【28】
最終話です。
今シーズン最後の宮殿での夜会では、レーシャもよく話しかけられた。多分、第二王子の婚約者であるポリーナとお揃いのドレスだったからだと思う。さらに王太子とも挨拶を交わすことになった。王太子の婚約者は隣国の姫君で、まだ嫁いできていないので王太子自身は末の妹姫をエスコートしていた。一人で参加だと、有象無象が寄ってくるらしい。大変である。そして、有象無象扱いされたご令嬢たちも不憫ではある。
王太子はアヴィリアンに腹黒さを足したような人だった。三つ年上なので、学院で会ったこともあるだろうが、レーシャは覚えがなかった。だが、王太子はレーシャのことを知っていた。ニキータの妹と言うことで。
「ニキータは何をしたんだ?」
「いろいろやらかしているだろうとは思いますけれど」
レーシャも詳しく聞いたことはない。聞いてみたいような、聞くのが怖いような。そのニキータも、今日は宰相のお供で参加していた。
「ルスラン。エレーナ嬢」
イヴレフ公爵に招き寄せられる。ルスランとともにそちらへ向かうと、レーシャの両親とルスランの両親が顔を合わせていてドキッとした。思わずルスランと顔を見合わせる。お互いの両親と、イヴレフ公爵と、ニキータがいた。
「まあ、エレーナさん。そのドレス、よく似合っているわね」
先に褒めてくれたのは実母ではなく、ルスランの母だった。父も「確かに似合ってるぞ。ちょっと意外だ」とマスロフスキー公爵夫人に同意してうなずいている。主張の強い色を着ることが今までなかったので、珍しく見えるようだ。
「エレーナさんはこんなに素敵なのに、ルスラン、お前ときたら」
はあ、とマスロフスキー公爵夫人がため息を吐いた。確かにルスランはいつも通りの正装であるが。
「ルスラン様はいつも格好いいので、大丈夫です」
レーシャが真面目な顔で主張すると、みんなが生暖かい顔になった。しれっとしているのはイヴレフ公爵くらいだ。母に至っては「あなたでもそういうことを言うのね」と複雑そうな表情だ。ここ最近、レーシャなりに頑張って主張した結果、子供たちに自分の主張を押し付けていたことに気づいたのだそうだ。父からの情報である。
「……それで、何をしていらっしゃったんです?」
両親の前で褒められて照れていたルスランが、気を取り直して尋ねた。顔合わせだ、と回答があった。そうやら、イヴレフ公爵とニキータが間に立っているらしい。その人選は大丈夫なのだろうか。
夜会の中で顔合わせをするという、ちょっと不思議な状況を乗り越え、ダンスにも誘われたので、踊ってみた。これまで一緒だったニキータは、女性と一緒にワルツを、と言うタイプではないので、参加するのはレーシャも久しぶりだ。
「レーシャはおっとりしているが、運動神経が悪いわけではないんだな」
ステップを踏むレーシャに感心したようにルスランが言った。レーシャは確かにおっとりしているが、運動神経が悪いわけではない。それは勝手な思い込みである。
「リードに合わせて踊るくらいはできますよ」
まあ、それなりに見えるのはルスランのリードがしっかりしているからだけど。
少し火照った体を冷まそうと、庭に出た。冬の初めなので寒いほどだが、体温が上がっている今は心地よい。
「冷える前に戻ろう」
「そうですね」
長居はできそうにない。ホールはホールで、人が多くて少々息苦しいのだが。
「レーシャは冬の間、領地には戻るのか」
社交シーズンが一旦終了となる冬に領地に戻る貴族は多い。年明けを祝う宴なども存在するので、一か月から二か月ほどであるが、領地があるからには、領主は年に一度は領地に入らなければならない。その期間は領主に任せられるが、年中領地にいるものもいれば、年に二週間ほど領地で過ごし、後は王都にいる、という者も存在する。宮廷に官職を持っていれば後者の可能性が高い。
「そうですね……毎年一度は戻っておりますし」
どうやら両親とともに領地に赴くようだ。学院もあるので、長期間ではないそうだが。
「ルスラン様は? ……ルスラン様の場合、どちらの領地に行かれるのでしょう?」
ルスランはイヴレフ公爵家の跡取りだが、マスロフスキー公爵家の出身だ。だから、戸惑ったのだろう。
「私はイヴレフ公爵領へ向かう。……おじい様が王都を離れられないからな」
二回に一回くらいは祖父もともに向かうが、領地の采配はほぼルスランに丸投げされている。人を使う練習だ、とのことだ。
「ご実家には戻られないのですか?」
「遊びに行くことはあるな」
幼少期を過ごしたマスロフスキー公爵家の領地だが、今のルスランは完全にお客さんなのである。さみしくないわけではないが、そういうものだと割り切っている。
ふと、レーシャが手を伸ばしてルスランの頭をそっと撫でた。
「レーシャ?」
「ルスラン様は頑張っていますよ」
優しくそんなことを言われ、ルスランは面食らった。それから、息を吐いてレーシャの肩に額を乗せた。びくっと震えた彼女の肩は冷えていた。そろそろ中へ戻らなければ。
「……急だから断ってくれても構わないんだが、一緒にイヴレフ公爵領へ行かないか」
「え……」
ルスランの誘いに、レーシャがぽかんとするのが見なくてもわかった。顔を上げて温めるように彼女の肩に手を置く。しきりに瞬きした彼女は、寒い中で頬を上気させた。
「か、考えておきます」
「頼む」
じっと見つめられて、レーシャは気恥ずかしくなって身じろいだ。肩に置かれた手がレーシャの動きを封じている。ああ、この人は男の人なんだ、といまさらながらに思った。
「くしゅっ」
くしゃみが一つ漏れた。次いで体が震える。
「さ、寒いです」
自分の腕を抱きかかえるようにしながら、レーシャは訴えた。ルスランは目を見開き、息を吐いた。
「そうだな。俺も冷えてきた。中に入ろう」
手をつなぐと、確かにルスランの手も冷えていた。宮殿の中に入り、外気が遮られただけでも結構体感温度が違う。すぐには温まってこないが、それだけでほっとした。
「レーシャ」
呼ばれると同時に、ぐいっと腕を引っ張られた。そのまま強く抱きしめられたのだが、一瞬、何が起こったのかわからなかった。理解したとたんにカッと体が熱くなる。先ほどまで冷えていたはずなのに、おかしい。
「ル、ルスラン様」
「……」
レーシャを抱きしめたまま、ルスランは何も答えない。男の人の力で抱きしめられて、レーシャは身動きもとれない。ただ、ルスランの心臓がレーシャと同じくらい早鐘を打っているのを感じていた。
最後にぎゅっと強く抱きしめられ、そろそろと身を離す。レーシャは顔を上げられずにうつむいていたが、ルスランも視線をそらしていた。さっき、庭でくしゃみをしてしまった時、残念だと思ったのは何だったのだろう。全然先に進めていない気がする。
「ルスラン様、エレーナ様、何か御用はございますか」
年配の男性使用人に声を掛けられ、二人はそろってびくっとした。婚前の若い男女がいつまでも固まっているので、声をかけてきたようだ。密会などならあえて声をかけないだろうが、ルスランとレーシャは婚約者である。念のため声をかけてくれたようだ。誰かが介入しなければこのまま固まっていた気もするので、助かった。
「……何か暖かい飲み物をもらえるか」
一時的に体温が上がったとはいえ、まだ末端は冷えている。自分の手の指先をすり合わせながら、レーシャはルスランの言葉を聞いていた。ホットワインを提示されて、ルスランはレーシャに「飲めるか」と聞いてきた。こくん、とうなずく。
「行こう」
「はい」
差し出された手を握る。まだひんやりと冷たかったが、しばらくつないでいると少し温まってきた気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これで『恋とはどんなものかしら』は完結です。最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました!
遅々として関係の進まない、真面目なカップルを目指していましたが、一応関係は進んでいると思います。一応、キスをするまでにひと悶着あり、結婚した後も夫婦の営みでひと悶着あるという設定です。書かないと思いますが(笑)




