③
同じところをグルグル回っているように感じるが、黄昏様の足取りに迷いは無い。
時折空を見上げてこちらを見下ろすカラスを見ているようだが特に目印になるようなものとは思えない。
「……君、運が悪すぎだねぇ」
交差点の真ん中で立ち止まった黄昏様が呆れたようにため息をついて同情するようにこちらに目を向ける。
なんのことかさっぱり分からないので首を傾げておく。
確かにこんな訳の分からない空間に迷い込んだのは運が悪いかもしれないが今更ここで言うことでも無いはずだ。
「まぁ、いいや
少しの間手を話すけど私が肩を3度叩くまで
ここでしゃがんで目を閉じて耳を塞いでおいで」
仕方ないよね、と言うように肩を竦めた黄昏様が交差点の端っこでそう告げる。
言われるがままにしゃがみこみ目を閉じて見えないように膝に顔を埋めながら耳を塞ぐ。
金木犀のような香りと僅かな風が吹いた後、塞いでいても僅かに聞こえる金属を擦ったような甲高い音が恐ろしくて全身に力を込めて強く耳を塞ぎ、更に身を小さくなりながら早く終われと祈る。
どれほどの時間が経ったのか分からないが優しく肩が3回叩かれる。
終わったのだろうか、と耳を塞いでいた手を緩めるとちゃんと約束守ってて偉いね、とコロコロと鈴が転がるような軽やかな笑い声が聞こえてくる。
その声は確かに先程まで聞いていた黄昏様の声で、安心して目を開いて顔を上げる。
「これで暫くは大丈夫。
彼らには君は随分美味しそうに見えるみたいだから帰るまでに何回かあるかもしれないけど」
にこりと笑ってみせる黄昏様の頬には黒に限りなく近い赤がべとりと張り付いていた。
黒くて分からないが服も所々が濡れている。
手は綺麗だが靴はかなり汚れていた。
「あ、ありがとう……?」
何があったのか突っ込んで聞くのも怖くて震える声で紡いだ言葉は疑問形となってしまった。
それでも黄昏様は義務だからね、と肩を竦め特に気にした様子もない。
再び差し出された黄昏様の手を握る。
何があったのか、黄昏様が何をしたのか、あの恐ろしい音はなんだったのか
想像出来てしまっても頼るしかない手を握る。
「大丈夫、君が帰るまで私が守ってあげる」
ニンゲン。と呼んだ黄昏様は人では無いのだ、と理由もなく確信してしまった。
黄昏様が歩く後をついて行く道の端、腐敗臭のような不快な匂いにそちらを向くとグズグズに溶けてしまって何かよく分からない黒いものが落ちている。
「あぁ、それ
さっき片付けたからもう動かないよ、怖がらなくても大丈夫」
視線に気づいた黄昏様が子供を宥めるような声を出すからびっくりしてえっ、と言う声が出たが、あの腐乱死体は動くらしい。
恐る恐る腐乱死体の横を通るが特に動く様子もなく無事に通り抜けては安堵のため息をつく。
「あの、あとどれ位で帰れます……?」
「さぁ?君の運次第、って所かな」
こんなのがしばらく続いたらメンタルが持たないと黄昏様に問かければ無責任にも聞こえる声音で首を傾げた黄昏様が早く帰れるように祈るんだね。と悪戯めいた笑みを浮かべ小さく笑った。