第1章 オリバー
「まだ立てるだろ、こんなのでやられていたら、勇者に成れないぞ!」
親父の言葉で僕はまた立ち上がった。
毎日この繰り返しだ。学校から帰る僕を親父は待っていて、竹刀で殴り掛かってくる。
分かっている。毎日そうだから。僕も躱して竹刀を手に取り、親父に振り下ろす。
でも、10歳の僕には、大人の親父が大きすぎて、腕の長さも力の強さも敵わない。
結局ボコボコに殴られる。
この世界では勇者に成って魔王を倒せば、一番の報奨金を貰え、最も尊敬される。子供たちの多くが将来の夢として勇者と語る。
母親は僕がまだ物心つかないうちに魔王軍に殺されたらしい。親父は敵討ちのため、勇者になれ、と言い、僕に稽古という名のいじめをする毎日だ。でも僕自身、勇者になることを願っていた。親父と毎日戦っていたからだろうか、同級生の中では、僕は強い方だ。でも、僕より強い奴が一人だけ居た。オリバーだ。彼とは出席番号が隣で小さい頃から仲が良かった。
「オリバー、お前強いな。」
「ああ、剣術ならね。親が道場持っているし。でも魔法はからきし駄目だから。」
「将来どうするのさ?」
「そりゃあ、勇者さ。」
「じゃあ、魔法使えなきゃやばいだろ。」
「ああ、でもなぜか使えない。血筋的にも剣士タイプだし。」
「剣術教えてくれないかな。家だと何も指導なしに親父が殴りかかってくるだけだし。」
「ああ、いいよ。その代わり魔法教えてよ。」
そんな感じで放課後、オリバーと共に教え合う日々が続いた。帰る時間が遅くなり、当初親父は怪しんだが、同級生と剣術や魔法を教え合う姿を見て、これも勇者に必要と思ったのか、何も言わず、ただ、家に帰ると倒れるまで親父に叩かれる日々が続いた。
15歳の時、初めて親父に勝てた。それもそれから3日間3連勝した。親父はもう勝てないと悟ったのか、それ以降竹刀で殴り掛かってくることは無くなった。
18歳になり、同級生がそれぞれの職業を考える。僕は当然勇者だ。でも、僕一人では大勢の魔物を倒せない。そこで、オリバーに相談してみた。
「オリバーは将来どうする?」
「俺は親父の跡ついで、道場で剣術を教えるかな。」
「勇者になる夢は?」
「ああ、諦めた。俺はやっぱり剣士タイプだって理解した。」
「僕はまだ勇者になる夢を諦めてない、勇者になりたい。」
「ああ、良いと思うよ。」
「いやでも、剣術は君に勝てないし、魔法も本当の魔法使いには敵わない。」
「勇者ってそういう器用貧乏でしょ。」
「ああ、確かに。でも、勇者になるのは仲間が必要で、オリバー、君に仲間になって欲しい。」
「魔王を倒すか。そしたら、うちの道場やばいことになるぞ。」
そう言って、オリバーは笑顔で僕の肩を叩いた。
「魔王を倒す仲間になってくれるか?」
「ああ、もちろん。待っていたよ、そう言ってくれるのを。勇者になるのは諦めても、そのパーティーに加わるのは諦めてなかったから。」
「他のメンバーはどうする?」
「え?決まってない?」
「うん、君以外あてがないから…ノックダウンデーモンギルドに登録するか。」
「ああ、クエスト探すにも登録が必要だし、パーティー募集もかけてみよう。」
僕たちは、ギルドへと向かった。
「いらっしゃいませ。初めての方ですか?」
建物に入った時の僕たちの挙動不審さで受付は気づいたのか、そう聞いてきた。
「ええ。ギルドに登録したくて。」
「では、こちらの用紙に必要事項を記入して下さい。」
名前や年齢、得意分野などを記入していく。
「パーティー名どうする?」
「それも決めてないのかよ。」
「いや、ずっと考えていたのはあるけど、恥ずかしくて。」
「何?良いから言ってみろよ。」
「ヒーローズ。パーティーみんながヒーローであって欲しいから。」
「確かに恥ずかしいな。ただ、リーダーの勇者がそうしたいなら、俺は反対しないぜ。」
「他に必要なメンバーって、魔法使いとヒーラーで良いかな?」
「ああ、そうだな。お前も攻撃魔法、回復魔法使えるけど、そこまでのレベルじゃないし、かといって人数多いと報酬の分け前で揉めるって言うから、そう考えると、それが一番バランスとれている。」
それから、1週間僕たちは毎日ギルドに通ったが、仲間の応募は無かった。
「他のギルドに替えるか?」
「はっはっは。」
ギルドの中で笑い声がこだました。
「何が可笑しい?」
僕は笑い声の方を見た。ギルド奥のテーブルに男性4人が腰掛けて、笑いながらこちらを見ていた。
「お前らみたいな青二才なら、そんなものだろ。命を預ける仲間だぞ?当然俺等のような実績ある者と組みたがる。ギルドを替える?同じだろ。お前らの実力がないだけだからな。」
「こう見えて俺たちは、剣術なら同級生で1,2を争うレベルだ。」
「だから何?そういう奴らばっかりだ。強力な魔王軍と戦おうとする者たちは。このギルドでは、お前らの実力は最低レベルだろうな。」
「最低レベル?俺はお前らより強い!」
そう怒って、オリバーは男達を睨みつけながら、彼らのテーブルに歩き出した。このままだと殴りかかるだろう。
「おい、オリバー、落ち着けって。ここは、この地域で一番大きなギルド。ここで騒ぎを起こしちゃあ、何も出来なくなってしまう。」
僕は慌ててオリバーの後を追いかけ、後ろから羽交い締めにして言った。
「仲間割れしてやんの。これだから初心者は。はっはっは。」
再び男達の笑い声がこだました。4人の中で最も大きくて屈強な男が立ち上がり、こちらに向かってきた。
「剣術なら1,2か。逆に言えば、それ以外はそこまでじゃないってことだ。自分から弱点言うなんて馬鹿だね~。それとも、剣を抜くか、このギルドで?」
「ふざけるな。」
オリバーが僕の羽交い締めを外し、剣に手をかけた。その時僕は、倒れそうになった。
「おいおい、なんだよ。眠らすなよ。」
「ここで騒がれると、俺達にもペナルティが発生するから。まあ、こんな初歩的な魔法に引っかかるなんて弱すぎだけどな。はっはっは。」
男達の会話を意識の遠くで聞きながら、僕とオリバーは深い眠りに入ってしまった。