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05 激流

「……はー……笑いすぎて、お腹痛い。というか、これまでに受け取っているクラレットからの何通かの手紙も、挨拶の日取りを決めたいという話なんじゃないか? さっさと返事した方が良くないか?」


 他人事だとはわかっているけれど、命の危険がある従姉妹に対して、あまりにも情がない。


 私が軽く睨み付ければ、エリアスはにやにやとやたらと嬉しそうに微笑んだ。


 エリアスはベッド脇チェストの上に置かれた、何通かの手紙を指さした。私はその中の一通を、手に取った。


 気が利くエリアスから小さなペーパーナイフを受け取り、便箋を開けると手紙の中身を読んだ。


「あ……私からの返事がないから、心配していらっしゃるわ……今日の午後までに返事がなかったら、無作法を承知で、直接訪ねてみると……訪ねてみるようにしたいですって!?」


 手紙の内容を確認していた私は慌てて、ベッドから立ち上がった。早く返事を書かなければ、あのハビエル・クラレットが、このアヴェルラーク伯爵邸に直接訪ねて来てしまう!


 それは絶対に、避けたいわ!


「はいはい。シャーロット。さっさとお返事返した方が良いよ……そりゃ、そうだろう。求婚されて承諾した女性なら、手紙が来ると同時に返事を出しているだろう」


 慌てて私が机に座ったら、エリアスが手元を覗き込んで来た。


「もう……エリアス、のぞき見しないでよ! これって、他の人への手紙よ」


「シャーロットもこうやって文字で書く手紙なら、自分の意志をどもらずに出せるのにな……今度、ハビエル・クラレットと話す時は、筆談でもしてみたら?」


 距離を空けつつ涼しい顔で肩を竦めたエリアスの意見を聞いて、イラッとしていた私本人も、それはもっともな意見かもと思ってしまった。


 どうしても意志を伝えなければいけない時は、文字で書いても良いのかもしれない。


 ハビエル様から来た手紙は一通しかまだ読んでいないものの、おそらくは他のものも私の両親への挨拶の打診だと思う。


 だから、今父親は不在だし、母親は一人で伯爵邸を切り盛りしている。今は私も体調が悪く大変だから、また日取りについては相談させて欲しいということを手早くしたためた。


 すぐに執事へと手紙を届けさせると、はーっと大きく息をついた。時計を見れば、余裕のある時間に間に合ったわ。


 なんだか、信じられないけれど……私、ハビエル様と初めて話して二日目の朝なのだけど、結婚についての具体的な話が進んでいるわ。


 夜会に貴族令嬢たちが集う理由は、それは素敵な男性に求婚されて結婚へと進みたいから。ハビエル・クラレット様に関しては、文句を言うところが見つからないくらいに素敵な男性。


 唯一阻む難関は、彼にご執心な王族、マチルダ姫様……彼女は周囲を圧するような金髪縦ロールで、あの気の強そうな青い目に睨まれた私は、蛇に睨まれた蛙になるしかない。


「……はーっ……もし、私が城の近くの湖に浮かんでいたら、助けに来てね。エリアス」


 ぷかぷかと湖中央へ浮かぶ私。容易にそんな光景が浮かび、私はなんだか泣きたくなってしまった。


「いやいや、その場合は、色々と手遅れだろう。何を言ってるんだ。シャーロットは」


 呆れたように言ったエリアスに、私ははあっと大きくため息をついた。


 彼の言っていた通り、ハビエル様が特上の男性だということは、私だって理解出来る。けれど、私だってこの年齢になるまで、身の程を知り生きて来たのだ。容姿も金髪青目で良く居る色合いで、口下手で機転の利いた会話なんて出来るはずもない。


 ああいった……皆が憧れる目立つような男性とは、これからもまるで縁がないと思って居たし、今でも求婚されたことを現実とは思えない。


「それにしても、どうして、こんなことになってしまったのかしら……ハビエル様は、私の名前も知らずに王族たちの前で、結婚宣言したのよ」


 それを聞いた時、エリアスはなんとも言えない表情になってから、苦笑いを浮かべた。


「はああ。それはそれは、聞きしに勝る凄い男だな……いや、僕が思っていた方向性とは、少しだけ違う方向性のようだが」


「ええ。けれど、これまでに令嬢たちに声を掛けたり縁談を持ち込んでも断られるだけで、私を逃したら結婚相手が居なくなるとでも思って居たのではないかしら?」


 私はそれは可哀想だと思ってしまう。本人の知らぬところで忖度されて、マチルダ姫以外と結婚出来ないように囲まれてしまっていたのだから。


「それは、確かにそうだろう。マチルダ姫のクラレットへの執着は酷いものだったからな。誰もクラレットに話し掛けられないところに、偶然シャーロットが情熱的な挨拶をしてしまい……」


「エリアス……私を揶揄おうとするのは、止めてよ」


 わざとらしい色気ある流し目をしたエリアスに、私は嫌な顔をした。


「ああ。まあ……口下手がゆえに妙な言葉を言ってしまったわけだが、結局のところ、シャーロットはどうしたいんだよ。ハビエル・クラレットから求婚されていて、了承していると思われているんだぞ。シャーロットが断らなければ、話が進んで行く。もし、止めたいならそれなりの行動をする必要がある」


 エリアスが腕を組んでそう言ったけれど、私だってそう思う。私たちに身分差はなく、ハビエル様はむしろアヴェルラーク伯爵になりたいと言っていた。


 何の行動も起こさなければ(そして、その時に命さえあれば)ハビエル・クラレット様と結婚する方向へと流されている。


 流れに逆らわなければ……あと、何個かの段取りを経て、私は彼と結婚することになる(その時に、命があれば)


「……もし、結婚するとしても、こんな風に決まるのは嫌だわ。それに、これは政略的なものではないのだから、恋愛結婚となるならば、ハビエル様ともっと仲を深めてからにしたいです」


 それは、私の正直な気持ちだった。


 (命の危険は置いておいて)ハビエル様がひと目見てすぐに理解出来るくらいに素敵な男性であることには間違いなく、乙女な状況(シチュエーション)を好きな性格も、よくよく考えてみると……なんだか、可愛いかもしれない。


 向かうところ敵なしに見える彼が、私にだけ見せてくれるああいう部分は……正直に言えば、好印象だった。


「ならば……クラレットに、そういう希望を全てを話すしかない。早い方が良いと思う。このままだと、あっという間に婚約をすることになりそうだ」


 おそろしい事に私もそう思う。


 ハビエル様と結婚する流れに乗っている……と、私だって思うけれど、それは激流で巨大な丸太でも流せそうな……そういう、滝を流れ落ちる水のような例えで間違いなかった。


 その時、扉を叩く音がしたので、私は返事を返した。


「……シャーロット様。ただいま、ハビエル・クラレット卿が、いらっしゃっております」


 困惑顔のメイドの表情を写し取るように、私も同じ表情になっていると思う。


「……え!? な、なんですって!?」


 さ、さっき手紙を届けさせたところで……彼が手紙に書いていた時間には、まだ、なっていないはずだけど!?


「ふはは! 本当に、面白い男だな……」


 心から面白がっている様子の従兄弟エリアスに、私の心には少々殺意が浮かんでしまったことは……仕方ないと思うの。

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