12 真実
そして、私が思っていたよりも早く、その時は訪れた。
何人かの騎士たちが私たちが身を潜めていた草むら近くを通りかかり、先にロイクさんが出て行き、マチルダ様の息がかかった者でない事を確認してから私を連れて彼らと合流した。
すっ……すっごく用心深い動きだけれど、これまでの事を考えればそれも仕方ないのかもしれない。
私たちが見つかったという知らせは彼に先んじて届いていたらしく、彼の方から向かって来てくれていた。
騎士団長に相応しい装飾が施された特別な騎士服に身を包んだハビエル様は、薄暗い中だというのになんだか輝いて見えた。長めの黒髪は乱れていて、それだけ彼が慌てていたということを表しているかのようだ。
ものすごく特別な存在に見えてしまうのは……私が彼の事を好きになったからかも、しれないけれど。
「シャーロット! 大丈夫か? ……ロイクに襲われなかったか!?」
慌ててこちらに向かって来つつ放たれた一声に、私はその場で転けそうになった。
……逆です! 逆です~! ロイクさんからは襲われるどころか、色々助けて貰いました~!
「良かった。心配していた」
私は素早く近づいてきて顔を覗き込んだハビエル様へ、自分が無事であることを示すように何度か頷いた。距離が近い~!
嫌ではないけど、恥ずかしいよ~!
「……馬車の道筋が違っておりましたので、捕縛される危険を事前に防ぐためにシャーロット様と共に飛び降りました。追っ手に見つかる事を恐れ、ここで身を潜めておりました。検分したところ怪我などはございませんが、打ち身などの可能性もありますので医師の診察を受けた方が良いと思います」
ハビエル様の妙な心配を完全無視して、ロイクさんは淡々と現状報告をした。
「姿を見たか」
「いえ。おそらくは御者を直前で入れ替えたのかと。走る馬車の中ではシャーロット様を確実にお守りしながら撃退することは難しいと判断し、いち早く離脱を計りました」
「……敵の予想は」
「『王家の影』あるいは、それに相当する能力の高い集団かと、正確な数は把握出来ませんでしたが、馬車間近には何人かの気配がしました」
「『王家の影』がシャーロットを狙う理由は、何か考えられるか」
そこで、これまでは淀みなくハビエル様からの質問に答えていたロイクさんは、数秒考え込むようにしてから答えた。
「おそらくは、ハビエル様の縁談相手を邪魔に思う何者かが、『王家の影』を使える者に居るのかもしれません」
えっ……ロイクさん。そんな事を言ってしまっても大丈夫なの? だって、騎士団を、即日解雇になってしまうかもしれないのに……。
彼はハビエル様からの職務上の質問に答えているから、大丈夫なのかな……これまでの数々の恐ろしい話を聞いているから、なんだかハラハラしちゃう。
「俺の縁談相手を、邪魔に……? どうしてだ。伯父上や伯母上からも、早く結婚しろと再三言われているし、俺もそうしたいと答えている。王太子であるヒューバートからも。さっさと結婚しろと、この前に言われたばかりだ。だから、こうしてシャーロットとの結婚を決めたではないか」
それって、恐らくは『うちの末姫がハビエルのことが好きだから気がついてやれ』って、そういう意味ですよー!!! 多分、わかっていないと思いますけどー!!!
それを言えない私は嫌な汗が全身から、だらだらと流れそうになった。
「それは、団長本人が一番に、わかっていることではないですか……そろそろ良いと思いますよ。そちらのご令嬢は、団長の事が本当にお好きなようですし」
……え?
揶揄うでもなく冷静な眼差しで団長を真っ直ぐに見つめるロイクさんに、私は驚いてしまった。わかっていること? だって、ハビエル様はマチルダ様の好意なんて、まるで何も知らないのに。
そこで私はロイクさんが、これまでに言っていた事を思い出していた。
自分に正義感を持って真実を伝えようとした部下は、全員即日解雇されてしまうと言う。そんなおかしな事が身の回りで起こっているのに、ハビエル様が不思議に思わないなんて……あるだろうか。
「……下がって良い。ロイクも医者に診てもらえ。そこの馬車に団医を連れて来ている。シャーロットは俺の邸に呼んである医者に診てもらうことにする」
私は自分に寄り添う、ハビエル様の顔を見上げた。キリッと美麗なお顔は、とても格好良い……ではなくて、多くの部下を統率する指揮官としての厳しさが溢れる表情。
そうよ。こんな、誰もが口を揃えて褒めるような、優秀な人が……あんなにわかりやすい好意に気が付かないなんて、有り得るんだろうか。
私の視線に気が付いたのか、彼はにっこりと微笑んで安心させるようにして背中を軽く叩いてくれた。
「シャーロット。馬車へ行こうか。エリアスも君が見つかれば、俺の邸へと来てくれることになっている」
あ。そっか……私いま、行方不明で見つかったばかりだから、多分アヴェルラーク伯爵邸は大変なことになってしまっているかもしれない。
ハビエル様は長い足でスタスタと歩きかけたけれど、私がそう早く歩けないと気が付いて、慌てて謝ってゆっくりと歩いてくれた。
優しい。
……ハビエル様はマチルダ様の恋心に気が付いてなくて、だからこそ、これまでにどんなに結婚しようとしても、結婚が出来なかったはずだ。私はずっとそう思って居たし、周囲の皆だってそう思って居たはず。
私はさっきのロイクさんの言葉を、思い返していた。彼はハビエル様が『一番にわかっているはず』と言っていた。
ハビエル様が従姉妹にあたるマチルダ様の恋心を理解した上で、お断りするとするならば、彼女は王族で姫で本来ならば、臣下としては許されることではない。
ハビエル様本人は断りたいと思っても、おそらくは彼の父や兄が許さないはずだ。王族の勘気を被るなんて、臣下であれば誰しも避けたいもの。
……けれど、彼女は自分のプライドが邪魔をして、自分からは言い出せない。なんなら、ハビエル様が忖度して言い出してくれることを待っているようだ。
大好きな彼に断られて傷つくことが怖いし、おそらくはマチルダ様は無理強いではなく、ハビエル様から告白してくれて愛してくれることが一番の理想なのだろう。
もし、ハビエル様が『すべてわかった上で』マチルダ様の恋心を、知らない振りをしていたとする。
マチルダ様との縁談は本人からの希望で王族から無理強いされることはないから、匂わされても気が付かぬ振り素知らぬ振りをして、誰か結婚出来る相手を探す。
何度も何度も邪魔をされたとしても、お互いに絶対に結婚すると決意出来た女の子なら、マチルダ様はもう邪魔をすることが出来ない。
だって、彼女は……彼に自分から、好きだと言うことが出来ないからだ。
ハッと気が付けば、灯りの点いた馬車にまで辿り付いていた。
「シャーロット。ここまで、疲れただろう? 大きめの馬車で来た。邸に着くまで、横になっても大丈夫だ」
おそらくは長距離用の馬車の中は、ゆったりとしていて座面もかなり広い。
後から乗り込んだハビエル様は微笑んで、私の頭を撫でた……やだ。たったそれだけの仕草だけでも、胸がきゅんとして心臓が高鳴り始めた。
……っ! 待って。私はハビエル様に確認しないと……だって、これって、もしかして。
「あのっ……ハビエル様っ……(もしかして、マチルダ様の)こと、気が付いてっ……」
もう~! 聞きたい事も聞けないの、私も嫌~!!
ハビエル様はその時、優しく微笑み石板と白いチョークを私へ渡した。これは文字を書けるけれど、すぐに布で消せる便利なものだ。
「シャーロットのことを聞いてから、すぐに用意させた。筆談ならば、この方が良いだろう?」
やっ……優しい~! 大好き~!
私はカツカツと音をさせて、石板に『マチルダ様のこと、もしかして、気が付いてますか?』と聞いた。
ここでハビエル様が『本当に何も気が付いて居ない』なら、これが何がなんだかわからないはずだ。
……けれど、もし、彼が全部知っていて、それでも知らない振りをしていたとしたら……。




