(3)
「あそこが事務所だ」
ルガァーが、エラに付き従って連れてこられたのは、薄いコンクリート仕立ての建物が、ずらりと立ち並ぶ場所だった。
そこでエラがある建物を指し示した。だが似たような外観の建物ばかりのせいで、具体的にどの辺りが事務所なのか、ルガァーには全く見分けがつかない。
曲がり角の端にある、シャッターの降りた三階建ての建物にエラが入っていたのを見て、ようやくそこが事務所だとわかった。近くで見ると、くすんだ壁に、汚れた看板が掛けられてあった。そこに消えかけの文字で〈壊し屋〉と書かれてあった。
エラが、シャッター横にある開けっ放しにされたドアを通って、中に入っていくと、ルガァーもその後ろに続いた。
「うわ!」
事務所に入るや否や、ルガァーは驚いて思わず一歩後退った。扉の先で真っ先に出迎えてくれたのは、ごつごつとした厳ついオフロードタイヤを備えた、四人乗りの四輪駆動車だった。どうやら一階部分はこの自動車の車庫になっているようだ。
「おやっさん! 帰ったぞ!」
エラが大声で誰かを呼ぶ。
すると、
「おお! やっと帰ってきたか」
車の下から、しゃがれた声が聞こえたかと思うと、一人の老人がひょっこりと顔をのぞかせた。
「なんじゃ、そのガキンチョは?」
よっこいせと呟きながら車の下から這い出てきた、禿頭にわずかばかり白い毛が入り混じった、小柄で細身の老人が、訝しげにルガァーを見つめる。
至る所がオイルで黒く汚れた白のタンクトップと、ツナギのズボンからは、いかにも頑固者の技術者の雰囲気が漂っている。
「エラ、おめぇいつの間に子どもなんかこさえてたんだ。しかもこんなデッケェのを!」
「ボケたこと抜かしてんじゃなェーよ、じじい。コイツがあたしの子供なわきゃねぇだろ。さっき暴走落伍者に襲われてたのを助けたんだよ。親とはぐれたみたいだからとりあえずうちに連れてきたんだ」
「なんだそうか」
老人はつまらなそうに呟き、首に巻いていた手ぬぐいで額に浮かんだ汗や頬を黒くしているオイルの汚れを拭う。
エラは手元の紙袋を掲げた。
「昼飯、買ってきたぜ。飯にしようや」
「おう。すまねぇな」
紙袋をみた老人はわずかに相好を崩した。
そのタイミングを見逃さず、エラは懐からキューブ型の装置を取り出し、老人に手渡す。
「はい、LCD。また調整しといてくれ」
「ッたく人使いが荒くてこまるぜ」
「それと、義手。こわしちまった!」
「はぁ⁉」
てへっとお茶目に舌をだし、拳をこつんと頭に当てる仕草をするエラを目にした老人の顔が、みるみる怒りの色に上塗りされていく。
「馬鹿野郎‼ 昨日修理したばかりだろうがッ! なんでおめぇそう毎度毎度仕事の度に腕を壊してきやがるんだ!」
そして手狭な室内に怒号が響いた。
「いやでもこっちも命がけで!」
「言い訳なんか聞きたくねぇ! 商売道具をすぐダメにしちまうってことはな。ソイツが二流だって証なんだよ! ったく修理用の部品集めるだけでもどれだけ手間と金がかかると思っていやがる!」
一瞬うんざりしたような表情をみせたエラは、しかし自分中にある何かを呑み込むようにしながらまさしく渋々といった感じにしおらしく頭を下げる。
「……ごめんって。でもふざけて壊したわけじゃねェんだよ。わかってくれよォ」
親に叱られて許しを請う子どものように甘ったれた声を出すエラのつむじを、しばし睨みつけていた老人は、やがて呆れのふんだんに籠ったため息を吐き出す。
「……もう諦めちまったよ。どうせどんだけ叱ったって、おめぇはすぐに壊してくるんだからよ。とりあえずその腕はそこの台に置いとけ。直るまでは代用品をつかっとけ!」
「サンキューおやっさん。じゃ、飯にしようぜ!」
しおらしさから一転、弾けるような満面の笑顔を浮かべるエラを見て、老人はもう一度ため息を吐いていた。