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【04】











 一応、教室には王子がいるからか、目に見えたいじめなどは受けなかった。いじめなどを見られれば、自分の評判が下がることを彼女らは理解していたのだ。だが、見えないところで嫌がらせは受ける。


 置いておいた教科書の中身が破かれていたり、筆記用具がなくなっていたり壊されていたり。比較的仲良くしてくれていたクラスメイトも、レーシャを遠巻きにするようになっていつもレーシャは一人だった。だが、寡黙と思われている彼女はもともと一人でいることが多かったので、不思議に思われていないようだ。困るのは、伝達事項がうまく伝わってこないことくらいか。


 クラスの女生徒たちが王子たちの目を気にしている以上、陰湿な嫌がらせはほとんどなかった。困ったのは、家族に話が伝わったことだった。


「どうして言わなかったの!」


 母のジーナに責めるように言われて、レーシャはきょとんとしてしまった。何を?


「どうしていじめられてるって言わなかったの!?」


 あなたどんくさいからそんなこともあると、などとジーナは言うが、衝撃にレーシャは口を開けない。どこから漏れたのだろうか。


「か、母さん、落ち着きなよ」


 おろおろしているのは、現在不在の父の代わりに同席している長兄クラウジーだ。気が弱く、ビビりなところはあるが、レーシャとは家族の中で次兄の次に会話が成立する相手でもある。


「落ち着いていられますか! 娘がそんなつらい目にあっているなんて……!」

「いや、それ、レーシャに言っても仕方ないんじゃないの」


 こくこくとクラウジーに同意するようにレーシャがうなずく。短気というか、せっかちと言うか、とにかく行動の早い家族の中で、レーシャほどではないがクラウジーもおっとりしている方だ。つまり、比較的冷静だ。


「レーシャだって、そんなこと親に言えないよなぁ」


 クラウジーに共感を求められ、レーシャはうなずく。いろんな意味で、その通りだ。ジーナは納得できないように言う。


「でも、レーシャは普段から何も言わないわよ」

「ええ? そう?」


 比較的会話の成立するクラウジーなので、レーシャのことを単におとなしい子、としか認識していない可能性があった。まあ、間違ってもいないのだが……。


「結構しゃべってくれると思ったけどなぁ」

「そりゃ、あんたとはね。どんくさいもの同士、波長が合うんでしょ」


 母、結構ひどい。レーシャが口下手なのは確かだが、クラウジーは結構コミュニケーション能力も高いのに。クラウジーは困った顔で「まあ、母さんたちほどシャキシャキしてないけど」と半分認めているが納得していない様子。


「とにかく、手は出されてないなら、様子見しかないと思うよ。うち、伯爵家でそんなに力もないし、見えない被害があっても教員は動いてくれないし」


 自力で解決するには身分差があることに、クラウジーは気づいている。ジーナは「でも」と渋っているが。


「本人が気にしてないなら、いじめとして成立していないと思うよ。まあ、どうしても気になるなら、ニキータに相談してみればいいんじゃない? 俺よりはまともな回答があると思うけど」

「ニキータねぇ……」


 ジーナが眉を顰める。母はこの次男が苦手なのだ。確かに、平時は変人、緊急時に役に立つ、と言うタイプの人だが、めっぽう頭がよく、クラウジーやレーシャは割と話が合う。


「レーシャ、本当に大丈夫なのね?」

「はい」


 少し返答まで間があったためか、ジーナが「どうなの」とさらに畳みかけようとしたが、クラウジーが止めた。考えていないわけでも、言いあぐねているわけでもない。単純に、言葉が出てくるまでがちょっと長いだけだ。


「大丈夫。違うクラスだけど、仲良くしてくれる人がいて……」


 ポリーナのことだ。相変わらず外で昼食をとっているレーシャのところに、ちょくちょくと現れる。最近は気を使ってくれているのだな、と思うのだが、たいてい一方的に話し、レーシャが口をはさむすきがないのだ。レーシャはあまり気にしないのだが。


「お前にもちゃんと友達がいるのだな……」


 感じ入ったようにクラウジーが言った。長兄にめちゃくちゃ心配されていたことに気が付いて、レーシャは恥じ入ってうつむいた。クラウジーも失言に気づいて「すまん」とうなだれる。いや、兄が悪いわけではない。


「まったく。レーシャ。ダメならいうのよ」

「……はい」


 レーシャが言う前に母がまくし立てるから、報告もできないのだが……。


 とにかく、この話は終わった。








「へー。ま、お前が気にしてないならいいんじゃないの?」


 次兄のニキータがレーシャに布地を当てながらどうでもよさそうに言った。レーシャも気にしてないので、そういってくれてむしろほっとした。


「俺も多分、学生のころいじめられてたけど、こっちが気にしなければ、いじめって成立しないんだよなぁ。お、これ似合うな」

「あ、赤はちょっと……」


 赤い布地を当てられてレーシャはもじもじする。派手な色合いのドレスなど、レーシャは持っていない。


 レーシャはニキータに連れられてブティックに来ていた。お金持ちな上級の貴族たちは家に仕立て屋を呼ぶのだろうが、中の中、という超平均的な家であるファトクーリン家はこうしてブティックに自ら訪ねることも多い。今回は家を出ているニキータに合わせて店まで来ていた。


「そうか? 似合うと思うぞ。だがまあ……これとか」


 若葉色の布地を当てられて、これなら許容範囲だと思った。ニキータは「お前の基準がわからん」と眉を顰める。


「たまには遊び心があってもいいんじゃないか」

「……エスコートするの、ニキータお兄様だよ」

「ドレスコードに反していなければ、多少遊び心があっても俺は構わん」

「……」


 心が広いというか、無頓着! レーシャは目をしばたたかせると、微笑んだ。


「じゃあ、こっちにする」


 無頓着と言うことは、レーシャの好きにしていいということだ。好きなようにさせてもらおう。ニキータ曰くちょっと地味だが、レーシャに似合っているものを選んだ。


「家でもこれくらい話せよ。お前、おしゃれに興味ないってことになってるんじゃねぇの」

「……言いたいけど、言う前に決まってるの」

「あー、まあ、わからんではないな」


 ニキータは笑ってドレスの発注をかけると、「甘いものでも食べて帰ろうぜ」とレーシャと手をつないだ。もう手をつなぐような年ではないが、レーシャはうれしくて笑ってうなずく。


「お土産、買って帰ろうね」

「わかったよ。優しいし、まめだよなお前」


 ニキータが苦笑しながらうなずいた。気の強い弟妹ばかりなので、ちょっとおっとりしているレーシャに、ニキータは明らかに甘い。


 お堅い貴族ならこんな店に入らないのかもしれないが、レーシャは兄とともに普通にカフェに入った。好きなものを頼んでよい、と言われたのでケーキを頼む。どうせ費用はニキータが払う。


「お母様が心配してくれているのはわかるんだけどね」

「お前、おっとりが服着て歩いてる感じだもんな」


 ニキータから見ても、はっきり意見を言う母にとってレーシャは心配な存在に見える、と感じるそうだ。


「基本的な性格は俺と似てるし、何があってもけろっとしているような気はするけど」


 うんうん、とうなずいて見せる。ニキータの言う通りだ。レーシャも、めそめそと泣き崩れる自分が想像できない。自分の至らなさにショックを受けるだけだ。


「母上は俺が苦手だからな。お前が似てるのが気になるのかもな」

「あ……なるほど」

「でも、学校の方は話しておいて方がいいと思うぞ」

「むう……」


 そうは言っても、母と会話するのは大変なのだ。何がって、口をはさめない。それでも頑張って話しておくべきだとニキータは言う。


「実際に何かあった時に、話が通っているのと通っていないのでは違うからな。俺は自力で排除できたけど、お前はできないだろ」

「……うん」

「頑張ればお前もできそうだけどな。まあ、セーフティネットは多くて困ることはないだろ。それに、後から知られた場合の方がめんどくさい」

「なるほど」


 ニキータは後から知られてもいくらでも言いくるめることができたが、お前にはできないだろう、と言われて大きくうなずいた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


母や下の兄弟たちとは話ができませんが、父と兄たちとは結構会話が成立します。


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