【07】
戸惑いつつもいつもの席に座る。話を聞きに行けるほど、仲の良い同級生はいない……エカテリーナににらまれたが、全く身に覚えはなかった。
「あっ、いたいた! エレーナちゃん!」
ポリーナが廊下からぶんぶん手を振っている。昼休みになったとたん、押し掛けてきた。教室中の注目を集める中、廊下に出る。そういえば、今日はアヴィリアンもルスランもいなかった。朝はいたと思ったのだけど。
「教室の様子、気づいた? 話聞きたい? 聞いてね!」
決定、とばかりにポリーナがレーシャと手をつないで引っ張っていく。連れていかれた会議室には、アヴィリアンやその側近たちが集まっていた。レーシャはびくっとなる。
「大丈夫大丈夫! 私もアヴィリアン殿下に仕えているわけではないからね!」
にこっと笑ってポリーナは言うが、いとこのルスランから「お前は殿下の妃の最有力候補だろう」とツッコまれている。なるほど。身分と年齢から考えると、第二王子であるアヴィリアンにはコレリスキー侯爵の娘でイヴレフ公爵の孫娘にあたるポリーナがちょうどいいのか。すごい人と親しくなったものだ、と遠い目になる。
「ちょっとそういうこと言わないでよ。エレーナちゃんに引かれたらショックだよ!」
ぎゅうっとポリーナに抱きしめられる。レーシャはちょっと照れてしまった。
「女の子が仲良くしてるのは目の保養だけどさ、ひとまず昼食にしようぜ」
最上位者であるアヴィリアンがそういったので、昼食になる。この状況で普通にご飯を食べられる自分に、結構図太かったんだな、と感心したレーシャである。
「エレーナ。ポリーナがなんと言って連れてきたのか知らないが、すまん」
斜め向かいのルスランに謝られ、レーシャはおっとりと首をかしげる。そして、おっとりと口を開く前にポリーナが反論した。
「変なことはしてないよ! 教室まで友達を迎えに行ってきただけだし。ねえ!?」
「……」
口を開こうとしたところに勢いよく話されて、レーシャは驚いて言葉が出ない。アヴィリアンが声をあげて笑っているのが聞こえる。
「……ポリーナ。エレーナ、何か言おうとしてたぞ」
ルスランがあきれたようにツッコみを入れると、ポリーナは「え!? ごめん!」と慌てた。元気な人だ。レーシャなは何とか首を左右に振る。
「大したことではないので……でも、普通に呼んでほしかったです……」
クラスメイトに言づけて呼ぶとか、方法はあったと思うのだ。じろっとポリーナに周囲の視線が集まる。
「そうだね……興奮すると周りが見えなくなる、とは言われてるんだ……」
言われているのか。レーシャは気を付けていないと会話に置いて行かれる。今もおいて行かれていた。レーシャは落ち込んだポリーナを見て焦って口を開く。だがそれは、周囲から見れば普通の反応速度だった。
「あの、えっと、でも、ポリーナちゃんがたくさん話してくれるのを聞くのは楽しいし、うれしかったです」
レーシャがあまりにも反応しないと、相手は話すのをやめてしまうことが多い。ポリーナはそうはならなかった。それがうれしかった。ポリーナも嬉しそうににこにこしている。だが、今はエカテリーナが何をしたのかが気になる。
「それで、あの……私がいない間に、何があったのでしょうか」
恐る恐る尋ねると、待ってましたとばかりにアヴィリアンがにんまり笑った。
「お前が休みの間に、エカテリーナが騒ぎを起こした。階段から落ちたんだが、それをお前が突き落としたんだ、と言い張った」
アヴィリアンの端的な説明に、レーシャは目をしばたたかせた。いない人間が人を突き落とせるわけがない。
「身分をわきまえずに俺やルスランと親しくしているから注意したことがあって、それを恨めしく思っているんだ、だから短絡的な行動に出たんだ、と訴えてきた」
「……」
短絡的なのは、エカテリーナの方ではないだろうか。レーシャは思慮深いとは言わないが、そんなとっさに行動に現れるタイプではない。
「エレーナは休みだ、と教えてやると、それは自分をはめるための罠だ、休みのふりをして隠れているに違いないって言いだしてな」
聞いている間に、アヴィリアンは面白くなってきたそうだ。ポリーナも「馬鹿だよねぇ」と笑っているが、ルスラン含めほとんどの側近たちは頭が痛そうだ。エカテリーナは、あれでもアヴィリアンの婚約者候補だったのだ。
「けどお前はちゃんと申請を出して休みで、兄貴の視察に同行していて、その証言もとれている、と丁寧に教えてやったら顔を真っ赤にして黙り込んだわけ」
おお……結構やらかしている気がする。レーシャはもちろん視察に行っていて学園には不在。エカテリーナの方が追い詰められている。ここでうまく言い訳できれば、処分が下されるようなことにはならなったと思うのだが。
「学園を騒がせた、と言うことで本当は停学処分だったんだが……父親の侯爵が頼み込んできたので、今回は厳重注意として、再び問題を起こせば問答無用で退学処分を申し付けてある」
「ひぇ……」
思わず変な声が出た。思ったより処分が重いのでは。のんきに聞いていた自分の時間を返してほしい。引いた顔になったレーシャだが、ポリーナがぽん、と肩をたたいた。
「大丈夫だよ。さすがに退学になるのは外聞が悪いからね。慎んでくれるはずさ。それでもだめなら、本当に退学になるだけだしね」
「……」
余計に引いてしまったが、事実だ。恐ろしい世界に足を踏み込みかけている気がする。
「まあ、教室でも正直煩わしかったし、これで王子妃の候補からは外れただろ」
アヴィリアンがどこか安心した様子で言った。もしかして、エカテリーナが苦手だったのだろうか。いや、得意な人間がいるとは思わないが。
代わりにレーシャが王子に目をつけられた気がするが、これは時間の問題だった気もする。絶対に視界に入っていないだろうと思っていたのに、アヴィリアンはレーシャを知っていたし、変人で目立つニキータの妹だ。兄弟の中で、ニキータの次に変人だと言われるレーシャなのだ。ちょっと失礼だと思う。
「これからは教室にも遊びに行くからね」
ポリーナが笑って言った。一応、これまでは遠慮していたらしい。確かに、取り巻きのような人たちは見なかったし、遠慮はされていたのかもしれない……たぶん……。
「お前来るの? やめろよ」
いやそうにアヴィリアンが言った。レーシャは彼と同じクラスなので、ポリーナがレーシャに会いに来るのなら、彼とも顔を合わせることになる。
「へえ、殿下。一応婚約者候補にそんなこと言っちゃうんですね」
ポリーナが傷ついたように言うが、さすがにからかっているのだろうとレーシャでもわかった。
「俺の本性を知ってるお前に取り繕ったって仕方ないだろ」
「まあ、私もいちいち殿下の小言を聞きたくないですし」
「小言を言うのはルスランの仕事だ」
「私ですか」
押し付けられたルスランが眉を顰める。気の置けないもの同士のやり取りに、レーシャはくすくすと笑った。仲が良いことがよくわかる。なんだかんだで、アヴィリアンとポリーナは気心の知れた仲なのだろうな、と思った。
「エレーナ、笑ってる方がかわいいよ」
つんつん、とポリーナに頬をつつかれてレーシャは慌てて口元を手で隠した。頬が熱くなるのを感じてうつむく。
「……ポリーナちゃんが仲良くしてくれて、うれしいです」
沈黙に耐えかねて口を開くと、微笑まし気な空気が流れた。
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