①
暑い、とにかく暑い。
風が吹いても人肌温度で暑いし吹き出した汗が肌を伝い服に染み込んで絶妙に気持ち悪さを醸し出している。
あまりに暑すぎて蝉も鳴いてない。
とてもじゃないが人が生きていく環境じゃない。
こんな中労働しなきゃいけないと考えるだけでもげんなりする。
「なぁ、聞いてくれよ!おれさ……昨日、黄昏様に会った!」
「マジ!?異世界入りじゃん……お前マジで人のままか?」
「おれ、化け物になっちまってるかもしんねぇ……お前を見ると腹が減るんだ」
「わー、やめろー、来るなー!」
このクソ暑い中でも元気に悲鳴をあげて子供達がランドセルを左右に振るようにして道を走り抜けていく。
是非ともその元気を半分ほどこのくたびれた社会人に分けて欲しい。
しかし、たそがれさま、か……
最近の小学生の間で流行ってるアニメだろうか、しかし異界に入ると化け物になる、って子供向けとして中々……いや、そうでも無いか。
人を食べる鬼は首を切り落として殺せ、みたいなアニメもキッズたちに絶大な人気を誇ってるし、なんなら主人公の頭をぶん投げてすげ替えるアニメは幼児向けだ、こう考えると治安終わってるな。
そんなどうでもいいことを考えながらホームに滑り込んできた電車に乗ってスマホを開く。
普段はSNSを眺めて時間を潰すところだが、今日は道中で聞いた"たそがれさま"について調べる。
知りたいことがあった時にすぐに調べられる環境は素晴らしいな、と思いながら検索したページに引っかかったのは電子掲示板。
都市伝説や怪談をまとめている掲示板でいくつか引っかかる。
他にもtubuyaitendarの呟きもあったが具体的に書いてあるのは掲示板の方らしい。
アニメじゃなくて怪談だったか、と思いながら該当ページを開く。
ーーーーーーー
【黄昏様って知ってるか?】
黄昏様ってのが今キッズ達の間で流行ってるらしいけど聞いたことあるやついる?
小学生教師のワイ、聞いたことあるで
俺も弟がなんかそんなこと言ってたな
ーーーーーーー
たそがれさま、は黄昏様と書くのか、なるほどな。
しかし、読む気しないな、まとめを探した方が早そうだ。
ちらっと数行呼んだだけでページを閉じる。
スクロールしていくと個人のブログらしいページが見つかる。
ーーーーーーー
【黄昏様に関して私的考察】
『黄昏様とは』
黄昏様とは小中学生を中心に流行っている都市伝説の少女の事である。
夕方、黄昏時に現れる少女で出会うと必ず1言目には迷子かどうかを尋ねてくるという。
以下に私が聞いた黄昏様の噂話を記載しておく。
夕焼けの美しい日にいつも通り街を歩いていると突然音も人の気配もしなくなる。
歩いても歩いても知ってる場所なのにどこにも行けないし、誰にも合わない。
更にしばらくするとなにかに見られているような気配を感じるようになるがそれでも人影は見えない。
もうとっくに日が沈んでもおかしくないくらい移動してても誰にも会えない、陽も沈まない。
自分の出す音以外聞こえない空間で発狂しそうになる。
そんな時に鈴の音が響くと背後から「迷子かな?」と声が問いかける。
振り返ると肩くらいに黒い髪を伸ばした黄昏色の瞳の黒いセーラー服を着た少女がじっとこちらを見ている。
迷っている事を伝えると手を出し「案内してあげる」と言ってくれる。
素直にお礼を述べて案内に従うといつの間にか自分の見知った場所に出ている。
これの別バージョンとしては案内を断ったり黄昏様を侮辱するような言動があると八つ裂きにされて殺されしまう、黄昏様が化け物に襲わせて殺されると言うものや自分のつもりだが実は本物と化け物が入れ替わっていて化け物になってしまっていると言うもの、或いは黄昏の街に辿り着いた時点で人ではなくなっている説もある。
カラスの羽が落ちてきたり、カラスの声を聞いた、という話もある。
ここで黄昏様に関して簡単にまとめておこうと思う。
『黄昏様』
·容姿:黒い髪、黒いセーラー服の中高生くらいの女の子、目が黄昏色
·出現条件:黄昏時、屋外
·噂のあらすじ:永遠の黄昏が続く異界に迷い込むと現れる少女が現れ、道案内に従えば元に戻れるが元の人間のままかは不明
·対象:子供が多いようだが大人もおり老若男女関係ない
·その他:カラスと関係がある模様
ここから私の考察を載せていこうと思う。
まず、迷い込む黄昏の誰もいない世界というのは異世界、或いは世界の境界のようなものなのではないかと思う。
言うならばガラス1つ隔てた世界といった所だろうか。
幽世や神界なんて呼ばれる場所に酷似しているのではないか、と考えている。
そして、黄昏様だが化け物を従えているような描写があることから異界の主であるか、もしくはそれに類する上位種と考えられる。
カラスの描写がある事からカラスとの関係も伺える。
カラスで連想するのは八咫烏、だろうか。
八咫烏はそもそも神使であることを考えると人を助け、或いは殺してしまう黄昏様も似たような存在であると考えていいかもしれない。
神様と言うのは礼儀に厳しく、ちゃんとしていれば助けてくれるがそうでなければ罰を与えるものなので黄昏様にもその性質が出ている可能性がある。
地域で信仰されていた土着の神様、もしくはその使い、と言った所だろうか。
稲荷神社も狐は神使であるが多くの人が稲荷神社の神様と言って思い浮かべるのが狐であるのと似た現象の可能性も否定できないと思う。
ーーーーーーーーーー
『まもなく、錆残駅、錆残駅』
結構読み込んでいたらしく降車駅のアナウンスでスマホを閉じる。
扉が開くと同時に流れ出す人の流れに逆らわずに歩きを進める、さぁ、今日も仕事が始まる。
昨日と何一つ変わらない、今日が。