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【05】








 相変わらず、レーシャはクラスで一人だった。エカテリーナによる嫌がらせが続いているのである。別に一人でも困らないが、連絡事項が回ってこなくて困ることはある。その時は先生に直接確認するのだが、そうすると、「点数稼ぎをしている」と言われて余計に疎まれる。


 だから、レーシャがその話を聞いたのは、相変わらず昼に中庭で遭遇するポリーナからだった。


「カンニング?」

「そ。私たちの学年だけど、私のクラスとも、エレーナちゃんのクラスとも違うね」

「そう……」


 七人が全く同じ回答だったそうだ。記述式の問題で、全く同じ回答と言うのは難しい。七人もそろったのなら、カンニングが疑われても仕方がないと思う。


「問題が漏れたんじゃないかって、先生たちも大騒ぎ。多分、殿下も巻き込まれてるんじゃないかなぁ」


 レーシャと同じクラスの第二王子アヴィリアンのことだろう。王立学院なので、王族が巻き込まれるのは理解できる。


「ね、エレーナちゃんはどう思う?」


 果実水を飲んでいたレーシャはポリーナを見た。ポリーナがじっとレーシャを見つめている。


「……試験内容が漏れたのではないでしょうか」

「え、エレーナちゃんはどうしてそう思ったの?」

「ええっと……七人が同じ回答だったのですよね……? そうとしか思えないんですけど……」

「でも、教科担任も、そのクラスの担任教員も試験問題を漏らしてないのは確認済みなんだよ」


 ポリーナが身を乗り出してくるのでちょっと引きながら、レーシャは考えながらゆっくりと口を開く。


「別に、その教科を担当している教員が漏らしたとは、限らないのではないですか。要は、試験問題を保管している場所を知っていればいいわけで……」

「なるほど。言われてみれば、そうだね」


 納得したようにポリーナがうなずいた。レーシャは目をしばたたかせて、納得したポリーナを見た。まあ、何か思いついたのなら彼女に任せておこう。レーシャはもぐもぐとサンドイッチを食べるのを再開した。










「エレーナちゃん」


 ちょいちょいと手招きされて、放課後、図書室で参考書を読んでいたレーシャはポリーナの元へ向かった。放課後に彼女に声をかけられるのは、たぶん、初めてだ。


「どうしましたか」


 と、口にしたがその前にニコリと笑ったアヴィリアンが目に入った。本命はこちららしい。ぎょっとして目をしばたたかせた。


「ちょっといいか、ファトクーリン伯爵令嬢」


 ……名前で呼ばれなかっただけましと考えるか、ちょっと悩むところである。結局注目を集めているので、どちらでも同じような気もする。


 会議室に連れていかれてびくっとなる。大丈夫だよ、と言うようにポリーナがレーシャの背中をなでた。いや、逃げないように手を当てられているのかもしれない。心配しなくても、足が震えて逃げられない。


「そんなにおびえないでくれ……と言っても、無理はないな。急に呼んで済まない、ファトクーリン伯爵令嬢。ちょっと話がしたかったんだ。教室では衆目を集めると思って」


 すでに目立っています、とは言えずにレーシャはこくりとうなずいた。ポリーナはにこにこしているが、アヴィリアンとともに会議室に待機していたルスランには気の毒そうに見られた。何を聞かれるのかとびくびくしてしまう。


「エレーナはなぜ、試験問題が漏れたのだと思ったか聞いてもいいか」

「…………えっと」


 なんといえばいいのかわからず、レーシャは口ごもった。だって、ほぼ勘なのだ。直感的に、そう思ったのであって、理由を説明するのは難しい。だが、彼らはレーシャの答えを待っている。


「……なぜ、と言われると……難しいのですけど」


 七人も回答がそろうというのなら、問題よりも回答が見られたのではないか、と思ったこと。


「待て。問題の方ではないのか? ポリーナからはそう聞いたぞ」


 アヴィリアンに早口に言われ、レーシャはおっとりと首を傾げた。


「私、問題が漏れたとは言っていないと思います」


 内容、と言った。問題ではない。問題も漏れたのかもしれないが、どちらかと言うと、回答が漏れたのが問題なのだと思う。


「記述式の試験でした。問題を見ただけでは、全く同じにならないのではないでしょうか」


 一人が問題を解いて、その答えを全員で覚えた、とかもあるかもしれないが、可能性は低いのではないか、とレーシャは思っている。彼らの口ぶりからすると、模範解答と同じだったのだろう。記述式の問題だ。回答が全く同じと言うことは、たまに聞くが、七人そろうことはなかろう。


「担任が犯人ではない、と言うのは?」

「一番に疑われるのは担任や、教科担当の先生でしょう。そんなあからさまなことをするとは思えないのですが……」


 ついでに言うと、見逃した人間もいるはずだが、保身のために言わないでおく。ルスランに検分するように見られたので、彼にはばれたかもしれない。


「……エレーナは、宰相補佐官のファトクーリンの次男の妹だったな」

「……宰相補佐官のニキータなら、私の二番目の兄ですが……」


 レーシャもファトクーリンの娘なのだから、ファトクーリンの次男の妹なのは当然である。


「あの変人の」


 ルスランがちょっと遠い目になった。ニキータ、何をしたのだろう。家族のひいき目をもってしても否定できない変人なのである。有能ではあるのだけど。


「エレーナ、官僚になる気はないか?」


 アヴィリアンに唐突に尋ねられ、レーシャはとっさに判断できない。かなり長い沈黙をはさみ、口を開いた。


「卒業後の進路は、確かに悩ましいところではあるのですが……私に宮廷勤めができるとは思えないのですが」

「かなりおっとりしてるからな、お前」

「……」


 仮にも同じクラスなので、アヴィリアンもレーシャがとろいことに気づいているようだ。ならば、この調子で宮廷勤めは難しいとわかってほしいところではある。


「だが、頭の回転は速いな。ニキータと似ていると言われないか?」


 あの変人なお兄様と似ていると言われるのは釈然としないが。


「……言われます」


 家族やニキータとレーシャの二人を知る者には、似た者同士仲がいいのね、と言われるのだ。解せぬ。


「まあ、考えておいてくれないか? エレーナが宮廷官僚になってくれると、私も助かる」

「……はい」


 アヴィリアンは自分の手として使える人間を探しているのだな、と理解した。レーシャは彼の求める条件に当てはまったのだろう。ルスランのような側近はいるのだから、そこから少し離れたところで情報を得るものが欲しいのだ。


 何とか解放されたが、これは相談案件だ。親に相談したいが、母が大騒ぎするのが目に見えている。父は……どうだろう。父は長兄のクラウジーと似ている。頭を抱えてしまうだろう。それと、実際に官僚として宮廷に勤めているニキータの話も聞きたいところだ。


 さらなる難題が降ってきて、レーシャは自分が置かれている状況を、一時とはいえ失念していた。つまり、翌日からいじめが過激化したのである。


 持ち物を隠されるので、持ち歩くようになった。偶然を装って足を引っかけられて転んだこともあった。倉庫に閉じ込められたときは、不在に気付いたルスランが来てくれたので、余計にいじめが悪化した。


「と、言うわけで、ルスランが謝っていたよ」

「はあ……」


 相変わらず昼食時にポリーナと会っていた。むしろ、この時間にしか会わない。だが、同じクラスのはずのルスランやアヴィリアンにはもっと会わない。


「自分のことなのに、エレーナちゃんは興味なさそうだね」


 口の中のものを飲み込んで、探るようにこちらをのぞき込んでくるポリーナに首をかしげる。


「……実被害が出てきているので、そろそろ対処しなければならないでしょうか……」


 ぽつりとつぶやくと、ポリーナが目を輝かせた。


「やるの!?」

「……どうしてポリーナちゃんが楽しそうなんですか……」


 一応、レーシャのことなのだが。ものがなくなる程度ならそう大きな被害はない。だが、このままではレーシャの命がかかわってくる。対処した方がいい気がした。


 いじめられて一人であることは気にしていない。こうして、ポリーナが気にしてくれるのも大きいと思う。ありがたい話だ。だが、それはそれとして、レーシャだって腹立たしく思うことはあるのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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