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16 勝負

 王族に対する最高の礼(カーテシー)をして、私は顔を上げた。


「マチルダ様。申し訳ございません。私はハビエル・クラレット様の執務室で待つようにと指示されておりますので、特にご用事がなければ、これにて失礼いたします」


 まるで、親の仇でも見つけたかのような憎々しげな目付き彼女の事を、真っ直ぐに視線を送り私はそう言った。


 庇ってくれていたロイクさんは振り向いて、不思議そうな表情をしたので私は彼に黙ったままで頷いた。


 ここでハビエル様の秘書官である彼が何かを言えば、ややこしくなることは私にだって理解出来る。


 ロイクさんがすぐに解雇されてしまったら、困ってしまう。何も言わなくても、私の言いたい事を察してくれるくらい有能だもの。


 そして、私はマチルダ様の方へと、一歩踏み込んだ。私の正当な言い分に文句があれば、言えば良いのにと思って。


 マチルダ様はこれまで、王族の自分が凄めばビクついていた女性ばかりを相手していたせいか、私が言い返したことへの大きな驚きに目を見張っていた。


 これまでの正確な経緯を知った私が思うところ、マチルダ様はただただ周囲へと強い怖いと思われているだけで、好きな人の気持ちすらも確かめられぬ弱い人だと思う。


 もし、公的に縁談を申し込みして降格覚悟で断られたくないのなら、私的(プライベート)で確認すれば良いのに。


 本当にそれだけなのよ……私は好きなのだけど、貴方はどう思っている? って、はっきりと聞けば良いと思うの。


「……アヴェルラーク伯爵令嬢。私に何か、言いたい事があるようね?」


 ええ。わかっています。王族たる自分に言いたい事があるなら、言ってみろって事でしょう?


 ……もし、私がここで何も言えないと思っていたなら、それはそれで残念でした。


 私はマチルダ様へ向けて、にっこりと微笑んだ。彼女に楯突くと決めてしまえば、それはそれで、私の方は楽だもの。


 ビクビクして怯えるよりも、はっきりと自分の意見を伝えるわ。


 死の覚悟を決めた兵士が恐怖を克服し何より強いように、私はハビエル様と結ばれるために、この人に嫌われてても良いと決意した。


 だから、これを言って命を狙われたとしても、それはそれで、私の意志通りのことだった。


「ええ。マチルダ様。これ以上、私とハビエル様の仲を邪魔することを止めてください。何か文句があるのなら、ハビエル様へ直接仰ってください」


 それは、決して出来ないとは思うけど。


「なっ……な! 何を言っているの! アヴェルラーク伯爵令嬢、貴女……自分が口にしている事の意味を理解しているの?」


 これまで自分の意志を忖度してくれる人ばかりを相手してくれていたせいか、私がはっきりと言い返したことにマチルダ様は激しく動揺しているようだった。


「はい。私はハビエル様と近く婚約へと進みますし、そのまま結婚する予定です。マチルダ様はその事について、何かご意見があられますか?」


「……貴女のような、何も持たない伯爵令嬢よりも相応しい方が、ハビエルお兄様にはいくらでもいらっしゃるわ……自分からそれを察して、身を引くべきでしょう!」


 そう言ってマチルダ様は胸に手を当てたので、自分こそが『ハビエル・クラレットに相応しい女性』だと、示したいようだった。


「ですが、ハビエル様は私と結婚したいと……私もそう思っておりますので、マチルダ様が思われるような、相応しい女性が名乗りを上げなければ、私たちはこのまま結婚します。そういう女性が本当にいるならば、ですが」


 頬に手を当てて、私はそう言った。彼女にとぼけた振りをしていると思われて、怒りを感じられても別に構わないもの。


 マチルダ様が本当にやらなければならない事は、ハビエル様の周囲を威嚇して回ることではなくて、彼へはっきりと好意を伝えることだと思う。


「……アヴェルラーク伯爵令嬢は、自分がハビエルお兄様に相応しいと思うの?」


「はい。私はハビエル様を好きですし、彼もそう言ってくださっております」


 私がはにかんでそう言えば、マチルダ様は雷に打たれたかのような強い衝撃を受けた表情をした。


「……貴女っ……これから、どんな目に遭うか、わかっているの!?」


 おそらくはここで自分に逆らえば命の危険があると言いたいのだろうけれど、それはもうハビエル様と初めて会った時から私だって理解している。


 すべて理解した上で、私はハビエル様と結婚したいと考えた。


「はい。マチルダ様はどうしたら、ハビエル様を諦めてくださいますか? 彼は私のことを好きだと言ってくださっているので、私は引き下がるつもりはありません」


「なっ……!」


 そこでまた、マチルダ様は目を白黒させていた。おそらくは、これまで誰もマチルダ様には直接的に言わなかったのだと思う。


 彼女の背後にある大きな権力と、ハビエル様に近づけばとんでもない事になるという脅し、それでこれまでは様々な女性が尻尾を巻いて逃げてしまったのだろう。


 そして、逆らえぬハビエル様は何もわからない振りをして身を守っていた。


 マチルダ様はハビエル様に対し自由を奪うのみで、愛する彼がどんなに辛い目に遭っていてもお構いなしだった。


 そんな自分勝手な人に、ハビエル様は渡せないと思うもの。


「はっきりお聞きしますけれど……マチルダ様はハビエル様の事が、お好きなんですよね? 彼へ近づくなと、私へまるで脅すような言葉を使っているのも、そういう事ではないのですか?」


 顔を怒りで真っ赤にしたマチルダ様は、私へと指を差して言った。


「伯爵令嬢ごときが、私に逆らうなんて!! ……絶対に許せないわ!」


「では、私は『王家の影』の私的利用を、国王陛下へ進言を。自分の護衛として派遣されている彼らを、ハビエル様への嫌がらせに使われていると知れば、どう思われるでしょうね」


 ここで、マチルダ様は息を呑んで動きを止めた。まさか、何も知らないと思っていた私が、こんな事を言い出すとは思わなかったはず。


 私だってハビエル様のお邸で、悠々自適に暮らしていたという訳ではなかった。こうした何かの時に使える情報を、頼りになる従兄弟エリアスにお願いして秘密裏に集めていた。


 エリアスが言うには『王家の影』は、配属された王族の命令は絶対。そして、職務上の情報は秘密厳守とされている。


 つまり、ハビエル様に『王家の影』が張り付いていることは、他の王族は何も知らない。他の王族の『王家の影』は知ってはいるけれど、聞かれないと答えない。そういう事だった。


 ハビエル様本人がそれに勘付いているけれど、報告しなかったのは、彼女の好意に『気がついていない』筈だからだ。


「ふんっ……貴女が私より何かひとつでも、上の存在であると認められたら、ハビエルお兄様のことを諦めるわ!」


 腕を組み不機嫌そうに鼻を鳴らしたマチルダ様は、悔し紛れにそう言った。


「ええ。それでは、受けて立ちますわ!」


 待ってました……と、言ってはおかしいけれど、私の思った通りに話は進んでくれた。


 好意を好きな人に伝えることすら出来ないほどに、プライドが高いマチルダ様は、公衆の面前で約束したことは必ず守るはずだわ。


 私にとっては、この展開が一番に、理想だったのだ。


「それでは、剣で!」


「剣……ですって!?」


 まさかの勝負方法の選択を聞いて、驚きに目を見張ったマチルダ様に、私はにっこりと微笑んで頷いた。


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