七魔法王のすいーつ☆ぷれぜんてーしょん
その戦いは、学院長室にて執り行われた。
「本日の主役、リリア先生が喜ぶお菓子を提供できるのは誰だ!?」
「七魔法王スイーツプレゼンテーション、開催だよ!!」
ショウとハルアの号令によって、愉快なイベントが開催された。
本日が誕生日である保健医のリリアンティア・ブリッツオールは、ふかふかな学院長の執務椅子に腰掛けて困惑したような表情を浮かべるだけだ。肩からは『本日の主役』と書かれた襷をかけ、頭に乗せられているのはホールケーキを模した愉快な帽子である。浮かれ具合が半端ではないのだが、これらは全て問題児の未成年組がリリアンティアにつけたものである。
そして学院長室に集められていたのは、学院長であるグローリア・イーストエンドを始めとした七魔法王の面々だった。問題児による愉快なイベント開催の宣言を受けても怒ることはなく、パラパラと拍手を送る。別に諦めの境地に達している訳ではなく、単に大人だから振り切るほどはしゃげないのだ。
「ルールは簡単です。リリア先生が喜ぶお菓子を提供できた七魔法王が優勝!!」
「優勝した人にはショウちゃん監修のマリンスノウ・ラウンジで提供予定『紫陽花スイーツアフタヌーンティー』の招待券をプレゼントするよ!!」
ノリノリで司会進行役を務めるショウとハルアに、グローリアが「はい」とわざわざ挙手して発言を求めた。
「ここには最有力候補のユフィーリアがいないみたいだけど、そこのところはどうなの?」
「ユフィーリアが出てきちゃうと優勝ぶっちぎりで勝負にならないので、今日はリリア先生の誕生日ケーキを作る大役を任されております」
ショウとハルアは「優勝だよねぇ」「妥協はしないものな」と言葉を交わす。
集められた七魔法王で最も美味しいスイーツを提供できる優勝候補が、第七席【世界終焉】を冠する魔女にして問題児筆頭であるユフィーリアだ。彼女以上の料理上手は世界中を探してもおそらく存在せず、また妥協を許さない凝り性な側面を持ち合わせるので優勝を掻っ攫うのは決定されていた。さすがに平等ではないので、今回はお留守番である。
とはいえ、問題児が参戦しないのは面白くない。そこで最有力候補のユフィーリア以外に参戦してもらう形にした。
「代わりにエドさんが参戦してくれています」
「俺ちゃんも負けないよぉ」
「いやこっちが負けるでしょうが。何考えてるんだ問題児」
エドワードの参戦に、グローリアからの厳しいツッコミが炸裂する。
「だってエドワード君もユフィーリア仕込みの腕前を持ってるんだよ。勝てる訳がないじゃないか」
「だから平等性を持つ為に、今回は特別ルールを設けていますよ」
ショウはちょっと自信ありげに咳払いをし、
「今回はお手製ではなく、お店での市販品・既製品以外は認めていません。手作りはエドさんの圧勝になってしまいますので、これなら皆さんにも勝てる見込みはあるでしょう?」
「ああ、だから事前に『自分の思う美味しいお菓子を買ってこい』って言われたんだね」
グローリアは納得したように頷いた。
問題児を代表して参戦しているエドワードだが、その腕前は料理上手のユフィーリアから遺憾なく受け継いでかなりの料理上手である。特に肉料理などの特定料理に関しては、ユフィーリアさえその腕前を凌ぐほどだ。そんな彼が手作りお菓子を持って参戦すれば、それこそ他の七魔法王に勝ち目はない。
だからこそ、既製品やお店で販売されているお菓子以外は認めない方針を掲げたのだ。これなら公平である。お店で販売されているお菓子は商品として成立しているのだから、絶対に美味しいはずなのだ。
「皆様のお勧めのお菓子、平等に判断していきたいと思います。よろしくお願いします!!」
真面目で礼儀正しいリリアンティアは、そんな意気込みを見せる。お菓子好きで甘いものが大好きな彼女は、今からどんなお菓子が出てくるのかワクワクしている様子だった。その証拠として、口から涎がちょっぴりだけ垂れている。
「君の舌に合うかどうか分からないけど、まあ喜んでもらえるようなお菓子は選んだつもりだよ」
「任せるッスよ、優勝はボクがもらうんでそのおつもりで」
「あら、随分な自信がおありですの。ですがわたくしも負けるつもりは毛頭ありませんのよ」
「君の舌で選んだお菓子がまともだとは思えない訳だが」
「今こそ極東の意地を見せる時が来たようじゃのう、カッカッカ!!」
「あらやだぁ、お爺ちゃんってばぁ。ジャーキーはお菓子には入らないからねぇ?」
誰も彼もがリリアンティアの喜ぶお菓子を提供できると自信を持っていた。「勝つのは当然、自分だ」と言わんばかりの自信満々の態度である。やはり七魔法王はそれでなくてはならない。
「それでは1番、学院長からお願いします」
「お、僕が1番なんて光栄だね」
1番に指名されたのは、学院長であるグローリアだった。
グローリアが取り出したものは、琥珀色の液体が並々と注がれた瓶と白い箱である。琥珀色の液体はどうやら蜂蜜のようで、瓶の蓋を開けると甘やかな香りが鼻孔を掠める。
そして白い箱の中身は、ドライフルーツやナッツをふんだんに使ったパウンドケーキだった。焦茶色の生地にはナッツが散らされており、フルーツを使った芳醇な香りが漂ってくる。これはとても美味しそうである。
「僕がお勧めするのは『ビッチェ・パウンドケーキ』かな」
「わあ、美味しそうです!!」
グローリアがお勧めするパウンドケーキを出すと、リリアンティアが瞳をキラッキラと輝かせて身を乗り出してくる。
「こちらはそのまま食べるのがいいのでしょうか?」
「そのまま食べるとあんまり甘くないんだよね」
白いお皿にパウンドケーキを切り分けて乗せたグローリアは、一緒に出した蜂蜜の瓶を白い皿の横に添える。
「ビッチェ・パウンドケーキはね、養蜂家がよく食べているお菓子なんだ。パウンドケーキに蜂蜜をかけて食べるんだよ」
「そんなお菓子があるんですね」
「知らなかった!!」
「とても美味しそうです」
グローリアの説明を受け、リリアンティアどころか司会進行を務めるショウとハルアも瞳を輝かせる。
パウンドケーキに蜂蜜をかけて食べるとは珍しい。だからこそパウンドケーキはそこまで甘くない仕様にし、蜂蜜の甘さで調整するのだろう。
同じく、グローリアは白い器を魔法で転送する。スープを入れるような深めの器に、あろうことか瓶の中身の蜂蜜をたっぷりと注ぎ入れたのだ。
「一般的には蜂蜜をそのままパウンドケーキにかけて食べるんだけど、僕は蜂蜜に漬けて食べるのが好きなんだよね。より甘くて美味しくなるよ」
そして、グローリアは「はいどうぞ」とリリアンティアにフォークを差し出す。
リリアンティアは受け取ったフォークでパウンドケーキを切り分け、パウンドケーキの欠片をフォークで突き刺して蜂蜜が並々と注がれた器に漬ける。柔らかなパウンドケーキが蜂蜜に漬けられたことでしっとりとし、蜂蜜と絡み合うことでより美味しそうになっていた。
しっとりめのパウンドケーキを口に運ぶリリアンティア。パウンドケーキに染み込んだ蜂蜜を学院長の執務机の上に落とさないように気をつけ、甘いパウンドケーキを堪能する。
「甘くて美味しいです!!」
「よかった、気に入ってもらえて」
喜ぶリリアンティアを前に、グローリアも表情を緩ませる。
すると、そんなグローリアを押し退けて「はい次ッスよ」と副学院長のスカイが進み出てきた。彼の手には2頭身の悪魔の絵が描かれた黒色の箱が抱えられており、ビッチェ・パウンドケーキとはまた違った系統であることが理解できる。
スカイが箱から取り出したものは、何やら黒い綿のようなものが乗せられたケーキである。下の生地はタルトのようになっており、可愛らしい桃色の生地が目を引いた。黒色と桃色の相性は、魔族であるスカイらしいと言えよう。
「順番が詰まってるんで、次はボクの番ッスね。ボクは魔界のお菓子として代表的な『ンギョメロンニャハーッ』ッス」
「三徹した副学院長の造語ですか?」
「ンな訳ないッスよ。これは魔界の言葉ッス」
スカイの口から頭の中身を疑う言葉の羅列が出てきたので、ショウは疑うような眼差しを送る。どうやら魔界特有の言葉だったようだ。
「この『ンギョメロンニャハーッ』は焦がし綿飴のタルトなんスよ。上に乗っている綿飴は見た目がふわふわなのにサクッとしていて美味しいッスよ」
「おいひいです!!」
「あれ早速!?」
ケーキを出された時点ですでに口の中に運んでいたリリアンティアは、幸せそうな表情で魔界のケーキを堪能していた。
黒い綿埃のように見えるタルトに乗った黒い綿飴の部分だが、よく耳を澄ますとリリアンティアが咀嚼するごとにサクサクという綿飴にはあるまじき音が聞こえてきた。本当にスカイの言葉通り、綿飴なのにサクサクする食感が珍しい。
桃色のタルト生地もフォークで突き刺して口に運んだリリアンティアは、
「木苺ですね。綿飴と相性がとてもいいです!!」
「お気に召していただけたようで何よりッスよ」
どうやら桃色のタルト生地は木苺を使ったものらしく、上に乗った焦がし綿飴との甘さも相まってさらに美味しさを堪能できる。魔界のケーキは見た目がよろしくないという印象を払拭する勢いだ。
ちょっぴり自慢げな副学院長を「退くんですの」と突き飛ばし、次の順番に躍り出たのはルージュである。その手に抱えられているのはケーキ屋の箱ではなく、まさかの赤い薔薇の花束だった。
これにはさすがにルールに抵触する恐れがある。だって今回はお菓子である。そしてルージュが手にしているのは、どこからどう見ても綺麗な薔薇の花束だ。これのどこがお菓子なのだろうか。
薔薇の花束から1本の薔薇を引き抜き、ルージュは目をぱちくりと瞬かせるリリアンティアに差し出す。
「わたくしがお勧めするのは『シュガーローズ』ですの。見た目は完全に薔薇のようですが、歴としたお菓子ですのよ」
「あ、確かに薔薇の香りではなくお砂糖の香りがします」
「頭がおかしくなりそうですね」
「薔薇なのに美味しそうな匂いがするよ!?」
リリアンティア、ショウ、ハルアの順番でルージュの差し出す赤い薔薇の匂いを嗅ぐ。確かに真紅の薔薇からは薔薇特有の芳しい香りではなく、甘い砂糖菓子のような香りが漂ってきた。
薔薇の花を受け取ったリリアンティアが、恐る恐る真っ赤な薔薇の花弁を1枚だけ千切る。サクッとした、まるでクッキー生地を割るような音が耳朶に触れた。薔薇の花から千切れた花弁もまた断面がクッキー生地のようになっており、歴としたお菓子であることを伝えてくる。
矯めつ眇めつ薔薇の花弁を眺めるリリアンティアは、千切った薔薇の花弁を口に含んだ。それからクワッと目を見開く。
「甘くて美味しいです!!」
「こちら、コーヒーに入れて一緒に食べるのがお勧めですのよ。ぜひ挑戦してみるんですの」
精巧な薔薇によく似た砂糖菓子を堪能し、顔を綻ばせるリリアンティアの姿を眺めてちょっと得意気なルージュであった。コーヒーに入れて楽しむお菓子とは、見た目も華やかになりそうである。
真っ赤な淑女を「次は私だ」と押し出し、次に名乗りを上げたのはショウの父親であるキクガだ。その手に抱えられているのは箱ではなく、紙袋である。紙袋の表面にはちょっと怖い形相の鬼が笑顔で何かを頬張っている絵が描かれている。
キクガが紙袋から取り出したものは、狐色にいい焼き目がついた魚――たい焼きである。しかもショウが見覚えのあるたい焼きよりも2回りぐらい大きい。
「私がよく買うたい焼きな訳だが。店の前を通り過ぎるとつい買ってしまう」
「おっきいです!!」
リリアンティアが大きなたい焼きにはしゃぐ横で、ショウは彼女の顔の大きさにも匹敵するのではないかと思うほど大きなたい焼きを観察する。
「父さん、このたい焼きは天然ものか?」
「おや、ショウ。よく知っている訳だが」
「やはりか」
ショウは納得する。これだけ巨大なたい焼きを作るのであれば、やはり天然ものと思った方がいい。
「天然ですか? このたい焼きさんはどこかで釣ったものですか?」
「天然とは1匹ずつ焼いていく手法です。これの反対で養殖と呼ばれるたい焼きがあるのですが、あれは1枚の鉄板で複数のたい焼きを焼く手法ですね」
店で売るなら大量に焼ける『養殖』のたい焼きがいいのだろうが、天然もののたい焼きにもいいものはいっぱいある。1匹ずつ焼き上げるからこそ丁寧で上品な味わいになるのだ。
リリアンティアは大きなたい焼きをちまちまと食べ進めながら「にゃるほりょ」と頷いていた。モチモチの生地に隅々まで詰まったあんこの相性がよく、幸せそうな表情で巨大たい焼きを処理していく。
ちなみにリリアンティアは尻尾からたい焼きを食べていた。どうやら尻尾から食べる派のようである。
「生地がモチモチしていて美味しいです。優しいお味です」
「気に入ってもらえて嬉しい訳だが。カスタードやジャムなど他の味もあるのだが、やはり味わってもらうのであれば通常のあんこから食べてもらいたかった訳だが」
ちょっと嬉しそうなキクガだが、次の順番である八雲夕凪に「はい次は儂なのじゃ〜」と押し出されてしまう。真っ白な狐がリリアンティアに差し出したのは、藤色の巾着であった。布はどうやら自前のものらしく、問題の中身はちゃんとお店で買ったものらしいお菓子が出てきた。
巾着から出てきたのは小さな箱である。手のひらに収まるほど小さな箱がいくつか机に並べられ、八雲夕凪はむふんとちょっと自信ありげに鼻を鳴らす。
たい焼きをあっという間に完食してしまったリリアンティアは首を傾げ、
「こちらは?」
「極東を代表するお菓子、練り切りじゃ」
八雲夕凪が「箱を開ければ分かるのじゃ」と言うので、リリアンティアは箱の1つを手に取る。蓋を開けると、真っ白な牡丹の花の練り切りがお目見えした。
他にも紫色と青色の組み合わせが綺麗な紫陽花や、白い狐を模した練り切り、小鳥の形をした饅頭などその見た目も華やかで並べて楽しむことが出来る。1口で食べ切ることが出来る大きさなので、いくらでも食べられそうだ。
ふさふさの尻尾を揺らす八雲夕凪は、
「ここの店はのぅ、どんなものを作ってほしいかと注文すれば作ってくれるのじゃ。白い狐は注文したのじゃよ」
「上品な甘さで美味しいです!!」
「頭からいっとるゥ!?」
11歳のお子様に上品さもクソもなく、目の前の食欲に負けて真っ白な狐の練り切りを頭からむしゃりと頬張るリリアンティア。上品な甘さがリリアンティアも気に入ったのか、とても嬉しそうである。
見た目を楽しむ気配が一切ないリリアンティアに、八雲夕凪も「まあ喜んでくれたのであればいいのじゃ」と頷いていた。今回の大事なことは如何にリリアンティアを喜ばせるかである。見た目を楽しむ常識を説くのは後回しだ。
そして最後の挑戦者であるが、
「はぁい、リリアちゃん先生。最後は俺ちゃんだよぉ」
最後の挑戦者のエドワードが差し出したものは、可愛らしい見た目の瓶である。瓶の蓋には月に向かって吠える狼の絵が描かれており、透明な瓶を満たしているのは真っ白な立方体である。
粉砂糖にまぶされた立方体からは牛乳らしい優しく甘い匂いが感じられる。牛乳を使ったお菓子だろうか。
蓋を開けて真っ白な立方体を観察するリリアンティアに、エドワードが説明する。
「それねぇ、ミルクキャンディなんだよぉ」
「ミルクキャンディですか」
「獣王国の北の方でしか売られてなくてねぇ。俺ちゃんの故郷で伝統的なお菓子なんだよぉ」
エドワードの「まあ、俺ちゃんは故郷を追い出されちゃったけどぉ」などという暗い言葉はすでにリリアンティアの耳には届いておらず、彼女の興味は瓶詰めにされたミルクキャンディに注がれていた。
瓶から取り出されたミルクキャンディは柔らかく、リリアンティアの指先で簡単に潰せてしまいそうだ。表面にまぶされた粉砂糖で執務机を汚さないように気をつけながら、リリアンティアはミルクキャンディを口に運ぶ。
もきゅ、と少しだけ噛んでからリリアンティアは顔を綻ばせた。どうやら美味しかったようだ。
「柔らかくて美味しいです。優しい甘さです」
「気に入ってくれてよかったよぉ」
エドワードもリリアンティアが喜ぶ様子に安堵する。
さて、一通り食べ終わったところで選別のお時間である。
この美味しいお菓子の中から、リリアンティアは優勝賞品を決めなければならないのだ。つまりどれが1番美味しかったかを決めなければ終わらない。
ショウは慈愛に満ちた笑顔をリリアンティアに向け、
「さて、リリア先生。この中から美味しかったお菓子を選んでもらいましょうか」
「ど、どれも美味しかったのですが……」
戸惑いを見せるリリアンティアは、
「あの、どれも優勝ではいけないのですか? 身共にとって順位をつけるのは惜しいぐらいにどれも美味しかったので……」
「ダメです」
「ダメだよ、ちゃんリリ先生。ちゃんと1番美味しかったお菓子を選ばないと!!」
ショウどころかハルアにも否定されてしまい、リリアンティアの困惑具合はさらに加速する。
リリアンティアは優しいし、どのお菓子もとても美味しかったから順位を決めあぐねているのだろう。甲乙つけ難い品々が並ぶ中、この中で「1番美味しかったです」と胸を張って言えるお菓子を選ばなければならないのは酷なことだ。
事実、現在のリリアンティアはお目目をぐるぐると回してお菓子を選ぼうとしていた。お菓子が大好きなリリアンティアにとってこの上なく難しい選択である。自信を持って優勝と言えるものがこの場にありすぎて困っていた。
その時、
「おう、お前ら。優勝は決まったか? 誕生日ケーキ焼けたぞ」
そんな意気揚々とした言葉と共に、最有力候補でありながら平等ではないことを理由に選考者から外されてしまった銀髪碧眼の魔女――ユフィーリアがやってくる。彼女の手には銀色のお盆と、料理を覆い隠すドーム状の蓋が握られている。その下にはリリアンティアの誕生日をお祝いするケーキが隠されていた。
まだ優勝が決まっていない光景を目の当たりにしたユフィーリアは、青い瞳を瞬かせる。優勝を決めなければならないリリアンティアは頭から湯気が出そうなほど悩みに悩んでいるし、挑戦者であるが七魔法王とエドワードは「まあ、誰が優勝してもいいよねぇ」「恨みっこなしだね」とのほほんとした様子で結果を待っていた。リリアンティアがどれを選んでも気にはしていないようである。
ユフィーリアは執務机に誕生日ケーキの乗せられたお盆を置き、
「リリア、そんな悩まなくてもいいだろ。1番美味しかった奴を選べばいいんだから」
「ど、どれも美味しかったのですぅ……」
「そりゃ悩むか。仕方ないな」
泣きそうなリリアンティアの肩を叩いたユフィーリアは、
「まあまあ、リリア。今日はお前の誕生日なんだし、誕生日ケーキでも食ってじっくり考えればいいだろ」
「誕生日ケーキ……」
「腕によりをかけて作ったからな。たんと食えよ」
そう言って、ユフィーリアはドーム状の蓋を持ち上げる。
銀色のお盆に乗せられていたものはパイだった。網目状の表面から見えるものは、桃を甘く煮詰めたものを包み込んだものだろうか。芳醇な果物の香りが食欲を唆る。
狐色に焼かれた表面はサクサクしていそうであり、さらに艶出しも忘れていない。見た目も美味しそうなことを伝えてくる逸品だ。
問題児のお茶汲み係であるアイゼルネがお茶の準備をしている間に、ユフィーリアはパイを切り分ける。包丁で切り分けるとザクッといういい音が耳朶に触れた。
「それ何のパイなのぉ?」
「いい桃が手に入ったからピーチパイにしてみた。自信作だぞ」
ユフィーリアは切り分けたパイを皿に乗せ、リリアンティアの前に置く。もちろんホールで作ってきたので、リリアンティアの誕生日をお祝いする為のイベントを開催していたショウたちにも分け前は与えられた。
手渡されたピーチパイを早速とばかりに口に運ぶショウとハルア。もはやイベントの司会進行の役目を放り出し、甘いピーチパイに舌鼓を打つ。
パイ生地はサクサクとしており、卵の風味がぞんぶんに感じられる濃厚なカスタードクリームとゴロゴロとした大粒の桃の果肉が抜群の相性である。じっくりと砂糖で煮込まれた桃の果肉は口の中に入れると蕩け、甘酸っぱさが舌いっぱいに広がっていく。
「美味しい!!」
「ユフィーリア、これ美味しいな」
「お店で売ってるみたいだねぇ」
「むしろ何で用務員なんかやってるの?」
「そろそろ本当にレストランへの転職を考えたらどうッスか?」
「わたくしの次に料理の腕前はありますの」
「ふむ、これは美味しい訳だが」
「美味じゃのぅ」
「桃が大きくて食べ応えがあるねぇ」
賞賛の言葉がユフィーリアに向けられる中、1人だけピーチパイを食べたままワナワナ震える人物がいた。
本日の主役であるリリアンティアだ。ピーチパイを1口だけ食べた途端に顔を俯かせ、何か言いたげにワナワナと震え始めた訳である。
リリアンティアの態度が気になるユフィーリアは、
「え、リリア? 不味かった?」
その問いかけに対するリリアンティアの答えは酷く簡素だった。
「優勝!!!!」
「え?」
「リリア先生、ダメです。ユフィーリアお手製のお菓子は選考対象外です」
「ちゃんリリ先生、ズルはよくないよ!!」
未成年組が企画したスイーツプレゼンテーションの優勝は、リリアンティアが意地でも譲らなかったのでユフィーリアお手製のピーチパイに送られることとなった。
《登場人物》
【ショウ】お菓子大好きな女装メイド少年。仲良しなリリアンティアに楽しんでもらう為、お菓子総選挙を開催。好きなお菓子はチョコレート。
【ハルア】お菓子大好きな暴走機関車野郎。後輩の企画する誕生日イベントが楽しそうだから協力した。好きなお菓子はクッキー。
【リリアンティア】今日の主役。お菓子は何でも大好きな聖女様。今日は誕生日ケーキの他にたくさんお菓子が食べられたので幸せ。
【グローリア】疲れた時に食べたビッチェ・パウンドケーキに感動した。蜂蜜をかけずに蜂蜜に漬けた方がより甘いのではと考えて食べ方を開発。
【スカイ】自分が美味しいと思ったお菓子ということで魔界にいる妹に連絡をし、スイーツをお取り寄せ。たまに食べたくなるのでお取り寄せはよくする。
【ルージュ】薔薇系のスイーツが好き。腹を使ったケーキやクッキーなどよく食べる。
【キクガ】仕事中や帰宅途中でたい焼き屋を見かけると必ずと言っていいほど買ってしまう。あんこ系のおやつが大好き。
【八雲夕凪】欲を言えば樟葉お手製のおはぎが好き。練り切りはよく樟葉にも買っていくし、他人のプレゼントとしてもよく送るもの。
【エドワード】チョコレート以外のお菓子は大好きな、実は甘党な問題児。ミルクキャンディはよく母親が作ってくれたものを食べていたが、あの美味しさは再現できない。作り方が複雑なので作るよりよく買っている。
【ユフィーリア】今回の真打ち。優勝を掻っ攫う自信があったので、今回は大人しく誕生日ケーキを焼いていた。よくお菓子で摘んでいるのは煎餅。
【アイゼルネ】お茶汲み。お菓子というかおやつはよくマリンスノウ・ラウンジのアフタヌーンティーが好き。よく行っちゃう。