(3)
落伍者が単なる鉄の塊になったことを確認してから、ようやく女は地面に降り立った。
「ふぅ~。やっぱキャンセラーを使うと、どっと体にくるなァ」
そう言いながらドサッと地面に腰を下ろすと、首筋に接続したキューブを取り外し、荒い息を整えていた。やがて呼吸が落ち着くと、よっこらせ、と起き上がり、口元のインカムで誰かと連絡を取り始めた。
「こっちは今終わった。……大丈夫。……うん、グッドタイミングだったぜ、旦那。マジで助かった。……ああ、ジースだった。……おう、後はあたしが全部処理しとくから、旦那は自分の仕事の方に向かってくれ」
女は口元からマイクを話し、今度はと左手の義手に意識を向け、
「ああッ‼ やっべぇ、手首が動かねぇし、スティンガーも収納できねえ。完全にいかれてやがるな、これ。ああ最悪だ。また頑固ジジイにどやされるぅ!」
故障していることに気が付いて項垂れていた。
そうこうしてると静かな広場に物々しい駆動音が近づいてきた。
路地裏に面した狭い道に、広場の中央で機能を停止した暴走落伍者と、同じデザインの落伍者たち六体が姿を現した。しかし彼らの隻眼は、平常運転を示す青色だった。
集まった落伍者たちが、広場に散らばった暴走落伍者の残骸を回収し始める中、そのうちの一体が、女に近づいていく。
「エラ、ご苦労。急な用件ですまなかったな」
落伍者は音声出力装置から厳格さを感じさせる重みのある声を発し、エラと呼ばれた女を労った。
「おう、隊長! 別に構わねェよ。うちは実質、第十三管理区処理課の下請けみたいなもんだからな」
するとエラと呼ばれた女の方もフランクに応じる。旧人類の女性とそれを殺すためにつくられた兵器が会話をしているというのは、傍からみれば異様というほかない。
処理課とは、第十三管理区の区長が独自に設けた、暴走した落伍者を破壊し、街への被害を防ぐ部門であり、その構成員のほとんどが落伍者で占められている。
隊長と呼ばれた落伍者は、血と肉片の飛び散った凄惨な現場を眺めて問いかける。
「また派手にやったな。この死体たちは管理区長の部下か?」
「みたいだな。まあこいつらはあたしが来る前にくたばっちまってたけど。それよか――」
エラは沈痛な面持ちで、広場の中央、自らが機能を停止させた落伍者に視線を移した。
「『A四四一―三五』、ジースだ」
エラの視線の先、機能を停止した落伍者の左胸には、個体を識別用のシリアルナンバーが印字されている。そしてその上に、『ジース』、と鋼の装甲を削って刻みつけてあった。
隊長は、冥福を祈るかのように静かに活動を止めた機体を見つめ続ける。
「部隊の仲間では六人目か」
「だな」
二人の間に微かな沈黙が流れる。
「それにしても本当に助かった」
「なぁに、どうってことねェよ。それに出来るなら、みんな、あたしの手で葬ってやりたいしさ」
エラは、自らの左手の義手を右手でさすった。
「かつての部隊のメンバーは皆、それを望んでいるだろう。無論、私もな」
静寂が両者の間で流れる。しばらく互いに黙って目の前の鉄の骸が専用の輸送ポッドに映され運ばれていく様子を見つめていた。
「にしても、最近、落伍者の暴走が多いよな?」
「ああ、第十三管理区で、今年だけでもうすでに五十三体の暴走が確認されている。そしてジースで五十四体目だ」
「まあよく考えれば、大戦から十年だもんな。劣化かね?」
「人檻に落伍者のメンテナンスを行える者はいないからな。機械が十年もメンテナンスなしで稼働し続ければ、壊れるのも必然だが……。それにしても今年の暴走の件数は異常だ」
「噂じゃ、解放軍によるハッキングだっていう話もあるみたいだけど、それはどうよ?」
「旧人類の技術で、新人類のテクノロジーに太刀打ちできると本気で思うか?」
「ま、ありえねェーわな」
エラは肩を竦めて鼻で笑った。
旧人類と新人類で、科学レベルの差は、大戦直後でさえ圧倒的だった。大戦から十年を経た今、その技術の差は百年単位ですらきかないほどの大きな開きがあることは容易に想像できる。
旧人類が恐怖している落伍者でさえ、新人類からすれば過去の遺物でしかないのだ。人檻から出られない以上、現在の新人類の科学力を知る術はない。
落伍者である隊長が重々しく呟く。
「一つ厄介なのは、暴走が他の正常な落伍者に伝染する可能性だ。内部のパーツの劣化によって単体の落伍者が暴走することは珍しくないが、一体の暴走を引き金に、他の落伍者の暴走が誘発されるケースは初めてのことだ。暴走が本当に感染する場合、我々落伍者は暴走者を処理するどころか。近づくことさえできん」
「たしかに十年間、こんなことはなかったな」
「ひょっとすると、落伍者には構造的欠陥が存在するのかもしれん」
「でもさ――」
隊長の発する重苦しい空気を吹き飛ばすように、エラが明るく笑いかけた。
「――だからこそ、あたしらみたいなのがいるんだろ。〈壊し屋〉がさ」
エラは右の手を握ると、隊長の硬い装甲で覆われた胸を軽く小突く。
「大丈夫さ。あたしが、誰も傷つけさせやしないよ。隊長や落伍者になっちまった連中の思いは、あたしが絶対に守る」
そういうと、エラは少し気恥ずかしくなって、はにかんだ。
「……お前には本当に負担をかけてすまないと思っている」
「ナニ、どん! と任せなって」
わずかに頭を下げる隊長の胸に、エラはさっきより少しだけ強い力で拳をぶつけて、満面の笑顔で応える。
「まあ、それそれとしてだ……」
そこで隊長の声のトーンが変わった。嫌な予感を察してエラの笑みが徐々に引きつっていく。
「もう少しスマートにできなかったのか?」
地面は抉れ、四方を囲む建物の壁の至る所が崩れ、大きな穴も開いているという散々な惨状っが広がっていた。
「ムチャ、いうなって! んな余裕ねェよ!」
叱られた子どものようなエラの言い訳に、隊長は嘆息する。
「……ハァ。まあいい。破損については私から管理区長に伝えておこう」
「あたし、アイツに嫌われてるから助かるよ。まああたしもアイツ嫌いだけどな」
すると、エラと隊長が話し込んでいるところに、一体の落伍者が回収作業の終了を告げにきた。
「……よっしゃ! 仕事終了ォー! 腹減ったからめしめし♪」
回収作業が終了したところで、エラは心のスイッチの切り替えでもするかのように、よっ、と大きく伸びをする。
そんな砕けたエラの様子に、隊長は、表情こそないが、呆れていた。
「……ところで、エラ。お前はもう私の部下でもなんでもないんだ。いい加減、隊長と呼ぶのはやめたらどうだ?」
「えー別にいいだろ。あたしにとって隊長はいつまでも隊長なのさ」
エラは開き直った子供のように明るく言い放つ。
「……まあ勝手にすればいい。じゃあ報酬はいつも通り。それから今度もまた何かあったら頼む」
「あいよ!」
隊長が手をあげると、エラもそれに応じた。
「そうだ――」
数歩進んだところで隊長の歩みが止まり、振りかえった。エラは何かと視線だけで問う。
「所詮、私たちは肉体を捨てた亡霊だ。もしもお前に他に本当に守りたいものができたときは、はいつでも見捨てくれて構わない。そもそもお前が全てを背負う必要はないからな」
「そんな……あたしは、ただ」
「勘違いしないでほしいが、何もお前の意志を捨てろと言いたいわけじゃない。お前には感謝している。ただ今私が言ったことを心の片隅には留めておいてくれ」
「……わかったよ」
エラが寂しげに答えるのを、しかと確認してから、隊長は今度こそ広場を後にした。
隊長の無骨で無機質な背中が見えなくなるまで道の先を見つめた後、
「さてと」
広場の片隅の日陰で、両膝を抱いて小さくなっている少年へと目を向けた。
「いつまでそこで縮こまってるつもりだよ」
「……」
呼びかけてみたが、反応はない。
無理なかった。目の前で暴走した殺戮マシンに人の命が無残にすり潰されていったのだ。大人だって卒倒するような光景を見せられて純粋無垢な子供が平常いられるわけがない。
「おい、もー怖いもんはなんもねぇぞ!」
少年の細腕を掴んで無理やり立たせてやろうとしたが、尻を少し浮かせただけで、すぐにその場にへたり込んでしまう。
エラはため息を吐いて、頭を掻いた。正直、彼女の自身あまり子どもは苦手だった。そもそもどう扱っていいものかわからないのだ。
「なぁ、ずっとここにいてもしょうがねぇだろ。あたしがパパかママを探すの手伝ってやるから、いい加減立ったらどうだ?」
「……」
「……ハァ」
面倒になってきたエラの頭に、一瞬放って帰ろうかという考えが過る。そして少年の腕を離した。
だがその時、ぐぅぅぅぅ! という一際大きな獣の唸り声のような音が、少年の腹から響いた。
「ひょっとして、腹減ってるのか?」
少年は恥ずかしそうにコクっと顎を小さく動かす。
しばらくポカンと口を開けて黙っていたエラはいきなり噴き出し、お腹を抱えた。一際大きな笑い声が広場中に響き渡る。
あんな凄惨な現場に居合わせておきながら、お腹を空かせているとは。少年の生来の図太さなのか、それとも生命の神秘なのか。とにかく自分の心配が杞憂だとわかってエラの中で妙におかしみが込み上がってきた。
「しょうがねえ。あたしがなんか奢ってやるよ! 立てるか?」
ひと通り笑ったエラは微笑みながら訊くと、少し頬を赤らめてた少年は、殊の外すんなりと自分の足で立ち上がった。
「あんた。名前は?」
「ルガァー」
少年は今にも消え入りそうな小さな声でそう名乗った。