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(1)

 第十三管理区最大の都市、アッシュ。その中でも最大の市場があるマーケットストリートを、エラとルガァーは歩いていた。


「ほらッよ」


 近くの水屋で、飲料水の入った五百ミリリットルサイズのスパウトパウチを二袋買って戻ってきたエラが、片方を無造作に投げた。

 宙を舞う半透明の容器を、ルガァーは辛うじて両手でキャッチする。だが戸惑った様子でパウチを見つめるばかりで、口を付けようとはしない。


「ごくごくごく。っぱぁ! うめぇ」

 エラはスパウトパウチのキャップを外すと、ろ過された飲み水を干上がった喉に一気に流し込む。冷えた水が渇いたのどを潤していく。暑さのせいで失っていた生気がみるみる回復していく。


「おい。じっと見てたって喉は潤わねぇだろ。せっかく買ってやったんだからぬるくならないうちにさっさと飲んじまえよ」


 エラが五百ミリリットルをあっという間に飲み干し切ったところで、ルガァーはようやくキャップを開けて慎重にちょっとずつと水を呷る。疲労でくすんでいた目がわずかに潤いを取り戻す。

 エラはその様子を確認してから再び歩き出した。


「ったく、にしてもあちぃなー。こういう日はめちゃくちゃでっかい水たまりの中に何も考えずに飛び込みたいよな。なぁ?」

「……」

 うだるような暑さに、手で自分を扇ぎながら、エラが斜め後ろをついてくる少年に気さく話しかけてみた。だが斜め後ろを見るとルガァーは黙ったまま水を飲んでいる。


(……愛想のねぇ、ガキ)


 やっぱり自分の豪快な(他人から言わせればガサツらしい)気質は、子どもとの会話に不向きらしい。そう結論付けたエラは、早々に、らしくないことはやめて黙って歩くことに決めた。


 そうこうしているうちに、目的の店に辿り着いた。

 それは木製の簡素な出店だった。看板には『デルドゥックサンドイッチ』と書かれている。


「オヤジ! いつものヤツ、三つ頼む」

「おおッ! エラ。丁度出来立てだぞ! そうだ! 一つ分負けてやるよ」

「いいのかい?」

「おうよ。エラにはいつも世話になってるからよ!」

「そうか? なら、お言葉に甘えて」

 エラは数枚の硬貨を差し出し、代わりに薄茶色の紙袋を受け取った。


「ちょっと! エラちゃん!」


 その時、道を挟んではす向かいの出店から、エプロンを身に着けた中年の女性が声をかけてきた。店の前には数種類の果物が陳列されていた。馴染み果物屋の女店主は、笑顔で手招きしている。


「どうした、おばちゃん?」

「なに、この前、迷惑な酔っ払いを追い払ってくれたじゃない! その時のお礼よ」

 そういって果物屋のおばちゃんは、エラに赤々としたリンゴを差し出した。

「いいのが入ったの。これタダで上げるわ」

 エラはまるまると実ったリンゴをひと齧りする。

「おお! 確かにうまい」

「でしょー」

 おばちゃんは自慢げに笑う。


「なぁ。おばちゃん、金は払うからさ。もう一個くれねぇか?」

「ええ、いいわよ。というかエラちゃんにはいつもいろいろとお世話になっているから、もう一個もタダでいいわよ。おまけしとくわ」

 気前よく差し出されたもう一個のリンゴを、エラは有難く受け取った。


「サンキュー」

 そしてルガァーを伴って表通りをまた歩き出す。


「おいこれ」

 そう言ってからエラは齧られていな方のリンゴをルガァーに突き出した。


「事務所に行って飯は食わせてやるけど、その前にちょっと食っておけよ」

「でも……」

「ガキが遠慮すんなって」

 エラはルガァーがそれ以上何かを言うより先に、リンゴを押し付けると、自分の食べかけのリンゴに噛り付く。

 ルガァーはしばらくリンゴを手に持ったままだったが、やがて空腹に負けて一口齧る。すると、一度、おっ! と驚いた顔をした後、無心でリンゴにかぶりついていた。


 マーケットストリートをしばらく進むと、薄コンクリートの建物に囲まれた円形状の広場に出た。ここは街の中央に位置する大きな広場で、住民たちの数少ない憩いの場だ。


「おい! あれを見て見ろよ」

 立ち止まったエラは、遠くの空を指さした。


 その先には、街を見下ろすように、一本のタワーがそびえ立っている。殺風景な街の景観とは不釣り合いな近代的なデザインの高層建築物だ。

「あそこが、第十三管理区役所庁舎だ。つってもほとんど管理区長の私物みたいなもんだけどな。街の負のシンボルさ」

 エラは吐き捨てるようにぼやく。


「管理区長のジオーレを知ってるか?」

 ルガァーはふるふると首を横に振った。


 すると、エラが、今度は広場の中央を指し示した。そこには五メートルほどの高さの、誰かの顔を模した巨大な胸像がでかでかと鎮座していた。あの悪趣味な像と同じものが街の至るところに置かれてある。


「あのアホ面が、ジオーレ。見たことあるか?」

「……しらない」

「そうか……知らねぇか」

 エラは難しそうな顔で表情を歪める。


「ルガァーは、なんでジオーレの部下から追われてたのかわからねェんだよな?」

 ルガァーがコクっと頷く。

 今更ながら、かなり厄介な問題に首を突っ込んだんじゃないかと悟り、エラの口からは自然とため息が漏れ出ていた。


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