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【06】









 こういう時、相談する相手はニキータだ。母だと大騒ぎになるし、父やクラウジーだとちょっと頼りない。いや、父なら相談相手として不足なしの気もするが、父がいる場所には高確率で母がいるので難しい。つまり、父を単独で捕まえるのが難しいのだ。


 よって、レーシャはニキータの下宿先でお茶を飲みながら相談するに至ったわけである。


「万事興味なしのお前が命の危機を感じるほどなのか」


 さすがに驚いたようにニキータが言った。レーシャは唇を尖らせる。


「無視されたり、悪口を言われるくらいなら実被害はないもの」

「お前の社交界での印象にかかわってくるけど、まあ、身体的被害は確かにないわな」


 母なら怒り狂うところだが、ニキータはとりあえずレーシャの言うことを受け入れてくれる。変人だが、次兄は聞き上手だ。


「定番が階段から落とされるやつだけど、お前、絶対回避できないよな」


 遠回しにどんくさい、と言われてむっとしたが事実だ。たぶん、そんなことをされれば回避できない。


「……さっとよける方法、ない?」


 首をかしげて尋ねると、ニキータは「可愛いけど危機感が感じられない」と言った。おっとりしすぎ、と言いたいらしい。そう言われても困る。こういう性格なので、直し方がわからない。


「お前が回避する必要はないんじゃないの」

「階段から落ちたら、運が悪ければ死ぬよ」

「そうじゃなくて、勝手に一人芝居をしてもらえばいいってわけ。お前が巻き込まれる必要はないよ」

「腹黒い……」

「せめて策略家だと言ってくれ」


 ニキータが胸を張るが、これくらいで策略家と言えるのか、レーシャには判断がつかなかった。


「お前、官僚にならないかって誘われたんだろ」

「う、うん」


 急に話が変わって、レーシャは戸惑いながらもうなずく。誘われたのは事実だし、悪くない選択肢だと思っているのも事実だ。


「お前は事務的な能力が高いから、悪くない話だと思うぞ」


 まあ、対人関係は壊滅的だが、と言われてちょっと泣きそうになる。ニキータの中では、レーシャが奥様業をするよりはまだしも現実的に思えるようだ。レーシャもそう思う。


「引いてはお前、ちょっと視察に同行しないか?」


 さらりと言われて意味が頭を貫くのにちょっと時間がかかったが、仕事を見に来ないか、と言われているのが分かった。なんでも、視察の同行者に女性官僚が一人しかいないそうだ。そもそも、女性の官僚自体が珍しいので、仕方がないのではないだろうか。


「え、えっと。学校……」


 日程を聞くと、普通に登校日だ。学生たる身の上としては、学校に行かなければならない気がするのだが。


「別に授業を受けなくても、内容に問題はないだろ。それに、お前に自覚がなくてもいじめを受けてるなら、多少休んだところで目立たないと思うぞ」

「……」

「そもそも、政治上の視察だと言えば、普通に学校の許可が下りるだろ」

「……」


 そうなのだろうか。レーシャが何か言う前に、どんどん決まっていく。レーシャにはこういうことはよくある。行事の予定やドレスの注文など、周囲が盛り上がって勝手に決まっていくことが多いのだ。


「レーシャ。お前が決めろ。これに参加することで、何が起こるのか。お前にどんな影響があるのか。お前自身はどうしたいのか……」

「は、はい」


 反射的にうなずくと、ニキータは妹の頭をぐしゃぐしゃとなでた。


「お前にかかわることだから、お前が決めた方がいい。どっちにしても、お前が後悔しないならそれでいいと思うぞ」

「……はい」


 レーシャはうなずいて、考えてみることにした。どちらにしろ将来について考えなければならないのだから、いい機会だと思うことにする。姉のように在学中に恋人を見つけられる気がしないので、レーシャは親が決めた相手と婚姻を結ぶことになるだろうが、ニキータの言うように奥様業が務まる気がしない……。


「……視察には、行きたい。と、思う」


 待っていてくれれば、考えたうえでレーシャも話すことができる。それをわかっているから、ニキータもうなずいた。


「そうか。なら、お前が学校に行かないことで、何が起こると思う?」

「……私、存在感ないし、気づかれないと思う……」


 これは事実だ。風邪をひいて一日休んでいても、「え、いなかったの?」と去年言われたのだ。ちょっとショックではあるが、自分はそれくらいの存在感だと納得もしている。


 存在感があるのなら、エカテリーナたちの嫌がらせに音を上げたのだろうと思われるのではないだろうか。そういうと、ニキータにそうだな、とうなずかれた。


「どちらにしろ、面白いことになりそうだと思わないか?」

「……」


 そういう兄が怖い。










 ニキータと一緒に視察に行ってくるというと、難色を示したのは父ではなく母だった。父はむしろ、行ってこい、と推奨する。


「視察なんて、あなたのどんくささで大丈夫なの?」

「……だ、大丈夫」

「ジーナ、ニキータも一緒なんだ。レーシャは確かにおっとりしているけれど、聡明だ。そう心配しなくても大丈夫だろう」


 父が母を落ち着かせようと言い聞かせたが、母の興奮は収まらない。


「そのニキータが問題なんじゃない。レーシャの面倒を見れると思えないわ」


 というか、レーシャも面倒を見られる側なのか。いや、初めての、しかも学生が視察に同行するので兄が見ていることは不自然ではないが。自分の評価の低さにがっかりする。


「ジーナは心配しすぎじゃないか? 確かにニキータは変人だし、レーシャはおっとりしすぎているが、二人とも頭はいいんだ」

「問題を起こす未来しか見えないわ」


 母が強硬に反対するので、説得につかれた父は「ニキータの仕事上のことだ。私たちはレーシャを参加させるかだけを決めればいいんじゃないか」と言った。その通りだと思う。レーシャは父に同意してうなずいたが、母は納得しない。父はさらに言った。


「どちらにしろ、レーシャだって来年には学院を卒業して、一人前だ。ニキータが頼りないとしても、少なくともレーシャが慣れた兄弟のいるところでの研修だ。どれくらいできるかの指標にはなるだろう?」


 なんだか父も結構ひどいことを言っている気がするが、とにかく父の意見で母が渋々ながらも同意したので、レーシャはニキータの視察についていくことにする。学院には素直にそのままの理由で数日の休学届を出した。


 視察の間、レーシャはニキータに引っ付いていた。同行した女性官僚は母と同じくらいの年齢の女性で、兄に引っ付いて回るレーシャを微笑まし気に見ていた。ちなみに、視察場所は孤児院と植物研究所だった。孤児院ではひっきりなしに話しかけてくる子供たちにしどろもどろになったし、研究所では研究成果を立て板に水のごとく話す研究員に引いた。兄たちが視察している間、相手を押し付けられた感はある。口調は速かったが、学生のレーシャにもわかるようにある程度かみ砕いて説明してくれたので、結構楽しかったのが悔しい。


 わかっていたが、話を聞くだけで終わった視察への同行から開けて次の登校日。学校はエカテリーナが処分を受けたことでもちきりだった。


 何が起こったのだろうか!










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


レーシャが知らないうちに事態が動いています。


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