①
あなたは、1人の夜が寂しい。と思ったことはありませんか?
或いは、誰かに話を聞いて欲しいと思う夜は有りませんか?
これは、そんな夜に出会う怪異の話。
「あ"ぁっ、あのクソ男ッ!」
深夜、部屋に乱暴に戻った私の名前はユキ(仮)。
3年付き合った彼氏の浮気が発覚し、先程フラれた22歳のOLである。
普段ならもう少し可愛い自分でいたいとか言いながら入浴を渋るところだが、朝から時間をかけて可愛くしたのに惨めに捨てられたこの姿を早々になかったことにしたいとばかりにカバンだけ玄関に投げ捨てて怒りの収まらないままに帰宅した彼女はズカズカと全身で苛立ちを表現しながらお風呂へ直行する。
そして髪から水滴を滴らせたまま上がってきた私は冷蔵庫を乱暴に開けて冷やしておいた缶ビールを手に握る。
「いや、こういう日はこっちでしょ」
そう言って取り出したのは薄水色の瓶に入って揺れる透明な液体。
米の旨味を凝縮した神が作ったとしか思えない酒、日本酒しかない。などと呟きながらグラスと酒瓶をテーブルの上に並べる。
こういう時は話し相手が欲しいとスマホを開くが電話をするには非常識すぎる時間に特大の溜息をついてスマホを閉じてグラスにダバダバと日本酒を注ぎヤケクソ気味にゴクゴクと飲み込む。
「あー、もう最悪
なんなのあのクソ男」
ガシガシと頭をかいて愚痴を漏らす、聞いてくれる人は居ないので完全に大きな独り言となっている。
ユキは彼氏の理想の女の子である為に大好きなお酒も飲まずにカクテル1杯程度で我慢したり、別に好みでは無い可愛い洋服に庇護欲をそそるようなメイクをしていたのに浮気された上に、浮気相手は綺麗系の勝ち気っぽい顔の女だった。
出会った頃の私もそっち系だったじゃん。
お前の好みに合わせたのに結局そこに行くんかい。って思ったし、何のための可愛い女の子だったのか分からんし、なんなんだ。
ダンッ!とグラスをテーブルに叩きつけて突っ伏す。
「ねぇ、ぼくにもお酒貰ってもいいかな?」
イライラしながら飲んだせいでかなり早く酔いが回ったらしい。
聞こえた声に視線を上げると目の前の椅子に柔和に微笑む人物の幻覚が見える。
私は一人暮らしだし、玄関に鍵は掛けてる。
話し相手が欲しいと言う私の願望が生み出した幻覚でなければ一人暮らしの家に侵入して酒を集っている不審者と遭遇していることになる。
「ま、この際不審者でもいいか」
話を聞いてくれるなら。
「猪口とグラス、どっちがいい?」
「うん、グラスだと嬉しいな」
ふわふわする心地で立ち上がりやっぱ結構酔ってるなぁと思いながら食器棚で振り返り不審者に尋ねるとふわりとした癒されるような笑みが嬉しそうに綻ぶのが見える。
かわいい。
白い短い髪に優しげに垂れた緑の瞳、白い袖の長い上着、全体的に庇護欲を誘う子犬感がある。
カッコイイ系のイケメンより、こっちの可愛い系のイケメンの方が好きだったのか。
甘やかす方が性に合うとは思っていた。
グラスを不審者の目の前に並々と注いだ酒を置く。
「とってもいい匂いだね、高かったんじゃない?」
不審者は優しい柔らかな声と共に小さく首を傾げている。
かわいい。
「あ、高くていいお酒でも、お酒飲むなら胃に何か入れた方がいいよ。
何かあるかな?」
僕は平気だけど、とこちらを心配するように上目遣いに見てくる。
もうこの際不審者でも幻覚でもいい、かわいい話し相手がいてくれて心配してくれる、それだけでいい。
……そういえば、私あのクズに心配とかされたことなかったな……。
浮気はするし気遣いはできないし余りにも底辺クズ過ぎんか……?
「おつまみ、乾き物しかないんだけどそれでいい?
裂きイカとかカルパスって食べれる?」
「お酒に乾き物、美味しいよね。
裂きイカもカルパスも大好き!」
戸棚にしまい込まれてた乾物の賞味期限を確認して尋ねると蕩けるような笑顔で最高!と返ってくる。
マジでこういう彼氏が良かったな。
「随分乱暴にお酒を飲んでたけど、そんなに嫌なことがあったの?」
カルパス美味しい。と小動物のようにもぐもぐと食べている不審者を眺めていたらこちらに目を向けて目も腫れてるよ。と心配そうな目を向けてくる。
他人に心配されて気遣って貰えたのなんて何年ぶりだろうか、と思ったら怒りに上書きされていたはずの悲しみが湧き上がってくる。
ボタボタと落ちる涙をオロオロした晩酌相手の不審者はそっとタオルを差し出す。
ちなみに差し出してくれたそれは台拭きである。
「……彼氏にフラれたんだ、浮気されて」
ほんとに困って差し出したであろう台拭きを受け取ったらちょっと笑えて今日あった事が口から溢れてくる。
「……それは、辛かったね
今日はいっぱいお酒飲んで幸せな気持ちになって寝ようね」
フラれた、と聞いた不審者は本人が傷つけられたように眉を下げて泣き出しそうな顔で私のグラスに並々とお酒を注いでくれる。
「あんたは良い奴だね、名前はなんて言うの?」
酒の注がれたグラスを傾けて酒精を喉に流し込んでから尋ねればその不審者は困ったように眉を下げて首を傾げた。
「みんなは僕のことを相伴さんって呼んでるから、君もそう呼んでくれたら嬉しいな」
困り笑いも可愛らしいこの子犬系不審者は相伴さん、と呼んで欲しいらしい。
「何もしない自分を貸し出します、ってビジネスの人みたいね、良いわ
今夜はとことん付き合ってもらうわよ、相伴さん?」
「うん、君の気が済むまで沢山お酒飲もうね」
物腰穏やかで子犬のような愛嬌のある今夜の晩酌相手、相伴さんとまさか潰れるまで飲むことになるとはこの時の私は思いもしなかった。