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(1)


――ハァ、ハァ、ハァ。

 薄いコンクリート製の簡素な建物が立ち並ぶ、荒んだ街の通りを、一人の少年が必死に奔っていた。

 息を切らせ、額に浮かんだ汗をぬぐうこともせず、止まりそうになる足を懸命に動かす。


 貧相な街の外観に反し、通りは買い物をする人々でそれなりに活気づいている。少年は、ゆっくりと進む人垣を縫うようにしてひたすら走った。

 ふと三十メートルほど先の雑貨屋の前で、二つの黒い影が蠢くのが目につき、少年は慌てて方向転換し、建物と建物の間にある細い道に飛び込む。道を曲がる間際、ちらりと走ってきた方を振り返ると、そちらにも二人の黒スーツの男が確認できた。


 路地裏に入っても休むことなく走り続ける少年に明確な目的地はない。いつまで逃げればいいのか、どこにいけば安全なのか全くわからないまま、そもそもなぜ自分が追われているのかさえ分からず、ただただ身を守るという一心で走り続けていた。


 日陰になっている路地裏は薄暗く、また疲労で注意が散漫になっていた少年は、足元に礫があることに気が付かず、つまずいて転んだ。細い足はがくがくと震え、立ち上がるのもやっと。もう二日間近く飲まず食わずの状態で逃げ続けているせいで、いい加減体力も限界に近かった。


 少年は捕まった後に待っている想像もできない恐怖を思い浮かべることで、自分を奮い立たせ、気力だけで立ち上がる。そして再びふらつく足に鞭を打つ。


 入り組んだ小道をしばらく進むと、開けた場所に出た。四方を建物で囲まれた薄暗い広場は、表通りの賑やかさとは対照的に、人気はなく閑散としている。遠くには古ぼけて錆びついた時計台が見えた。背後を見るが、誰かがが追ってくる気配はない。少年は歩を緩め、額に浮かんだ汗をようやくぬぐった。


 束の間の静穏に、張りつめていた精神が弛緩した。途端、喉の渇きに気が付いた。だが生憎と水を飲めそうな場所はない。

 仕方なく建物の陰で休もうとした時、黒いスーツに黒いネクタイ、真っ黒なサングラスをかけた二人組の男が、少年が休もうとした陰の先から忽然と姿を現した。


 落ち着こうとしていた鼓動が再び急速に脈打ち始めるのを感じる。少年は慌てて反転し、元来た道を戻ろうとした。だが振り向いた先にも黒いスーツの男が二人歩いてくる。さらに別の道に逃げようとするも、そこにも他の四人と全く同じ格好の男が立っていた。一瞬気を抜いたうちに、あっという間に囲まれていた。

 

 背格好の同じ五人の男たちがじりじりとにじり寄ってくる様は、まるで動く壁。やがて少年の背がコンクリートの建物の冷たい壁にぶつかった。

 

 少年は最後の抵抗と言わんばかりに迫りくる黒い壁を睨みつけてみるが、子犬の威嚇程度にしか思われていないのか、効果はなかった。

 黒スーツの男たちのひとりの無骨な手が少年に伸びる。


――ドンドンドン。

 その時、どこからか重たい物体がぶつかる重厚感のある音が聞こえた。突然のことに黒スーツの男たちは首を振って周囲を確認する。

 その瞬間、僅かに生じた隙間を縫って、少年は包囲網から抜け出した。


「待て!」

 男たちの一人が叫んだ。だが従う道理はない。そして男の叫びとほぼ同時。少年が駆け出した方向にある薄いコンクリート壁が、いきなり弾け飛んだ。


 巻き上がる砂埃の中に、一つの紅い光が浮かび上がる。やがて砂埃が落ち着くと、巨大なコンクリートの穴から現れたのは、全長二・五メートル、鋼鉄の肉体を持つ、二足歩行のロボットだった。


 それは、かつての大戦の折、新人類によって製造された自律人型兵器であり、そして大戦の終わりと共に、旧人類がわずかに生存を許された隔離領土、人檻(ケージ)の中に、放置された廃棄品。

彼らの内部には、頭蓋から取り出された人間の脳が、情報処理装置として組み込まれている。人であって、人ではない存在。旧人類は彼らを落伍者ストラグラーと呼んだ。


 落伍者(ストラグラー)の隻眼が、紅く、禍々しい輝きを放っている。それが意味するところは、警戒、警告、警鐘。つまりは、暴走状態(エラー)を示している。


 暴走落伍者(ストラグラー)は、決して非力な少年を助けるために現れたわけではない。それは広場にいる誰もが瞬時に理解していた。

 暴走落伍者は、コンクリートの壁が吹き飛んだ衝撃に驚いて転んだ少年の傍らを通り過ぎ、猛然と黒いスーツの男たちに突き進んでいく。


 男たちは腰のホルスターからハンドガンを抜いて応戦するが、鋼の肉体の前では足止めはおろか、傷一つ付けることも叶わない。

 

 戦場で多くの敵兵を殺すことを目的に生み出された自律式の凶器は、無慈悲に男たちをすり潰し、薙ぎ払い、肉塊へと変えていく。


 少年は、一瞬前まで追う側だった者たちが痛みに喚き、切断された腕の断面から大量の血液を噴き出し、いとも容易く命の灯を散らしていく凄惨な光景を、ただ息を殺して見つめていることしかできなかった。

 しばらくすると悲鳴はなくなり、広場は元の空虚さを取り戻した。


 一刻も早くこの場を立ち去らなければいけないと本能ではわかっていても、疲労と恐怖によって少年の足は一向にいうことを聞いてくれない。

 だが何より、熱源探知センサー他、各種多様なセンサーが搭載され、戦車並みの馬力を持つ鋼鉄の怪物の前では、逃げることなど不可能に等しかった。


 標的を失った落伍者(ストラグラー)は、少年という新たな標的を発見し、(なぶ)るようにゆっくりと近づいてくる。


 少年は壁まで這いずっていくのが精一杯だった。

 陰が視界を覆う。目の前に巨大な鋼鉄の塊が立ち塞がった。血の通っていない無機質な赤い瞳が、道端の虫を見るように少年を見下ろしてくる。その禍々しい赤が、少年の脳裏に残酷な景色を蘇らせる。


――猛々しく燃え盛る家々。鮮血に染まった地面。視界に映る全てが深紅に染まった世界で、人の生きる音は消失し、貧しいながらも穏やかな時間が流れていた村は、血肉と脂の燃える独特の異臭と煙だけが充満した死地へと変貌していた――


 落伍者(ストラグラー)の頑強な拳が振り上げられる。


 少年はもはや目を瞑って死を待つしかなかった。

 だが鋼鉄の腕が振り下ろされる直前、遠くから人の叫び声が聞こえた。ような気がした。

 初めは死を瀬戸際の幻聴かと思った。しかし次第に大きくなる声が現実であることを教えてくれた。

何かが近づいていると認識した直後、建物の屋上から黒い影が飛び出すのが見えた。


「見つけたァーーー!」


 叫びながら現れた影の正体、それは若い女だった。

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