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18 襲撃

「なっ……なんだか、この二週間くらいの間に、シャーロットったら、色々あったのね~!」


 色々とあってから、友人イザベラを現在住んでいるハビエル様のお邸(将来的にはアヴェルラーク伯爵邸にするらしい)へ招き、あの夜……ハビエル様を石像に見立てて、会話の練習をしてみたら? と、私へ言提案してくれた彼女は感心したように何度か頷いた。


 彼女が評した通りこのところ色々ありすぎた私は、喋りすぎて何度かお茶をお代わりした。


 明るい性格のイザベラは本当に聞き上手だし適切な相づちを打ってくれて、彼女と付き合う男性は楽しいだろうなと思う。


 ……なんだか、彼女と話していると、不思議な気分になってしまう。


 イザベラとあの時に私が異性に対し口下手になってしまうという悩みを話していなければ、私はハビエル様と話すことなんてなく、違う男性と今は過ごして居たかもしれないもの。


 恋を叶えてくれた天使のような存在と言えるのかもしれない。


「そうなのよ。それに、あれがあってすぐに、まさかマチルダ様がすぐに異国へとお輿入れの話を受け入れるなんて、まったく思っても居なかったし……」


 なんとびっくり、剣で私と勝負をして敗することとなったマチルダ様は、以前から打診があったという異国へお輿入れの話を前向きに進めるため、縁談相手との顔合わせへと向かわれた。


 これまでは頑なに縁談を断られていたそうだけれど、ずっと好きだったハビエル様は、私との婚約を早急に進めようとされているし、彼女の高すぎるプライドは私との約束を無視することは出来ないのだろう。


 そういう態度は潔いと思うし、私だって彼女に敬意を払いたい。


「マチルダ様にとっても、これで良かったのではないかしら。だって、こんなにもあからさまに好意を示していると言うのに、ずっと知らない振りされているっていうことは……ハビエル様はとっても素敵な男性だと思うけれど、好きになってくれない男性に時間を使うなんて、こう言ってはなんだけど人生の無駄遣いだもの」


 イザベラはお茶を飲みながら、あっけらかんとして言った。私はそれには何も言えずに、ただ苦笑いするしかない。


 マチルダ様はあまりに長い間ハビエル様に執着し続けていて、もう引くに引けない状態になっていたことは間違いなく、私との勝負はそんな彼女の諦められなかった気持ちを解放する手助けが出来たのかもしれない。


 イザベラの言う通り、好きになってくれる見込みのない男性よりも、自分の理想通りに愛してくれる男性を探した方が幸せになれる効率は高いと思う。


 人の気持ちは、効率で割りきれないとはわかっているけれど。


 王太子であられるヒューバード様は妹マチルダ様へ、今後一切のハビエル様と私の二人への手出しを禁じた。


 マチルダ様は尊い王族ではあるけれど、次期国王であるヒューバード様とは立場上敵うはずもないし、この機会に妹が従兄弟にあたるハビエル様へ、どれだけ迷惑をかけていたかということを理解したらしい。


 だから、兄に逆らえぬマチルダ様としてはどうしようもなくなったので、異国に行くしかなかったのかもしれない。


 結局のところ『王家の影』の私的利用については、私が何も言わなくても、ハビエル様の関係をヒューバート様が調べている時に発覚し王家全員へバレてしまったらしい。


 『王家の影』をそんなことに使用するなどと、可愛い末姫に甘いはずの両陛下もカンカンになって怒っていたと聞くし、甘やかされたマチルダ様も反省してくださることを祈る。


「けど……あんなに素敵なハビエル様と結婚出来るのなら、もうなんでも良いわよね」


 イザベラは私に目配せをしたので、私も微笑んで頷いた。


「ええ。それは、本当に間違いないわ」


 ハビエル様は本当に素敵な男性だし、私の口下手(コンプレックス)をなんでもない事のように受け入れてくれた時に、私の大好きで唯一の人になってしまった。



◇◆◇



 ハビエル様と同じ邸で共に暮らし始めて二週間ほどが経過したけれど、彼は聞けば全員が驚くほどにとても紳士的な騎士団長様だった。


 隣の部屋の寝室を用意されているけれど、夫婦用であろう鍵の付いていない扉は全く使用されることはない。


 そして、私が最近知った新事実なのだけど、マチルダ様のことがあって、ハビエル様はこれまでにかなり無理をして邸へと戻って来ていたようだった。


 何故かというと、自分が邸に居ると私の危険が激減するので、なるべく早く帰って来ていたのだけれど、そのツケが溜まってしまい、今はお城に詰めて溜まっている仕事を片付けていた。


 深夜に帰って来て早朝に出て行ってしまうので、あまり顔を合わせられていない。


 もうすぐ彼と結婚するのだなとは思うけれど、いまいち実感が薄く、そもそもちゃんと話せていないのに……夫婦生活なんて大丈夫だろうかと、私は考えてしまっていた。


 だって、夫婦の語らいをする時にも、今のままでは不便過ぎる。それに、私は別に話せないわけではなくて、おそらくは精神的な部分で男性に負けたくないと思ってしまっているからだった。


 負けたくはないけれど、彼に女性として好きになって貰わなければ……好きになって貰うには、令嬢らしくお淑やかに……そんな相反する気持ちが邪魔して、言葉が出て来ない。


 けれど、いつまでも話せないと言い訳をして彼と話さないと始まらないし、このままずっと石板のお世話になるわけにもいかない。


 そろそろ筆談ではなくて、ハビエル様と直接お話しをしたい……私だって、甘い時間を過ごしてみたい。


 最近は、あまり邸で顔を見られなくなってしまったハビエル様に会いにお城へと向かうことにした。


 私が彼と一緒に何度か登城したこともあり、ハビエル様の執務室の位置も、もう既に把握していた。


 勝手知ったる城の廊下を歩きながら、人の少ない渡り廊下に差し掛かった時に、私は何人かの黒づくめの男たちに囲まれた。


 そういう訓練をされていない私には……すぐには、何事が起こったのか、理解出来なかった。


 けれど、彼らが揃って立ったままの私へと斬りかかり、どこからか高い悲鳴が聞こえてから、これは現実なんだと私は認識して、サッと身をかがめ一人から剣を奪った。


 とは言っても、私はたっぷりと布を使った豪華なドレスを着用していたし、身軽な格好をした彼らと同等な動きが出来る訳がない。


 それに、色々あった後に完全に油断してしまっていた自分にも、なんだか腹が立った。


 私の命を狙うほどに、激しい感情を持つマチルダ様は、この国には居ないはずだ。彼女の『王家の影』は、異国へと行ってしまっているはずだ。


 私を襲うような理由もなくなってしまっているし、もう既に危険は去ったと思い込んでいた。


 けれど、現に私は白昼堂々とお城の中で、何者かに襲われている……!


 身を伏せた瞬間に剣を一本奪えたことは、本当に偶然な幸運だった。それが出来なければ、すぐに切り伏せられていたかもしれない。


 どうしよう……どうする? 私が少々剣を使えたところで、多勢に無勢になってしまう。


 それに、彼らは一体誰なのだろう。私が命を狙われる理由なんて……あまり、思いつかない。

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