ、報酬は依頼人から受取ってね。」
「ああ、プリン。その猫、受付に渡して。」
とプリンの方を見ると、プリンはお札を数えだしていた。
「はい、5万ベル。きっちりあるわよ。」
「え、なんで?」
「依頼人、私だから。依頼した時に、5級クエストで進級できるって知って、登録もしたの。」
「じゃあ、猫がプリンの方に来たのは…」
「私が本当の飼い主だからよ。」
「魔法でも高級装備でもなんでもねえ。」
「言ったでしょ。私の武器は魔法だけじゃないって。」
「あ、このクエストのために30ベル使ったんだ。そうだ、30ベルくれ。」
「それは無理よ。流石に5万ベルは私の貯金全部だから。」
「じゃあ、この5万から必要経費として30ベル引いて。」
「それだとカマイタチの大剣が買えない。わが剣道場の教えでは、約束は守る、だったはず。」
オリバーが悲しそうに言った。
「分かったよ。こんな損な役回りが勇者か、悲しいな。どんどんクエストやって貯めよう。5級クエストのキンダケ1㎏取ってくると報酬はどの位かな?」
「キンダケ1㎏で500ベルです。」
「え、より危険なクエストなのに?」
「さっきのクエストが破格だっただけです。依頼人が相場知らずの金持ちだったから。」
「それは言わないで。」
プリンが慌てている。
「プリンは金持ちなのか?」
5万ベルをポンと払える人なんて、大人でもそうそう居ない。ましてやこんな小娘で。そして、破魔のペンダント。そんなもの親から貰える家なんてまずない。
「あら、本人から聞いてなかったの?貴族の子よ。本来なら、年下でも様をつけるべき相手。」
「え、え!?貴族!?住む世界が違う人たちじゃないか。」
僕は思わず大きな声を出してしまった。ギルドに居た他の人達も貴族と聞いてこちらに視線を向けている。この町の中心に国王の城があり、その周りに貴族の屋敷がある。さらにそれを取り囲むように城壁がある。王族、貴族以外はその城壁内には入れない。僕やオリバーはその城壁と町の内外を分ける外城壁の間で育った。ごく稀に貴族がこの辺りを通ることはあるが、僕たち庶民は道を譲り、道路脇でひれ伏さなければならず、貴族の顔を見たことは無かった。
「学校も俺たちの学校とは違うはずだろ。こんなクエストで進級する事もそもそも必要ないはず。」
「ううん。私は普通の学校に通っているの。貴族だからって特別扱いされたくなくて。」
「考えはご立派だけどさ。結局、自分の力では進級出来ず、親がくれた高級装備、お金のお蔭じゃないか。」
「ひ、ひどい。」
「おい、オリバー、言い過ぎだぞ。プリン様に謝れって。」
「オズさん、あなたもよ。様付けは止めて。これまで通りプリンでね。」
「ああ、ごめん。もう特別扱いはしない。プリンさ、いや、プリン。」
「うん、それでよし。」
「早くカマイタチの大剣、買いに行こうぜ。」
「いや、オリバーお前も謝れって。」
そんな言葉は聞こえないふりでオリバーはさっさとギルドを出ていく。オリバーからしたら、もうカマイタチの大剣で頭がいっぱいのようだ。
商店街に着くと、
「え~あの服フリフリ付いていて可愛い~、その上、熱耐性も付いているわ。」
プリンがはしゃいでいる。
「カマイタチの大剣買うから、他は何も買えないよ。」
「お小遣い1ヶ月分ね。1ヶ月後来よっと。」
値札見ると、2000ベルと書いてある。僕からしたら、大金ですけど…。
「カマイタチ~カマイタチ~」
オリバーはずっとこれを歌って上機嫌だ。そのまま武器屋に入っていく。
「これがカマイタチの大剣。」
オリバーが大きな剣を手に取り、構えて、素振りをし始めた。
「どれどれ。僕にも持たせて。」
「結構重いよ。」
そう言ってオリバーが、僕にカマイタチの大剣を渡した。
「おっも。」
片手だと落としそうになり、両手でなんとか持ったが、ゆっくりしか振り回せない。
「よくこんなの片手で振り回せるな。」
「鍛え方が違うからね。本気でやると、周りを一気に倒せる。ここでやったら、店の人に怒られちゃうけど。」
「僕はこっちの鬼殺刀の方が手にしっくりくるな。」
同じぐらいの値段で重くない武器を手に取り、素振りした。
「それも強いけどね。剣士にとって全体攻撃は夢だから。」
魔法が使えないオリバーからしたら、全体攻撃が出来る武器は魅力的なのだろう。
「稼いだら、次は僕用にこの刀を買っていいかな。」
「いやいや、金の鎧でしょ。」
オリバーがピカピカの鎧を指さす。
「それ着ると、金目当ての不良や獣が寄ってくるよ。」
「あ~、天の羽衣の新作が出てる。今度お父様に買ってもらおうっと。」
「それはちょっとスケスケじゃないか?」
「夏場はこれ位が丁度良いの。」
プリンがむっとした顔で答えた。
「いや、戦いだから、身を守れるかどうかが重要で。」
「可愛い服の方が気分上がるでしょ。てことは、より強くなれるわ。」
「はいはい。」
オリバーが形から入るのは分かっていたし、この商店街で最強格の武器であるカマイタチの大剣を初めに買ったのも彼の性格を踏まえてだ。でも、プリンまで見た目重視とは、この先が思いやられる。
「次は、5級クエストで魔物と戦う可能性が高い。回復飴一つだけで足りるかな?」
オリバーに聞いた。
「それは買った方が良いでしょ。」
「金ない。」
「いや、俺も出さないよ。」
「お困りのようね。」
「プリンも金無かったはずでは?」
「じゃじゃ~ん。」
そう言って、回復飴2つを見せた。
「どうしたの?」
「エリルさんに移動魔法してもらう時に、30ベル渡したら、これと毒消しくれたの。」
「ああ、あいつ律儀だからな。きっちり30ベル分の商品か。」
「金にうるさい分、貸しを作りたくないって考えだからな。エリルにとって、魔法はおまけとかサービスと考えているんだろう。」
「意外と良い人じゃない?」
「プリンのように金持っている人からしたら、そう映るかもな。」
「仲間にはならないの?」
「魔法で生きていくとか魔法が商売道具だとか、エリルはそういう考えじゃないんだ。逆にそんな考えだから、攻撃魔法や回復魔法が使えない代わりに、特殊魔法に長けるようになったんだろう。」
「そう、魔法って、才能と思想が顕著に出るからね。まあ、魔法出来ない俺が言うのもなんだが。」
「僕も勇者を目指していたから、それに相応しい魔法が使えるようになった。プリンもそうじゃない?」
「う~ん、それは内緒。」
「なんだ、気になるな~。」
そうは言いつつも大体分かる。回復魔法が使える人は、基本良い人で捻くれてはない。
「じゃあ、買い物済んだし、明日10時にギルドに集合。キンダケクエストをやろう。」