料亭後の新展開
「ぐるみさ」
「なあに?」
「ほんにいの?」
「うん。遠慮しないで好きな物頼みなよ」
もちろん支払いは俺だよな?
翌日朝六時。
俺はくるみからの電話で叩き起こされ、育美・くるみ・徳川春男の三者での夕食会を問答無用に決定され、勤務終了後レンタカーの助手席にくるみを乗せ、華麗なドライビングテクニックを軽く披露した後、育美を拾い、高級料亭にやって来た。
着物姿の若女将らしき店員に案内された『欲望の間』と言う、料亭としてはどうなんだ? と言う危ないネーミングの個室にて三人でテーブルを囲んでいる。
「そ、それにしても、お前達はすっかり仲良くなったな?」
「きのはぐるみど電話で二時間話すた」
「……まあ、私が占いの事、色々聞いてたからね」
「そ、そうか。良かったな」
「それより、注文しようよ。春男は何するの?」
「育美ちゃんはどうするんだ?」
「おざしみ定食はあるが?」
「あ、ああ。だが、お刺身が食べたいなら、せっかく高級料亭に来たんだからこの『魅惑のお任せ美味さで昇天コース』にしないか?」
「かまわねじゃ」
「じゃあ春男、ピロリロリン押して」
テーブルにある丸い呼び鈴で、女将を呼びつけ注文を完了。
二十分後、テーブルには所狭しと小皿に入った料理が並んでいる。
「警視さ、くいぎれるのが?」
「問題ない」
想定外だ。
小皿はパッと見、50以上ある。
地味に満腹中枢を刺激する代物だ。
「ところで春男。今日は育美に占ってもらいなよ」
「え? いいのか? 金とるんじゃないだろうな?」
「もぢろん、ただでいじゃ」
占い嫌いのくるみからの突然の提案に戸惑いながらも、承諾する。
「警視さは最近、結婚すてと考えではいねよね?」
確かに最近は、このまま年をとって一人でおじいさんになるのは、ちと寂しいかもと思う。
「あ、ああ。その通りだ」
「警視さ、かおはゴツゴツすてで汚ぇばって、内面はたげ美すい」
「そ、そうか? ありがとな育美」
なんか、占いとは言えど嬉しく感じるな。育美は悪い奴じゃないな。
「春男、もうすでに育美のコールドリーディングに乗せられてるよ」
「え?」
育美が最初に俺にした質問。
『最近、結婚したいと考えてはいませんよね?』
これは、「結婚したくないですよね?」と「結婚したいですよね?」と言う二つの意味に受け取れるのだ。後者の場合は『最近、まさか結婚――』と付け加えればわかりやすいのではないでしょうか?
俺は結婚をしたいと言う意味に捉えて、まんまと最近思っている事が読まれた様な錯覚に陥った。
そして、『警視さんは顔はゴツゴツして汚いけど、内面は美しい』
これはまず相手の弱点を話してからすぐに褒めると、結果的に褒め言葉を強く受け入れる事になる。その結果、人間は自分を褒めてくれる人を信じる傾向にある為、俺は内面が美しいのかと言う新たな長所を発見してくれたと言う錯覚に陥り、育美に対しての好感度が上がったのだ。
他にも色々あるがこの様にして、事前の調査なしに、あたかも相手の心を読んだかのように見せるテクニック、信頼を勝ち取るテクニック、それがコールドリーディングだ。
「警視さ。paypayには9万7千円くれ入ってらな?」
「え? なんでわかるんだ?」
「春男。これはホットリーディングだよ。昨日コーラ飲んだ時paypay使ったでしょ。その時に私が見た残高99600円を私が教えたんだよ」
「……だ、だが9万7千円と言う、地味に具体的な数字を当てられたぞ」
「それも私の予想を伝えたんだよ。春男が一日にだいたいどれくらい使うか推理してね。どうせ、帰りのコンビニでお菓子とか飲み物、弁当買うくらいでしょ? そしたらだいたい97000円くらいじゃん」
「…………」
「そう言う情報を伝えたんだよ。これがホットリーディング」
「…………」
育美もクスクスと笑っている。
「春男みたいなタイプが一番騙され易いんだよ」
「…………」
「45歳、独身、仕事ばっかしてる。趣味もポイ活でしょ? 春男もpusugaさんみたいに、仕事の合間に同人活動して文学フリマで戦ったりしたらどうなの? 手も洗わないし」
「…………」
プルルル……
警視総監からの着信だ。
俺は一度席を外す。
『はい、徳川です』
『すまんな。すでに退勤した後だと聞いてな』
『いえ、大丈夫です。くるみと食事をしていました』
『明日、朝一番で総監室まで来てくれないか? 例の秋田での事件に関して緊急に話をしたい』
秋田での事件。
それは秋田県警内で対応中の、呪いわら人形を使った事件の事だ。
だが、その事件は被害届の受理に関しては無いだろうと俺の中では結論づいてる事件だった。
戻った俺は、残りの小皿を全て一人で平らげて高級料亭を後にし、くるみと育美ちゃんを送って帰宅した。