10 決意
「なんだ。深刻な書き出しだから、一体何なのかと思えば。俺は口下手なのは、可愛いと思う。緊張して話せなくなるんだろう? それだけ、意識してくれていて嬉しい」
異性だけに上手く話せないなど何の問題もないと、にっこり微笑んだハビエル様。エリアスの言った通りだった……やっぱり、エリアス凄い。ハビエル様の反応をピッタリ当てましたで賞あげたい。
「シャーロットは、それをずっと気にしていたんだな……俺は全然構わないよ。可愛いと思うし気にならない。文字で意志の疎通は出来るのだから、慣れるまでは筆談にすれば良い」
私の顔を覗き込み優しく微笑み、それならば問題ないだろう? と、首を傾げるハビエル様。
もう……す・す・すきーーーーーーーー!!!!!!!
キラキラきらめく無数の星のような甘いときめきが、胸の中に怒濤のように押し寄せた。
だって、私……それまで、とんでもなく格好良い騎士団長としてしか、ハビエル様を見られていなかったと思う。
いわば、彼の持つ要素で、『そういう人』という、記号的に考えていたと思う。だって、何でもその手に持っているこの人と、自分が恋愛出来るなんて、なんていうか……あまりにも非現実的過ぎて。
実際のところ、それだけ魅力的な男性だとしても、命の方が大事な気がする……なんて、心の奥底では思っていた。
けど、今私の中でハビエル様は完璧な石像ではない、生身の肉体を持つ男性になった。中身も予想以上に良すぎて……私だってハビエル様をそういう意味で、好きにならざるを得ない状況になってしまった。
……実際のところ、ハビエル様は端から見ればとっても可哀想な人なのだ。
おそらくは、幼い頃から大きな権力を持つ従姉妹に異性からの接触を阻害され、非常に魅力的な男性なのに、自分には男性的な魅力がないと思い込まされている。
本当は異性をとっかえひっかえよりどりみどりな薔薇色の生活を送っていてもおかしくない人なのに、出会いを身勝手に制限されて……それって、あまりにも酷くないかしら?
周囲だって色々とわかりつつ、自分には被害を受けたくないと、知らないふりをしている。いえ。私だって無関係だったら黙っているはずよ……誰だって、我が身が一番に可愛いもの。
命は一個しかないし代わりが効かないし、何より大事だもの。
奇跡的な偶然で私はハビエル様から結婚したいと思われたのだけど、もう……このまま滝から落ちるような速度で、行き着く場所まで、流されてしまっても良いのでは……? と思えてきた。もし、こんなに素敵な人と結婚出来るなら。
……たとえ、それが自分の命の危険を、伴ったとしても。
「シャーロットはそんな事を気にしていたのか。何も心配することはない。俺がそれを良いと思えば、それで良いんだろう?」
ダメ押しのように優しく問いかけられ、私はこくこくと頷いた。
そして、思ったのだ。ハビエル様が口下手なままで良いと言ってくれたのなら、どうにかして自分も口で気持ちを伝えたいって。
「あのっ……あの(そうなんです……ありがとうございます)私……その……」
私はまた言葉に詰まってしまって何も言えなくなり、湧き上がった気持ちが、しおしおと萎んでしまうような気がした。
なんだか、いけそうな気がしただけだった……そうなのよ。強い気持ちでなんとかなるものならば、もうなんとかなっていると思うもの。
言いたいことも言えないなんて……情けなさ過ぎる。
「シャーロット。俺はそのままの君で、良いと言っただろう? 別に落ち込まなくて良いんだ。同性と話すことが出来るのなら、いつか俺とも普通に話せるようになるだろう」
その時に見えたハビエル様の顔は、私が今までずっと致命的な欠点だと思っていたことを、全く気にしてないよって優しい顔。
「え……すき……」
私はすんなり口から出てしまった自分の気持ちに驚いて、両手でバッと口をおさえた。
えええええ……今、私、流れるように告白しなかった? ついつい、好きって言ってしまわなかった?
や、やだ。恥ずかしいー!! 普通の人はこっちの方が、言えないはずなのにー!!!
「……シャーロット」
ハビエル様が驚きに目を見開いて恥ずかしさの極地の私へ手を伸ばした時、扉がガチャっと開きお茶をお盆に乗せた騎士が、非常に距離の近い私たちの様子に目を留めた。
「出直します? 団長の言いつけ通り、喉に良いお茶です」
冷ややかな視線と冷静な声にピンク色に染まっていた空気は、一気に冷たくなってしまった。私は少しハビエル様から距離を取ったし、彼も一旦元の位置へと身を引いた。
「いや、良い……シャーロットは俺の邸に来ることになっているから、職場だということを忘れていた」
はい! 職場ですね! 職場でしたね! 確かにこちらの騎士様も、おそらくは職務上の言いつけでお茶を持って来ているので、こんな場所で何をと叱られるとしたら、こちらの方ですよね!
「早々に……団長の邸へ? 貴方、ついこの前まで結婚出来ないと、苦悩していませんでした?」
私の前にお茶を置いてくれた騎士様は、茶髪に緑色の瞳。そして、可愛らしい童顔を持っていた。
「いや、だからシャーロットが夜会で俺に声を掛けてくれたんだ。そして、俺は結婚するならこの子しかいないと……」
「先方から声を掛けてくれただけで、結婚が決まったんですか? なんだか……団長らしいですね」
「まあな! ロイクも恋人を作った方が良いぞ。人生が本当に明るくなるからな……」
呆れたように言ったロイクさんが言ったのに、ハビエル様はにこにこ微笑んで私の方を見た。
ハビエル様……私程度で、こんなにも喜んでくれるなんて……なんだか不憫にも思えるけれど、私……決めた。
命が狙われて良いから、ハビエル様と結婚する! 大きな権力を持つマチルダ様と……頑張って、対抗する!
「シャーロット様との同居は、双方のご当主から許可はいただいたのですが?」
「俺は成人済みで騎士団長も拝命しているし、父上に許可をいただくこともあるまい。シャーロットの父君は異国で母君には、彼女の従兄弟から連絡がいくはずだ。これまで、何度も何度も縁談相手が体調不良になってきたんだぞ。俺の邸で滞在してもらい、最大限、こちらで健康管理をさせてもらう」
ハビエル様……! これまでの縁談相手が、本当に体調崩しただけだと思って居るの、なんだか可愛いけど、それは絶対に違うと思うわ……!
「ははあ……さようでございますか。僕もその方が良いと思いますね。団長もこれまでの数々の失敗を経て、学習なさったんですね」
ロイクさんは、肩を竦めてそう言った。
……そういえば、この人もマチルダ様のことは知っているはずだけど……あれだけ、あからさまな態度だし。というかハビエル様以外は、絶対に言わないものね。
「シャーロット。今日は俺は会議に出なければならないが、ロイクに送らせるから、くれぐれも事故には気を付けてくれ」
ハビエル様がそう言ったので、私は頷きながら不思議だった。馬車の事故って、乗っている人がどうやって気をつけるの……?
「……シャーロット様。団長の以前の縁談相手のお一人が、遠方からの移動中に馬車で事故に遭って引き返し、そのまま破談になったことがございます」
あ……そうなんだ。ロイクさん。私の心の中を読んだかのような、詳しいご説明……ありがとうございます。