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【27】









 レーシャがニキータにエカテリーナを紹介したオペラの演目は英雄譚で、ニキータは突っ込みどころが多かったようだ。それでもエカテリーナは目が覚めないというか……めげないので、これは本物である、とレーシャも認識せざるを得なくなった。いや、疑っていたわけではない。


「ニキータ様は私のこと、何か言っていた? ……待って。やっぱり聞きたくない気もするわ」


 学院で会ったエカテリーナは、そんな難しい表情をしていた。レーシャは苦笑して「聞きたくなったら言ってください」と応じた。正直、ニキータはエカテリーナにあまり反応していなかった。あれで妹を可愛がっているので、レーシャをいじめていたエカテリーナに思うところはあるようだ。ついでに言うなら、エカテリーナを排除するための策を講じたのも彼である。説明はしているので、エカテリーナもわかっているはずなのだが、それでもめげないのがすごい。


「変わったお嬢さんだな」


 というのが、一言で告げられるニキータからのエカテリーナの印象だ。ニキータは過去を引きずる男ではないが、忘れない男でもある。妹をいじめていた、という印象からどれくらい脱却できるかにかかっていると思う。つまり、エカテリーナしだいだ。頑張れ。


 オペラは、レーシャもルスランとともに見に行ったが、いつもより良い席だったので見やすかった。レーシャとしては、結構面白かったのだが、ルスランは半分寝ていた。頬をつついても起きなかったので、結構深く眠っていたと思う。いつも冷静な瞳が隠れると、年相応の少年の寝顔に見えた。ちょっとかわいかった。


 冬に本格的に突入するころ、宮殿でこのシーズン最後の夜会が開かれる。その準備のため、レーシャはなぜかコレリスキー侯爵家にいた。ポリーナとお揃いで作ったドレスで参加するのだが、せっかくなら装飾品なども合わせよう、とポリーナが言ったためである。そのため、レーシャはファトクーリン伯爵家から自分の持っている装飾品を持ちだしていた。


「やっぱり赤が似合うね。美人だよ」


 どうしても、可愛いというよりは美人と言う印象になるが、赤いドレスは確かに似合っているのだろうな、とレーシャ自身にも思わせた。色違いではあるが、ポリーナも似通ったデザインのドレスをまとっている。彼女は鮮やかなグリーンだった。


 元となっているデザインが同じとはいえ、それぞれポリーナとレーシャに似合うように作られているので、色違いと言うこともあってあまりお揃いには見えない。だが、髪型も近いものにそろえ、髪飾りも似たデザインのものにしたら、ああ、お揃いなのだな、というくらいには見えるようになった。


「いい感じじゃない?」

「はい」


 ちょっとうれしくなってレーシャもポリーナに同意する。姉妹には見えないが、仲の良い友人なのだろう、と思えてうれしい。


「お嬢様」


 侍女がポリーナにささやきかける。ポリーナは侍女にうなずくと、「入れてあげて」と答えた。


「エレーナちゃん。ルスランが来たってさ」

「は、早くないですか……!?」


 まだ夜会の開始には時間がある。というか、ポリーナをエスコートするアヴィリアンが宮殿で待っているはずなので、てっきりルスランもそちらで待っていると思っていた。これは連絡不足だったレーシャが悪い。


「どう? 美人でしょ」


 ほぼ身支度の終わってる令嬢二人のいる部屋にルスランが入ってきた。ポリーナはレーシャの肩をつかんで前に押しやりながら、自信たっぷりに言った。ルスランはレーシャの全身を眺めて目を細める。レーシャは気恥ずかしく、もじもじと身じろいだ。


「……そうだな。いつもと違う雰囲気だが、よく似合っていてきれいだ。あと、レーシャはいつでも美人だぞ」


 さらっとそんなことを言われてレーシャは手で顔を覆った。顔が熱くなり、目が潤むのがわかって目を閉じた。ここで泣けば、せっかくの化粧が落ちてしまう。


 顔を覆っていたから、レーシャはルスランとポリーナが何かやり取りをして、ポリーナが侍女とメイドを連れて出て行くのに気づかなかった。ぱたん、とドアが閉まる音がしてはっと顔を上げる。


「?」


 何が起こっているのかわからなくて疑問符が頭に浮かぶ。首をかしげるレーシャに、ルスランが優しい声音で呼びかけた。


「レーシャ」


 ぴゃっ、と肩が跳ね上がる。怖かったのではなく、彼の優し気な声音に慣れないのだ。本人はあまり自覚がないようだが、最近、どこか甘さを感じる声音で呼ばれることがあり、レーシャはどうすればいいかわからない。


 最初はレーシャの反応にあたふたしていたルスランも、今では彼女が恥ずかしがっているだけだとわかっているので、気にも留めない。一緒に照れてくれる時もあるのに、こういうときだけ平然としているのだ。


「レーシャ」

「は、はい」


 もう一度呼びかけられ、今度は返事をする。そして、彼が差し出したものを見て目を見開いた。


「受け取ってほしい」


 これまで、王都で人気の菓子だとか、小物だとか、そういうものをやり取りしたことがあるが、これは規模が違う。だってネックレスだ。装飾品だ。これまで、装飾品を家族ではない男性から送られたことがないレーシャは戸惑う。


「え、っと、お高いのでは」


 いや、そうではないだろう、とレーシャ自身も思ったが、口をついて出たのはそんな言葉だった。銀細工に緑の宝石がはまっている。


「祖母の形見を直したものだな」

「余計に受け取れないのですが……ネックレスに、私が負けてしまいます」

「それは絶対にない」

 ルスランがきっぱりと言いきった。祖父のイヴレフ公爵にも、レーシャが身に着けるのならかまわない、と言われたらしい。


「……私が選んだものを、レーシャに身に着けてもらいたかっただけだ。ポリーナはドレスをそろえたというし」


 ポリーナから情報を集め、ドレスに合う装飾品を探したらしい。かなりポリーナに助言してもらったようで、最近ではルスランは彼女に頭が上がらないらしい。もともと上がっていなかった気もするが。


 どうしてもいやだと言うのなら、とルスランはネックレスを下げようとするが、そこまで言われては受け取らないわけにはいかない。ルスランにネックレスをつけてもらう。ドレスはファトクーリン伯爵家の家格に合わせているので、絶対にネックレスだけ浮いている気がする。少なくとも、レーシャが身に着けている中で一番高価なものになっただろう。


「ど、どうでしょうか」

「よく似合っている」


 食い気味に言われ、レーシャははにかみ笑いを浮かべた。首元を飾るネックレスのトップに触れ、レーシャも言った。


「ルスラン様が私に選んでくださったのがうれしいです。ありがとうございます」


 だから、高価な贈り物でなくていいのだ、と言う意味を込めて言う。彼が選んでくれた、と言うだけでうれしいものだ。そう思って言ったのだが、ルスランはレーシャの言葉に目を見開き、すっと視線をそらした。その目元や耳元が赤い。彼の反応を見て、自分が結構大胆なことを言ったのではないかと気づいたレーシャもじんわりと頬が熱くなってくる。その時。


「ねえー。そろそろいい?」


 こんこん、というノックとともにポリーナの遠慮のない声が聞こえた。ついでに、慌てる侍女の声も。


「エレーナちゃんの仕上げをしたいんだけど!」

「あ、そ、そうですね」


 レーシャがうなずくが、ポリーナに聞こえているわけがない。レーシャがファトクーリン家から連れてきたメイドが、ドアを開けに行く。つまり、彼女には一部始終を見られていたわけだ。


「うわあ、二人とも、真っ赤だよ」

「うるさい」


 入ってきたポリーナに指摘され、ルスランが不貞腐れたような声を出す。瞳までうるんでいるレーシャと見比べて、ポリーナが軽やかに笑った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次、宮殿での夜会で完結です。


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