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06 渡さない

「……こんにちは。クラレット卿。以前に挨拶だけさせていただいたことがありますが、改めて。僕はエリアス・バダンテール。シャーロットの従兄弟です。彼女は喉を痛めてしまったので、僕が代わりに応対を」


 突然の訪問に慌てふためいた私は、とりあえずすぐそこに居たエリアスに助けを求めた。


 『貸し一個だぞ』と高利貸しのような酷薄な表情で言われても、ここをどうにか切り抜けるためには、彼の力が必須なのだから、どうこう言っている場合でもなかった。


 黒髪青目で整った顔を持つハビエル様は昼日中の中で見ても、非常に美形で……私は、思わず小さくため息をついてしまった。これは、王族マチルダ様が『誰にも渡したくない』と思ってしまうのも、無理はないわ。


「ああ。シャーロット。そうだったのか。バタンデール卿……どうか、俺のことはハビエルと。近い将来、親戚となるのだから」


 ハビエル様は私へと気遣わしげな視線を送り、隣に居たエリアスには握手を求めて二人で礼をしていた。


 近いうちに……けけけ、結婚することが、決定してますよね!? 止めて! 私たち出会ってから二日しか経ってないのよ!


 私はどうしても笑顔が引き攣ってしまった……いえ。大丈夫。私には心強い従兄弟エリアスが、すぐ隣に居るのよ。


 私が言いたいことを、余すところなく代弁してくれるはずなんだから……!


「では、僕のことはエリアスとお呼びください。シャーロットから、ハビエルとのあらましは大体聞いておりますので」


「ああ……シャーロットは体調が悪いようだが、横になっていなくても良いのか?」


 ハビエル様は私を見たけれど、黙ったままで首を横に勢い良く振った。


 エリアスとハビエル様が私のことについて話をしているというのに、ゆっくりと眠っている場合じゃないですよね!?


「実はすぐ前にハビエルからの手紙に返信を、行き違いになったようですが……」


「ああ……そうだったのか。昨日からずっと手紙を待って居たのだが、何かあったのかもしれないと居ても立っても居られず。俺と縁談があった女性は何故か、体調が悪くなったり……領地に静養に行くことになったりするんだ。だから、シャーロットももしかしたら、そうなってしまうのではないかと……気が急いてしまって……」


 まるでハビエル様に触れば呪われてしまうような世にも恐ろしい話を聞きながら、私は笑顔が引き攣ってしまった。


 ……それって!! それって!! マチルダ様が、背後から手を回していない!?


 やめてー!!! 怖すぎるんだけど!!


「……なるほど」


 エリアスは隣に居る私の涙目を見て、笑いを堪えているようだった。


「こうして、元気な顔が見られて良かった。アヴェルラーク伯は外交で居ないことは聞いているんだが、夫人は居られるだろうか。出来れば、シャーロットは早急に俺の邸へと居を移して欲しいという話をしたいんだが……」


「えっ……!!」


 喉を痛めている設定の私は、思わず声をあげてしまったけれど、隣のエリアスはにっこりと微笑み、目の前にある来客用のふかふかのソファを指さした。


「立ち話も何なので、とりあえず……座りましょうか」


 それも、そうだった。


 こういう場は挨拶と握手を終えたら、そろそろ席に座りましょうかと、なる流れだけれど……ハビエル様の鬼気迫る勢いに呑まれているところだったわ。


 ……なんだか、状況証拠だけで私の予想でしかないけれど、ハビエル様はマチルダ様に幼い頃から囲まれて、他の女性が近付こうとしたら、すぐに阻害されてしまっていたのかもしれない。


 マチルダ様がハビエル様に縁談を持ち込まないのは、かなり不思議だ。けれど、見た目からして物凄くプライドの高そうなお姫様だから、自分からではなくハビエル様から言って欲しいのかもしれない……。


 そして、ハビエル様はマチルダ様の恋心に、一切気が付くことはなく……ここまで来てしまった……そんな感じよね。


 私がエリアスの隣へと腰掛けたら、ハビエル様は衝撃を受けたかのような表情になっていた。


 なっ……何!?


「シャーロット。君は俺の隣では……?」


 そっ、そうか。私一応彼に求婚をして(されて?)頷いているということになっているのだった。そうなれば、彼の隣に座る方が適当なのかもしれない。


「まあまあ、ハビエル。シャーロットも、恥ずかしいのですよ。そういう乙女心をお察しください」


「……わかった」


 エリアスがにっこりと微笑んで取りなし、ハビエル様は面白くなさそうな表情ながらも頷いた。


「まずは、シャーロットの母……伯母アデルですが、今日から領地の見回りに行ってしまっておりまして。帰りは一週間後になります。ですので、僕は体調の悪いシャーロットの様子を見に来るように言われておりまして……」


「そうだったのか! 間が悪かったな……いや、俺が今から馬で追い掛ければ、間に合うな」


 顎に手を当てて、思案顔のハビエル様。美男はどんな顔をしても素敵……と思ったところで、私はとんでもない言葉の内容を理解した。


 ……!! 待って。待って。アヴェルラーク伯領に出掛けたお母様を、追って行くつもりなの……?


 何をそこまで、怖すぎるわ。


「ハビエル。シャーロットが急ぎで君の邸へ移らねばならない理由を教えて欲しい。そうすれば、僕も君に協力することが出来る」


「……そうか。俺も早くせねばと急ぎ過ぎて、色々と言葉が足りていなかった。実は先ほども言ったように、俺と縁談のある女性が体調不良になったり領地で静養することは良くあるんだが……」


 よ、良くあるんだ!? すごく珍しいこと(レアケース)だと思うけど!?


「ええ。君も大変でしたね。ですが、シャーロットは喉を痛めているだけ。君との婚約に向けての事務手続きに、少しばかり時間が掛かることは、仕方ないと僕も思うのですが」


 隣のエリアスは平静を装って目の前のハビエル様と話しているけれど、口角がピクピクしていて、心中では面白がっていることは丸わかりだった。


 ……ひっ……人ごとだと思って~!!


「いや。駄目だ。シャーロットを逃せば、俺はもう結婚出来ない。それほどまでに、俺にとっては大事な存在なんだ。だから、邸に連れ帰って、何があっても守れるようにしたい」


 わっ……胸が、きゅんとしてしまった。舞台上の主人公でもおかしくないハビエル様から、こんな事を言われてしまうなんて……!


 いえ。待って。これは、命の危険付きの甘いときめきよ!!


「そうですか……ですが、シャーロットはハビエルとの仲をゆっくり進めていきたいと主張していて……」


 そうそう。そうなのよ。嬉しいけれど、これなの。命の危険はあるけれど、別にハビエル様の恋愛や結婚が嫌だという訳ではない。


 ええ。命の危険はあるけれど。


「何を……そんなはずはない……失礼だが、言葉が出ぬほどに喉を痛めているというのは、本当だろうか。エリアス……君がシャーロットを狙っているがために、俺たち二人の仲を邪魔しているのでは?」


 胡乱(うろん)げな眼差しでエリアスを見たハビエル様。私がチラリと隣を見たら、隠せないくらいに面白そうな表情になっているエリアス。


 ええ。そうですよね。私は『今夜は帰りたくない』と言ってしまった身。ゆっくりと仲を深めたい子が、そんなことを口にするはずもなくて。


 私たちにそんな色気のある関係性なんて、ぜんっぜん、そんなことはないのよ! エリアスは私のことを、手の掛かる妹程度にしか思って居ないもの! 今だって『この面白い事態をどうしてくれよう』くらいにしか、思ってないのよ!


「いえいえ……誤解しないでください。僕はバダンテール伯爵を継がねばならぬ身。彼女の夫はアヴェルラーク伯となるので、僕らは結婚出来ません」


「っ……! 許されぬ恋か。悪いが、エリアス。どうとしてでも、貴公にシャーロットは渡さないぞ」


 キリッとした美形な男性に『渡さない』と言われると、どんな状況でもときめいてしまうものだと、私はその時に初めて知った。


 ……そこまで来て、エリアスはもう我慢の限界だったのか、唐突に笑い出し、私も隣で大きくため息をついてしまった。


 ……ハビエル様。見た目は特上と言えるほど素敵だけど、思い込みが激しすぎよ……!


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