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【08】










 エレーナ・ファトクーリナは、王立学院第五学年のアヴィリアン王子の側近の中では名の知られた少女だった。と言っても、特別何かが際立っているわけではない。美少女ではあるが、どちらかと言うと存在感がない方だろう。


 正確には、エレーナが知られているわけではなく、彼女の兄弟がある意味有名なのである。彼女の次兄ニキータは、宰相府に勤める役人で、有名な変人なのである。ただの変人ではなく、平時の変人、有事の有能を地で行くような人だ。一年ほど前、宮廷が大混乱に陥った時に一人だけ平然として騒動をおさめて見せた。変人であるが、間違いなく有能だった。


 そういえば、同級生にその妹がいる、と思って見てみると、変人な兄に比べて存在感の薄い少女だった。女の子たちの中でもおとなしいグループに所属していて、言動から小ばかにされているのがわかった。それをエレーナもわかっているのだろう。中庭でため息をついているところに遭遇し、初めて本格的に会話を交わした。その時の印象から、おっとりしすぎているだけで頭のいい子なのだろう、と思えた。人の話を聞くこともできるし、自分のダメな点もわかっている。改善されないのは、周囲が非協力的だからではないだろうか。


 ルスランが珍しく話題に出した少女を面白がって、従妹のポリーナが見学しに行った。この従妹とは付き合いが長い分、いらない面まで把握されている。


「可愛い子だね、エレーナちゃん。可愛い顔しておっとりしているのに、肝が据わってる」


 まあ、肝が据わっているのは確かだろうな、とポリーナの言葉を聞きながら思う。そうでなければ、クラスメイトに馬鹿にされているのがわかって居ながら、学校に通うことなどできないだろう。柔らかな面差しのわりに、図太いと思っている。


 ルスランやポリーナが気にかけたからだろうか。同じクラスの侯爵令嬢エカテリーナが、エレーナに嫌がらせをするようになった。だが、気にしていない、というか、気にするそぶりを見せない。図太い。


 相変わらずポリーナがあれこれと気にかけているようで、その中で少し気になるところがあったので話をしたときに、アヴィリアンが官僚にならないかと誘っていた。多分、王子妃になるであろうポリーナが、すでに取り込みを狙っていると思う。


 エレーナが視察に同行して休んでいる間に、エカテリーナが騒ぎを起こした。エレーナに突き落とされたのだ、と喚いたが、エレーナは学校どころか王都もいない。騒ぎを起こした挙句、関係ない人間に罪をかぶせようとした、としてエカテリーナに処分が下された。


 ……のだが、この一連の流れに作為的なものを感じるルスランである。ちらちらニキータの姿が見え隠れしている気がする。


「あ……はい。お兄様発案ですね……」


 ルスランの隣を歩くエレーナがちょっと困ったように認めた。ルスランはやはり、と思う。


「エカテリーナをあおって、自分は存在感を消して視察に行くって、器用だな」

「ええっと……煽る方向性が違いましたよ。私に関することでは、逆に私へ目を向けてしまうので、全く関係ない方向から煽れと」


 ちなみに、噂を流したのは在学中の弟妹らしい。ルスランは弟だというエリセイに会ったことがある。


 試験結果を意図的に操作した、と噂を流したそうだ。それで、先生方と王太子がお怒りだ、と。ちなみに事実だ。試験結果の操作は、エカテリーナがしたわけではないが、彼女の願いを受けて父親が行った。なので、今、父親も肩身が狭いはずだ。


「まあ、娘のわがままを何でも聞けばいいってもんじゃないって気づけて良かったんじゃないの?」


 ポリーナが辛辣に言った。いや、むしろ前向きに解釈しているのかもしれない、これは。ポリーナがアヴィリアンの婚約者に一番近かったため、エカテリーナが対立してきていたのだ。突っかかられてばかりだったポリーナが、エカテリーナにいい感情を抱いていないのは仕方のない話なのだ。


「ポリーナちゃんはさっぱりした性格で、素敵ですね」


 おっとりとエレーナが言った。こういうところがポリーナがエレーナを気に入る要素なのだと思うが、ポリーナは嬉しそうにエレーナの手をぎゅっと握った。


「ポリーナ。教室につくからエレーナを離せ」

「何、ルスラン。エレーナちゃんを取られて悔しい?」

「何を言っているんだ、お前」


 ルスランが本気で怪訝そうに言うと、ポリーナは肩をすくめた。


「ちょっとした冗談じゃない。ユーモアだよ、ユーモア」


 ひそかに気にしているところを指摘されて、ルスランは渋面になる。それに気づいたわけではないだろうが、エレーナがほっとしたように言った。


「冗談なのですね。びっくりしました」


 天然な返しに、ポリーナは「エレーナちゃんはそのままでいてね」としみじみと言った。ニキータの仕事を手伝っている時点で、それはちょっと難しいのではないだろうか。


「ほら、行こう。エレーナ」


 教室の近くまで来たので、ルスランはポリーナから離すようにエレーナの肩を押した。ポリーナが「また後でね」とエレーナに向かって手を振る。エレーナも微笑んで手を振り返した。


 教室に足を踏み入れると、視線がこちらに向かうのがわかった。ルスランとエレーナが一緒に入ってきたからだ。一瞬びくっと肩を震わせたエレーナだが、すぐに何事もなかったように自分の席へ向かった。強い。


「お前、結構エレーナを気に入ってないか?」


 アヴィリアンが席に着いたルスランの方へ身を乗り出していった。ニヤニヤしている。おっとりしたエレーナと話しやすいのは確かだが、そうも邪推されると胡乱になってしまう。


「ポリーナも同じようなことを言っていました。お二人はお似合いです」

「辛辣……でも、お前も冗談とか言えるんだな」


 ちょっと安心した、と言うアヴィリアンが結構ひどい。それに、アヴィリアンとポリーナがお似合いだと思っているのは事実である。顔を合わせれば言い合いをしているが、喧嘩するほど仲がいい、とも言うし。ぽんぽん会話できるのは気心が知れている証拠だと思う。


「今度の夜会、お前はエレーナを誘っていけばいいんじゃないか」


 アヴィリアンが雑事を片付けるために使っている会議室で、ルスランは彼にそう言われた。ルスランは「兄と行くそうです」と答えた。もう聞いた後だった。


「お前、もう聞いてたの。意外と手が早いな。なんか安心した」

「どういう意味ですか」


 単に世間話の一環で聞いただけだ。まあ、パートナーとして誘えたら、という下心がなかったわけではないが、手を出すも何も、何もしていない。ついでに言うならポリーナも一緒だった。


「しかし、兄か……ニキータか?」

「そのようですね」


 エレーナは兄妹が多く、ニキータの上にも伯爵家を継ぐ長男がいるが、次男に比べると差が歴然とする。決してこの長男も無能ではないのだが、つまり次男がおかしいのだ。


「よほどエレーナとニキータは仲がいいんだな」

「一番ちゃんと話を聞いてくれるそうです」


 おっとりが極まったようなエレーナは、ほかの家族の話についていけないらしい。正確には、口をはさめないのだそうだ。兄二人とは比較的会話が成立するのだ、と言っていた。理由が何とも言えなかった。


「お前、本当に仲良くなってないか? よく聞きだしたな?」

「ほとんどポリーナが聞きだしたのですが」


 アヴィリアンに突っ込まれたので、そう言っておく。ルスランについても、ポリーナの従兄弟なので比較的慣れやすかったのだろう。


 軽く流したが、実はエレーナが次兄と夜会に行くのだ、と言った時、ちょっとショックだった。ルスランも誘うつもりはあったのだ。自分もそうだが、エレーナも仲の良い異性の友人など見ないし、聞かないので、きっと参加しないか、参加してもエスコートの当てはないだろうと思っていた自分を突き付けられて、ルスランはうなだれていた。


 ポリーナには「お兄さんじゃなくて自分と行こうっていえばよかったじゃん」と言われたが、そんな自分に打ちのめされていたし、強引に誘うほど仲良くはないと思う。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここから何話かルスラン視点ですね。


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