(2)
その後も、ルガァーはエラの二歩分後ろをついて、街を歩いた。時折、すれ違う人々がエラに話しかけていく。その度に、エラは気さくに応じていた。
「おーい! エラじゃねぇかっ‼」
するとまたしても、誰かが非常に気安い雰囲気で声をかけてきた。
しかし声の主の正体を目にした途端、ルガァーはエラの背後に隠れ、じっと身を固くする。
だがルガァーのその突然の振る舞いも何ら無理はなかった。なぜなら、目の前に現れたのは、二体の落伍者だったからだ。
「おお。マイクとユーゴか! なんだ、巡回中か?」
しかしエラは、二体の落伍者を前にしても動じるどころか、まるで旧来の友人と接するような気さくさで、二体の落伍者に話しかけていた。しかも外見上はほとんどの見分けのつかない二体を、名前で呼び分けていた。
よく見ると、二体の胸元にはそれぞれ、【A441-51】と【A441-42】とシリアルナンバーが記載されてあり、さらにその下の装甲に『マイク』、『ユーゴ』と各自の名称が刻まれていた。
「まあ、そんなところだ」
胸元に【A441-42】、『ユーゴ』と書いてある方の落伍者が、落ち着いた調子で答えた。
すると『マイク』が、オーバーなジェスチャーで訴えかける。
「なあなあ聞いてくれよ、エラっ! なんでよりにもよってこんなクソ熱い日によぉ。巡回なんかしなきゃいけねぇんだよ。最悪だろ」
「なにバカ言ってんだよ。あんたらの体は暑さなんか感じねェーだろ」
「ばッか! 街の連中が暑そうにしてるのを見たら、こっちまで暑くなった気がしてくんだよ! 気分の問題だ、気分の! なぁ? ユーゴ」
「いや、全然」
「オイオイ、そりゃねーだろ」
ユーゴの淡白な返答に、マイクが両手を広げてオーバーにツッコむ。
おしゃべりなマイクと、口数の少ないユーゴ、見た目は瓜二つだが、性格は全くと言っていいほどに異なっていた。
凸凹コンビの落伍者ジョークに、エラは自然と笑みを浮かべていた。
「そういえばエラ。ジースの件聞いたぞ」
ヒートアップして余計に熱苦しくなってきたマイクを抑えるため、比較的クールな性格のユーゴが別の話題を持ち出して会話の方向を切り替える。
「一応、俺たちからも礼を言わせてくれ。ありがとう。これでアイツも少しは浮かばれただろう」
「あんがとな」
暑い暑いと騒がしかったマイクも素直に頷く。
「なに別に感謝されるようなことはやってないさ。それにしてもさすがの耳の早さだな」
「まあそれが落伍者のネットワークだからな」
マイクは鋼鉄の指先で、自分の鋼鉄の頭をつついてみせる。
「前々から聞いてみたかったんだけどよ。落伍者同士で情報を共有してるっつうのは、どういう感じなんだ?」
「そりゃあ、最初は気持ち悪かったぜ。急に知らない情報が流れてくることがあるし、どこにいるかなんて則バレだからな。まあでも、十年も経てば慣れるもんだな。むしろ昔の感覚を忘れちまったよ」
マイクは実に軽い調子で肩を竦めた。
「でも情報を共有してるってことはつまり記憶を共有してるってことだよな。人格に影響とかないのかよ?」
「どうなんだろうな? あまり自覚はないが、ひょっとすると変わってるのかもしれない」
ユーゴは特に深刻さもなく呟く。
「ところでよぉ、そのガキはどうしたんだよ?」
マイクはずっと気になっていたのか、いつの間にかエラの背に隠れていたルガァーを指して言った。
「ああ、ジースの暴走に巻き込まれてたんだよ」
「それは災難だったな」
ユーゴが同情と申し訳なさが半々といった感じのトーンで呟いた。
腰を屈めたマイクが、ルガァーに向かって、わぁー、と両手を大げさに広げて、意味もなく脅かそうとする。だが当のルガァーは、エラの背に隠れたまま、石にでもなったみたいにピクリとも動かない。
「おい、なんかめちゃくちゃ睨まれてんだけど」
どこまでも空気の読めないお調子者のマイクを、ユーゴが窘める。
「やめろ、マイク。その子は俺たちが怖いんだ。そっとしておいてやれ」
ユーゴの忠告を受け、そーだな、と少しだけ寂しげに呟いたマイクは、のっそり立ち上がった。
「それじゃあ、俺たちはいく」
「おう」
「じゃあな」
ユーゴが先に進んでいくと、マイクも元のお気楽さに戻って、大腕を振って去っていった。
二人の姿が見えなくなったところで、エラは、腰に張り付いたままのルガァーに声を掛けた。
「悪いな。アイツら別に悪いヤツらじゃないんだけど。やっぱ落伍者は怖いか?」
「ううん。あんや奴ら怖くない。ただ憎いだけ」
ルガァーはマイクとユーゴが去っていた道を睨み据えたまま、呪いの言葉でも吐くように憎々しげに呟く。
ルガァーの言葉の半分は嘘で、半分は本当なんだろうということを、エラは何となく理解できた。その姿はまるで昔の自分を見ているようで……。
だけど、ルガァーに彼らのことを誤解したままでいてほしくないという思いもある。
「でも、あんななりだけどよ。アイツらもあたしらと同じ人間なんだぜ。頭から取り出した人間の脳を、機械の体に埋め込んでんのが、落伍者なんだ。しかもアイツらの多くは望んであんな姿になったわけじゃ――」
「――そんなの知らないよ! さっきだって殺されかけたし。それに、あいつらは、あいつらは……」
それ以上は言葉にならなかった。
このか弱い少年の胸には、計り知れない落伍者への憎悪が宿っているのだということを、エラは改めて悟った。だがルガァーのような考えを持つ人間は、決して珍しくはない。
テクノロジーを積極的に身体に取り入れることで、更なる進化を求めた進化派と、テクノロジーはあくまでツールの一種であるとして、科学技術による過剰な進化を拒んだ道具派。そのの両者の間に生じた争いは、やがて途上国と先進国との格差問題と結びつき、世界を巻き込む大戦へと発展した。
そして長きにわたる戦いに、勝利を収めた進化派は、自らを新人類と称し、敗者となってなおテクノロジーによる進化を拒む人々を、人檻に隔離し、旧人類と分類した。
戦時中、新人類によって作り出された多くの兵器によって、たくさんの旧人類は殺され、多くの憎しみを生み出している。
この世界の中には、ルガァーのように新人類を憎む人が未だに多く存在する。そして、その憎しみの矛先は、新人類が生む出した兵器の一つである、落伍者にも向けられている。
だが、落伍者たちは、決して自ら進んで兵器となったわけではないことを、エラは知っている。彼らの多くは、かつて大戦時に旧人類として戦っていた兵士だ。
大戦終結後、旧人類の抵抗力を削ぐ目的で、多くの兵士が落伍者になることを強いられた。大切な家族、友人を守るため、彼らは己の肉体を捨て、脳髄を差し出したのだ。
だがそんな事情を懇切丁寧に説明したところで、決してルガァーの憎しみが晴れるわけではないだろう。
「わるい。あんたの気持ちも考えずに押しつけがましかったな。……うちの事務所まで、もう少しだ。着いたら、一緒にサンドイッチでも食おう。この店のたまごサンドは絶品なんだ」
エラは、紙袋を掲げて笑いかけた。
ルガァーも毒気を抜かれたように、落ち着き、黙って後ろをついてくるのだった。