07 結果
「ここまでの……どこに、笑うところがあったと言うんだ」
ようやく笑いが落ち着いたエリアスに憮然としたハビエル様は、イライラとした表情をしていても素敵なものは素敵……いえ。エリアスの笑った理由については、私も理解出来てしまうので、何をどう言って良いものやら悩むわ。
おそらくはこれまで、マチルダ様のことについては『この人には絶対に言ってはならない事』とされ、この人は何も知らないのよね。
確かに、誰かの恋心を本人以外が伝えてしまうなんて、無粋が過ぎるかもしれない。ハビエル様ご本人が気が付くならまだしも……。
延々、ハビエル様は結婚出来ないかもしれないと悩み、マチルダ様は高すぎるプライドにより、それなら私が居るでしょうと言えないのよね。
そして、いよいよ彼に近付く女性は居なくなり、追い詰められたハビエル様は、偶然話し掛けた私と結婚したいという気持ちが燃え上がった。
本当に……何もかもが、良くわからない流れよね。
「……すみません。あまりにハビエルとシャーロットの二人の関係性が、微笑ましく……ついつい、その……笑ってしまったことは、もう言い訳のしようがないんですが、僕とシャーロットの仲を疑うまでに、彼女をお好きで居てくださること……従兄弟として、本当に嬉しく思います」
「つまり、エリアスとシャーロットは、何の関係もないんだな?」
ハビエル様はほっとした顔で、確認するように言った。
「ええ。天地神明に誓って。僕らには従兄弟同士以上の思い出がありません。シャーロットのことは幼い頃、弟だと思っていた時期もありましたし」
なんだか失礼な事を言われたけれど、そこに嘘はないので、私は半目になりながら黙って聞いていた。
「そうか……それなら良い。シャーロットは社交界デビューしたばかりの貴族令嬢で、婚約者が居ないことは知っている。俺に好意を持ってくれていることは、彼女から聞いて知っている。俺も結婚したい。ならば、結婚へ向けての障害は、何もないと思うのだが」
ハビエル様の言う通りですね。そこにある私の命の危険については、触れられないのですけど。
「それがですね。シャーロットは思い直して、二人の仲をゆっくりと深めていきたいと……ハビエルに好意を持っていることには間違いないのですが、あまりにも事が早急過ぎて戸惑っているんです」
「そうなのか? シャーロット」
私はハビエル様に問いかけられて、こくこくと頷いた。
この前の夜はもう怒濤の展開過ぎて、ハビエル様の顔を鑑賞するどころではなかったのだけれど、私は彼の問いかけに対し、否を言うことはないように思えて来た。
もう……それくらい、すっごく格好良いのだ。ハビエル・クラレット様。実際、この人が未婚であることが、人々の心を惑わす罪にも思えて来た。私でなくて良いから、早く結婚して。
「……ですが、僕もハビエルの邸に居を移すというのは、良い考えだと思ってはいます」
何を言い出すのかと、私はぎょっとしてエリアスを見た。
その時の彼は面白がっているのかと思えば、やけに真剣な表情だったので不思議に思ってしまった。
ここで私が驚くことを面白がって言ったと思ったら、どうやらそうではなかったみたい。
「何故かというと、ハビエル……自分でも、何かおかしいと思って居たようですね。縁談がある相手が、急に病気になったり、静養に行ったりすることについて」
本人以外は原因かなと思う人物を薄々理解しているけれど、ハビエル様にとってみたら『良くわからないけれど上手くいこうとした縁談が上手くいかない』という現象が、何度何度も続いているということになる。
それは、当の本人からすると、とても怖い事態かもしれない。
「……ああ。とはいっても、知人に頼み込んで、なんとか紹介してもらった数人なんだが……俺はあまり女性に好かれないようで、夜会でダンスに誘っても断られてしまう。だから、シャーロットのような子は絶対に逃がしたくないんだ」
実はその逆で、女性にモテ過ぎ注意な危険な男性なんだけど、本人は知る由もない……本人だけは、何も知らない。
「わかりました。確かに身の安全の確保は、最優先ですね……わかりました。シャーロットの件については、伯母に僕が早馬で手紙を。伯母の返信にもよりますが、シャーロットはハビエルの邸に居た方が、良いように僕は思います」
それって、何か盛られたり、誰かに襲われたりという危機を避けるためですよね……? 怖すぎるんだけど?
「話がわかるエリアスが、ここに居てくれて良かった……それでは、一度俺は帰ることにする。実は仕事も途中なんだ。シャーロット。また、手紙を送る」
ハビエル様が立ち上がったので、私は慌てて立ち、彼は当たり前のように私の手を取った。
胸がドキンと高鳴った。そして、彼は騎士らしく私の手の甲に敬愛のキスをして、目を合わせて微笑んだ。
そして、颯爽と部屋から、出て行った。
私が手の甲を見つめ名残を惜しんでいると、遠慮のない声が聞こえた。
「……いや、本当に面白い男だ。恋愛事には鈍感が過ぎるが、流石は騎士団長を任されるだけあって有能そうだ。僕はハビエルが好きだよ。シャーロットが結婚したら、親戚になるし、彼と早く結婚してくれよ」
「エリアス! それに、私をハビエル様の邸に滞在させるなど……婚約だって、まだなのよ?」
婚約者として貴族新聞に載り一年間の公示期間などは、男性の邸へと住み花嫁修業をすることは多い。
けれど、私たちは、会って、まだ二日目なのだ。
「シャーロットはハビエルの話を聞いて、何も思わなかったのか?」
「……え?」
その時のエリアスは、真剣な眼差しで私を見つめていた。
「聞いただろう? どうしてもと頼み込んで紹介された縁談相手が、急に体調が悪くなる……領地へと静養に行く……まあ、普通に考えて、何者かに邪魔をされている。つまりは、権力を持つ地位の高い誰かに脅されている。しかし、僕が思うにハビエル本人がその場にいれば、相手は何も出来ない。何故かというと……彼には絶対に、嫌われたくないからだ」
「そっ……それは、そうかもしれないわ」
エリアスの言葉を聞いて、私だってそれはそうだわと頷いた。ハビエル様と結婚したいのに、自分からは言い出さない……つまりは、断られることを極度に恐れているということだ。
「だとすると、ハビエルの住む邸が一番に安全地帯だ。何故かというと、シャーロットに、何かをする隙間がない。誰かが来れば、すぐに彼に報告がいくだろうし、騎士団長なので不在時には信用出来る部下に邸を見張らせることも出来る。仕事の時間以外は、彼本人が邸に居る」
「……エリアスは、私がハビエル様の邸に、居る方が良いと?」
「それが、一番良いだろうね。『今夜は帰りたくない』と言った女を、一夜の相手にする訳でもなく、結婚相手に選ぶ男だぞ。しかも、異性に耐性がないせいか、シャーロットでなければと思い込んでいる……そういう意味での危険はないし、別にハビエルを嫌いなわけではないだろう?」
「それは、そうだけど……」
それはそうだ。結婚したくない男性ではない。お願い出来るなら是非とも……という方なのだ(命の危険がなければ)
「これまでと同じ事をすれば、これまでと同じ結果になる。それは間違いない。結果を変えたければ、やり方を変えるしかないな。あちら側が今までにない状況に通用しそうな、何か邪魔をする秘策を思いつくまでに、シャーロットが心を決めれば良い」
「もし……決まらなかったら?」
「彼の求婚を断れば、事態は収まる。それも、これまでと同じ結果になるだろうね」
エリアスはそう言って、肩を竦めた。




